創価学会、高額献金の実態を長井秀和が告発 「仏壇に2千万円」「脱会すると信者から“呪詛の言葉”」

衆院選の応援演説で絶叫する久本&柴田コンビ 社会

創価学会、高額献金の実態を長井秀和が告発 「仏壇に2千万円」「脱会すると信者から“呪詛の言葉”」(デイリー新潮 2022年11月23日)

宗教団体への高額献金を規制する必要性が叫ばれる中、創価学会が今年も“財務の季節”を迎えた。「池田大作」というカリスマのもと、社会の隅々にまで根を張り巡らせた巨大なる新興宗教教団。元エリート学会員のお笑い芸人・長井秀和が、組織の抱える問題を語り尽くした。

元エリート学会員のお笑い芸人・長井秀和が語り尽くした

あの人もガッカイらしいよ――。

旧統一教会の問題が騒がれるようになるまで、一般の方が創価学会に対して抱く興味といえば、この程度のものだったのではないでしょうか。タレントのあの人は、アイドルのあの子も、プロ野球のあの選手だって……みんなみんな学会員らしいよ! そんなゴシップを耳にしたことのある人も多いと思います。何よりかくいう私も学会の「芸術部」に所属する“学会員の有名人”の一人でした。

〈そう話すのは「間違いないっ!」のフレーズで一世を風靡したお笑い芸人の長井秀和氏(52)だ。熱心な学会員家庭に生まれた長井氏は、かつて学会の広告塔として公明党の選挙応援にも駆り出されていた自称“創価エリート”である。

統一教会騒動でクローズアップされた宗教2世や高額献金、政治と宗教の問題は、創価学会にとっても人ごとではない。10年前に脱会し、現在は12月に投開票を控えた西東京市議選を見据えて政治活動を行う長井氏が、身をもって経験した学会の内実を告白する。〉

純粋培養された池田チルドレン

一般の人にとって“学会員の有名人”は単なるゴシップネタに過ぎないかもしれませんが、学会にとっては非常に重要な存在です。それは学会への勧誘や公明党の選挙活動において、彼らがとてつもなく大きな力を発揮するからです。

学会では勧誘のことを「折伏(しゃくぶく)」と言いますが、そもそも信仰のない人に教義や池田大作名誉会長(94)の素晴らしさを話したところで誰もピンとこない。

だから結局“芸能人の誰々も創価学会”とか“私はあの芸能人とも会ったことがある”とか、キャバクラ嬢を口説くオッサンのような売り込み方で勧誘するのが一番の近道なんです。

自分で言うのもナンですが、私はそんな学会の芸術部の中でもある種、特別な存在だった。芸術部には、それこそ久本雅美さんや柴田理恵さん、岸本加世子さんなどそうそうたる芸能人が名を連ねていましたが、彼らはみんな大人になってから勧誘されて入会したクチ。

一方、私は両親が熱心な学会員で、小学3年生のときに開校した東京創価小学校に編入して以来、創価中、創価高、創価大と進学。池田氏肝いりの創価学園で純粋培養された池田チルドレンの中で初めて売れた芸能人だったのです。

“池田名誉会長も大変喜んでいる”

実際、私が芸人としてテレビによく出るようになった2003年ごろには“池田名誉会長も大変喜んでいる”という話をよく聞きました。さらに、今から7~8年前には、池田氏の側近集団である第一庶務の一人から「池田先生は時々思い出したように『長井君はどうしているんだろう』とおっしゃる」と聞かされたこともあります。

私は営業先などで池田氏をイジるネタもやっていたのですが、もちろん、そういう都合の悪い話は池田氏の耳には入れなかったのでしょう。

〈長井氏の突然のブレークは、池田氏だけでなく周囲の反応も変えることになった。もちろん、その裏で期待されていたのは広告塔としての役割だ。〉

実は学会の芸術部には半年間の研修期間が設けられているのですが、私の場合はそれも免除だった。「長井さんはいいんですよ!」「みんなあなたのことは知っているんですから!」と言われ、すぐに大きな会合に連れて行かれました。今思えば本当にいい加減ですよね。

「久本さんを会長にすれば」

当然、選挙にも何度も駆り出されましたよ。私の父親は地区の幹部で、弟は聖教新聞の記者。だから、住んでいた東京・武蔵村山市だけでなく父親の出身地・北海道や、弟が働いていた岩手県の選挙に駆け付けることもありました。それに、国政選挙や統一地方選挙だけでなく、年中、日本のどこかで行われている地方議員選や首長選に「来てくれないか」と呼ばれたりする。客寄せパンダとして利用されていることは重々承知の上でしたが、大抵、両親を通じて申し込みがあるので、親孝行になるなら、くらいの感じでしたね。

選挙応援で驚いたのは、久本雅美さんの出没率の高さ。久本さんは芸能界でもトップレベルの忙しさなのに、いつもどこかの選挙区で応援に入っているんです。

いっそのこと久本さんを会長にすれば、もう少し組織の求心力も増すんじゃないかと思うくらい、彼女は学会や公明党に貢献していると思いますよ。

〈学会の花形「芸術部」の一員として、折伏に選挙にと引っ張りだこだった長井氏。彼の学会員としての人生は、他の学会2世同様、その出生とともに歩み始めることになる。〉

自宅は異様な“信仰道場”

