「雨の日」も発電できる! “世界を変える”かもしれない、夢の「次世代型」太陽電池(NHK サイエンスZERO 2022年9月20日 午後2:00 公開)
人類が直面しているエネルギー問題を解決し、脱炭素社会を実現するため、再生可能エネルギーの活用が加速しています。その中で大きな期待を集める「太陽電池」ですが、従来型の太陽電池は、発電効率が天候に大きく左右され、曇りや雨の日だと発電量が大幅に落ちるという弱点がありました。その弱点を克服しようと、今、世界中が「次世代型太陽電池」の開発に注力しています。
その中で、最も注目されているのが、「ペロブスカイト太陽電池」です。曇りや雨の日、さらに室内の弱い光でも発電することができることに加え、薄くて軽いため様々な場所に設置することが可能で、世界中の企業が実用化に向けた開発にしのぎを削っています。
実は、このペロブスカイト太陽電池は日本人研究者が開発したもので、そのきっかけは学生からの相談という意外なものでした。“ノーベル賞候補”とも言われるほどの画期的な太陽電池の開発秘話と可能性に迫ります。
世界が注目! ペロブスカイト太陽電池の実力
地球に降り注ぐ太陽のエネルギーを全て電気に変換できれば、世界中で使うエネルギーをまかなえるほどのポテンシャルがある「太陽光発電」ですが、現在の主流となっている「シリコン」を用いた太陽電池は、寿命が長くて、発電効率が高いという利点がある一方、天候によって発電効率が大幅に落ちるという弱点を抱えていました。
その弱点を克服しようと開発が進められているのが「次世代型太陽電池」です。その市場規模は、2035年には現在の10倍以上、年間8,300億円にまで成長すると予測されています。そして、その大部分を占めると考えられているのが「ペロブスカイト」を用いた太陽電池です。
ペロブスカイトというのは、もともと自然界にある鉱石です。その結晶構造に特徴があり、利用価値が高いため、人工的に作ったものが超電導やLEDの材料などに使われています。
この人工的に作ったペロブスカイトの結晶を太陽電池の素材に使うと、曇りや雨の日、さらに室内の照明でも発電できることが発見され、次世代型太陽電池の最有力候補となったのです。そして、弱い光での発電を実現させているのが、ペロブスカイト太陽電池のもう一つの特徴である“薄さ”です。
「薄さ」のおかげで曇りでも発電可能
太陽電池は、材料に半導体が使われています。半導体は光を吸収すると、電子(マイナスの電荷を帯びている)と正孔(プラスの電荷を帯びている)がセットで生まれ、それらが別々の電極に移動していくことで電流が流れて発電する、という仕組みです。このとき、電子や正孔の移動距離が長ければ長いほど、それらが電極まで到達できずに損失となります。
従来型のシリコンの場合、太陽電池パネルを薄くすることに限界があるため、光を吸収して生じた電子や正孔が電極まで非常に長い距離を移動しなければなりません。強い太陽光が当たっていると問題なく発電できますが、曇りなどで光が弱くなると、生じる電子や正孔が少なくなるため、影響が大きくなります。
一方、ペロブスカイト太陽電池は光を吸収する力が強く、非常に薄い0.1マイクロメートルでも電池として使えるため、電子や正孔の移動距離が短く、ロスがほとんどなく電極に到達できます。そのため、太陽光の500分の1程度の強さの光である室内の照明でも発電ができるのです。
また、ペロブスカイト太陽電池が非常に薄いことは、弱い光で発電できること以外にも大きなメリットがあります。フィルム状の曲げられる太陽電池も作ることができるため、様々な場所に使うことができるのです。
自動車メーカーでは車体に貼り付けてソーラーバッテリーに使うアイデアや、家電メーカーでは室内のIoT機器の電源に使うというアイデア、建築分野では建物全体に貼り付けて発電するアイデアが提案されるなど、様々な業界でペロブスカイト太陽電池を使う構想が練られています。
開発のきっかけとなった“学生の声”
この画期的な太陽電池の生みの親は、桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授です。宮坂さんがペロブスカイトと出会ったのは、今から17年前のことでした。当時、ペロブスカイトは超電導やLEDの材料などには使われていましたが、太陽電池の世界ではほとんど知られていませんでした。
「開発する前はペロブスカイトという物質に私はあまりなじみがありませんでしたが、私の研究室に来た大学院生が突然『ペロブスカイトによる太陽電池をやってみたい』と言いだしたのです」(宮坂さん)
当時、大学院生だった小島陽広さんは、もともとペロブスカイトの特性を調べる研究をしていましたが、その光を吸収する性質に注目し、もしかしたら光を電気に変える性質を持っているのではないかと考え、宮坂さんに相談を持ちかけたのです。