私は両親の代からの学会員でしたが、その育ちは巷間言われている宗教2世よりも強烈だと思います。何せ自宅が“信仰道場”と化していて、日々、学会員が集まっていたんですから。

自宅があった武蔵村山市には当時、学会の会館がなかった。だから、何かあると“じゃあ長井邸で”となるんです。実際は、何もなくても毎日誰かが来て、南無妙法蓮華経の題目を大声で唱える「勤行(ごんぎょう)」が行われていましたけれどね。

当時、3階建ての家に住んでいたのですが、20畳くらいある3階部分は壁がぶち抜かれ、2階部分も半分くらいは学会のために使われていた。携帯電話どころかポケベルもない時代ですから、それぞれの私用連絡や、選挙・折伏の電話作戦のために、3階にはピンク電話まで設置されていました。

楽屋代わりに使われていた宗教ハウス

当時は学会が埼玉・所沢の西武球場なんかを借り切って文化祭を開催していたこともありましたが、その時もすごかったですよ。文化祭では、北朝鮮が将軍様をマンセーするときのようなマスゲームなどが行われるのですが、西武球場から近かった私の家が楽屋代わりに使われるんです。その日はもう、全身タイツの女性やヒラヒラ衣装を身にまとった若者が次から次へと自宅に出入りして。子供心には楽しかったですが、夜遅くまで大音量の題目とともに得体のしれない連中が出入りする宗教ハウスですから、近所の人からするとかなり不気味だったでしょうね。

うちがそんなふうに使われていたのは、父が聖教新聞の販売店の店主をしていたことも関係しています。聖教新聞は折り込みチラシも夕刊もありませんから、朝刊の配達が終われば基本的に仕事はない。ただ、販売店には学会および公明党の活動に殉じるという裏テーマがあった。うちの父も後年、公明党の市議を務めていたくらいで、学会のために生涯を捧げることを厭わないタイプの人間でした。

昔からあった学会へのネガティブな思い

〈ところが、学会のエリート一家に生まれた長井氏自身の信仰生活は決して“真面目”といえるものではなかった。〉

創価大を卒業してからブレークするまで10年ほど下積み期間がありましたが、正直、私はそこまで熱心な会員ではなかった。1年に1回、地区の集会に参加するくらいでしたね。

もちろん、芸人としての活動が忙しかったというのもありますが、ブレークし、芸術部でチヤホヤされていた頃も創価学会へのネガティブな思いはありました。今が100%だとすると、当時でも55%くらいはあったように思います。

その理由は……やっぱり、目で見た生身の「池田大作」と組織の中で言い伝えられる「池田大作」との間にギャップを感じるようになったことが大きいですね。

作られすぎたカリスマ性

私が創価小に転校した1970年代、池田氏は日蓮正宗で固く禁じられていた本尊のコピーを作るという本尊模刻事件や、宿敵・共産党と手を組もうとした創共協定事件を起こし学会本部に居づらくなっていた。そんな中、彼が頻繁に出入りしていたのが、自分が創った創価学園だったのです。学園なら理屈抜きで“偉大な創立者”扱いをしてもらえますから。

だから私は小・中学生の頃だけで通算60回くらいは池田氏と会った記憶があるんです。当時は、しょっちゅうアイスクリームとかお小遣いをくれるオッチャンくらいの印象でした。今や“現れない人神”となってしまった池田氏ですが、昔はもっと気さくに姿を現していたんです。

ところが、大きくなり聖教新聞などで池田氏の言葉を読むと、どうも違和感を覚えてしまう。生身の池田氏からは、彼が書いたとされる提言や論文に見合う知性を感じなかったんですね。また、彼が執筆した小説『人間革命』を読んでも“そんなわけないでしょ”と思いはじめ、池田氏の作られすぎたカリスマ性を異様だと感じるようになったのです。

最高幹部が終始、池田氏の悪口を

それでも45%は残っていた信仰心が0%になってしまったのは、忘れもしない2007年夏のこと。参院選の応援のために埼玉県を訪れていたときに、車に同乗していたさる最高幹部が終始、池田氏の悪口を言っていたんです。もう、言うことがコロコロ変わるだの無茶を押し付けられるだのと言いたい放題。

それをきっかけに、自分で学会のこと、池田氏のことを調べてみようと、創価学会について書かれたさまざまな書籍を読んでみた。すると、出るわ出るわ、デタラメのオンパレード。それまで純粋培養されてきた私は、外の世界から見た学会がいかにうそにまみれているかを知ってしまったのです。

学会で献金を表す「財務」もそうです。今年もその季節となりましたが、毎年11月下旬から全国一斉に振り込みが行われ、集まる金額は1千億円以上とも。ただ、かつて池田氏は“他の新興宗教と違って寄付や献金はやらない”と明言していたはずなんです。それが、1972年に大石寺に正本堂を建立するための寄付を募ったことをきっかけに、毎年の恒例行事となってしまった。正本堂建立の際は、数日で300億円以上が集まったといいますから、献金のうまみに味をしめてしまったのでしょう。

仏壇に2千万円

学会側が明言することはありませんが、財務の額はおおむね収入の1割が目安といわれています。10日で1割の高利貸し“十一(トイチ)”にちなんで、私は学会の財務を“宗教十一”と呼んでいますが、収入が低ければ低いほど、当然、負担は大きくなる。うちの両親でもすでに総額で数千万円の寄付をしていると思いますよ。それだけでなく、例えば高額な学会専用の仏壇を3基も購入していて、仏壇関連だけで約2千万円。統一教会の“100万円の壺”なんて安すぎて、多くの学会員はピンとこないんじゃないでしょうか。

霊峰・富士は近くで見ればゴミだらけといいますが、池田氏の悪口を言っていた幹部も同じ気持ちだったのかもしれません。間近で見続けた池田氏の姿を、うそで糊塗し続けることに疲れていたのでしょうね。

長井氏が語る学会の最大の強みとは

〈統一教会の被害者救済を巡り、現在、国会では高額献金を規制する新法の是非が議論されているが、これに対する公明党の歯切れの悪さも長井氏の話を聞けばうなずける。あからさまな欺罔(ぎもう)行為はないとはいえ、献金や物販の規模は、統一教会のそれとは、まさに桁違いなのである。

しかし一方で、学会には未だ池田氏を崇敬する信徒が数百万人いるのも事実。一体、彼らが学会や池田氏に引き付けられる理由はどこにあるのか。〉

学会という組織はどこか大学の総合学科のような雰囲気があるんです。理知的でお勉強家タイプの人間には教義の研究機関や学術系の出版社が用意されていますし、実利主義的な人間には“いっぱい儲けて、そのお金を広宣流布のために使えばいい”と組織に貢献する道がある。つまりどんな会員にも宗教的な役割を与えられる受け皿の広さがあった。この裾野の広さこそ学会の最大の強みでしょう。

脱会に伴う途方もない精神的負担

それに、ビジネスの世界でもそうですが、成功者は50人に1人くらいで十分なんです。ダイエットだって育毛だって50人に1人成果が出れば“効く薬だ”となる。宗教も同じで、信者の50人に1人くらいが成功したり救われたりした経験をすれば、功徳があるという話になるわけです。学会も本部や関連企業のポスト、全国に持つ地方議会の議席などを駆使すればいくらでも“功徳”を演出できるのです。

〈長井氏は学会に絶望し、12年に脱会を表明するが、彼のように表立って脱会宣言をする例はまれなのだという。もちろん、脱会宣言をした長井氏にとっても、その道のりは険しかった。〉

学会といえど信仰を強制することはできませんから、脱会するのは自由です。ただ、私のように家族も学会員の場合、脱会には途方もない精神的負担が伴うことになる。例えば私の場合も、脱会に当たって両親から“信心が浅いからだ”と責められ断絶状態になりましたし、18年に父が他界した後も家族とはぎこちない関係が続いています。

それに学会歴が長ければ長いほど、人間関係は学会中心になっていく。そういう人が脱会することは村八分どころか“村全部”状態、つまり人間関係を全て失ってしまうことにもなりかねないのです。

だから多くの人は無理に抜けようとせず「非活」、すなわち籍は置いたまま表立って活動するのを控えるという道を選ぶことになる。選挙のときにだけ「公明党の候補に必ず入れる」と約束しておけばいいのです。

仲間から呪詛の言葉を投げつけられる

一方、わざわざ“辞める”などと言わでものことを言えば、それまでの仲間からこれでもかというほど呪詛の言葉を投げつけられる。「仏敵」と呼ばれるくらいならまだましで、“第六天の魔王に食い破られた愚かで無様な姿”とか“自分だけでなく子どもも孫も末代に至るまで不幸が起きる”とか“頭破作七分(ずはさしちぶん)の仏罰が下る”とか……。頭破作七分の仏罰とは、脳みそが散り散りになって精神的におかしくなってしまう、くらいの意味です。もちろん、私も言われたことがあります。

こんな非科学的で迷信じみた言葉を気にするなと思われるかもしれませんが、なまじ信心が残っていたりするとこれが耐えられない。私のような不真面目な信徒でも、やはり家族のことを持ち出されると、気が滅入りそうになったものです。

このように学会は、組織が自ら手を下さずとも信者同士の間でアメとムチが見事に機能するようにプログラミングされている。熱心に信仰する信者がいる一方で、辞めたくても辞められない人たちがいるのもまた事実なのです。

長井秀和(ながいひでかず)
1970年、東京都生まれ。創価大学文学部を卒業後、お笑い芸人となり「間違いないっ!」のフレーズでブレークした。現在は都内で焼肉店などを経営する傍ら、12月25日に行われる西東京市議選挙への出馬を見据えて政治活動を行っている。

週刊新潮 2022年11月24日号掲載

特集「『高額献金』規制すべきは『統一教会』だけでいいのか 元信者の私が言うから『間違いないっ!』 『長井秀和』が明かす『創価学会』と『政治』『献金』『二世』」より