「私は基本的には学生がやりたいと言ったことは『まずは試してみるべき』という考えでしたので、軽い気持ちで『じゃあ、やってみたら』と言いました。しばらく実験をした後、小島さんから『光を当ててみたら微弱な電流が生じた』という報告を受けたのです」(宮坂さん)
それまで太陽電池の素材としては注目されていなかったペロブスカイトが、発電すると分かった瞬間でした。しかし、いざ本格的に太陽電池の研究開発に着手したところ、すぐに大きな壁にぶつかったといいます。
「本腰を入れて太陽電池を作ったのですが、なんせ安定性が悪く、しばらく光を当てると発電しなくなるんです。しかも効率も低くて、正直、これはダメかなと思っていました」(宮坂さん)
実際、2009年に発表した論文は、光を電気に変える効率(光電変換効率)が低いために、世界の研究者からの反応はほとんどありませんでした。
転機が訪れたのは2012年のことでした。ペロブスカイト太陽電池に関心を持った海外の研究者が、「発生した電気を電極に運ぶ部分を液体から固体に変える」という研究を始めたのです。これにより光電変換効率を3%から10%を超えるレベルにまで上げることに成功しました。その成果を『サイエンス』誌に発表したところ、世界中の研究者の目に留まり、ペロブスカイト太陽電池は一気に注目される存在となったのです。
そして、世界中で研究が重ねられた結果、変換効率は飛躍的に向上し、従来の太陽電池に匹敵する25%を超えるまでになったのです。今や世界中で推定3万人ほどの研究者がペロブスカイト太陽電池の研究開発に参入し、実用化に向けた開発競争が激化しています。
宮坂さんは、ペロブスカイト太陽電池がこれほど世界から注目される存在になったことに驚きながら、こう振り返ります。
「ペロブスカイトは化学と物理という異分野が交わっているテーマです。私たちは化学が専門ですが、物理にも手を出す。不得意でも試してみるというチャレンジ精神が非常に大切だと思ったからです。難しいとは思っていましたが、誰もやっていなかったことだからこそ、チャレンジしがいがあると思ってやりました。やってみてよかったですね」(宮坂さん)
実用化に向けた開発競争の今
宮坂さんは、ペロブスカイト太陽電池は“実用化の入り口”に入ったと考えていますが、実用化のためには大きな課題が残っています。それは「大型化」と「耐久性」です。
日本のある化学メーカーでは、2025年までに実用化することを見据え、大型化を実現しようと研究開発を急ピッチで進めています。大型化が難しいのは、安定して高い効率で発電するために、太陽電池の面に均一にペロブスカイトの結晶を並べる必要があるからです。面積が小さい場合は均一に並べることができても、面積が大きくなるにつれ結晶にばらつきが発生し、効率が落ちてしまうのです。
このメーカーでは均一に作る技術を磨き、30センチ角であれば結晶のばらつきを抑えて十分に高い効率で発電できる太陽電池を作る方法を確立しました。そして、これを組み合わせることで1メートル角以上の大型の電池の実用化を進めようと考えています。
また、ペロブスカイト太陽電池は、物質としての安定性が低く、劣化が早いため耐久性に課題がありました。この課題を解決する方法として、このメーカーでは、耐久性が高いシリコンの太陽電池にペロブスカイト太陽電池を重ねるという「タンデム型」の太陽電池の開発も行っています。
このタンデム型にはもう一つ大きなメリットがあります。ペロブスカイトとシリコンとでは、それぞれ吸収する光の波長帯が異なるため、二つを組み合わせることで、より広い範囲の波長の光を無駄なく使え、変換効率を高めることができるのです。
このメーカーでは、タンデム型はバルコニーや壁面に設置し、ペロブスカイト太陽電池は透明タイプで窓ガラスに貼り付けるなどして、太陽電池を建物のさまざまな場所に張り巡らせたいと考え、開発を続けています。
宮坂さんは、シリコンとペロブスカイトの太陽電池がこれから共存していく将来を考えています。
「晴れた日にはシリコンを使って、曇った日はペロブスカイトが補助する。また、シリコンが使えない窓や壁などはペロブスカイトを使っていくと。両方が共存していくことで、総エネルギー量を高めていくというのが今後の方向性だと思います。実用化される未来はそんなに遠くないと思います。場合によっては、数年先には商品化が始まると思っています」(宮坂さん)
一人の大学院生のアイデアとそれを尊重する宮坂さんのチャレンジ精神によって誕生した次世代型太陽電池が、実用化への課題を克服し、地球のエネルギー問題を救う日が来るかもしれません。日本生まれの画期的な新技術の今後に期待が高まります。