携帯使えず飛行機も飛ばない? 政府が警戒する“太陽フレア”の影響とは

IT化が進んだ社会では、大規模な太陽フレアの被害に遭うと影響は甚大 科学・技術

携帯使えず飛行機も飛ばない? 政府が警戒する“太陽フレア”の影響とは(AERAdot. 2022/09/02 07:00)

筆者:浅井秀樹

太陽表面で爆発が起こると、電磁波や放射線などが出る。規模によっては、地球を守る大気や磁場に影響する。地上では、地球規模で通信や電力インフラが使えず、航空機や船舶の運航が停止する事態も想定されている。

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通信や放送が断続的に2週間途絶え、電力インフラは広域で停電し、携帯電話も一部でサービスが停止、航空機や船舶は世界的に運航を見合わせる。SF映画のような大混乱が地球規模で起きる可能性があるという。

これは太陽表面の爆発(太陽フレア)が起きた場合の最悪のシナリオ。数十年から100年に一度くらいの頻度で発生するとされる。今年6月、総務省のもとで「宇宙天気予報の高度化の在り方に関する検討会」がまとめた報告書が想定している。実際に過去には大規模な太陽フレアが起き、影響も出ている。

記録上で過去最大規模とされる太陽フレアは、1859年9月。電信線の帯電によりオフィスで発火するなど、欧米では電報システムが寸断されたという。江戸時代末期だった日本では、各地でオーロラが見られたと記録されている。発見者の英国の天文学者キャリントンにちなんでキャリントン・フレアと呼ばれた。その際には巨大な磁気嵐(キャリントン・イベント)が発生している。

1989年3月の太陽フレアでは、磁気嵐が起こり、カナダのケベック州で大規模停電が発生した。600万人程度が影響を受け、被害額は数百億円規模になったともいわれる。

最近も人工衛星が落ちて燃え尽きる事態となっている。インターネット接続サービスを展開する米国のスペースXが2022年2月、ケネディ宇宙センター(フロリダ州)から49機の衛星を地球低軌道に打ち上げたが、40機が大気圏に再突入して喪失した。磁気嵐で密度を増した大気の抵抗を受けたためとされる。

「太陽フレアは地震に似て大小さまざま。小さなものは日常的に起き、大きなものはまれ。影響があるのは数年とか数十年とか、あるいは100年に1回くらい」

草野完也・名古屋大学教授(宇宙地球環境研究所所長)はこう話す。地震はローカルな災害だが、太陽フレアは地球規模の影響になるという。草野さんによると、太陽フレアは太陽の黒点で起き、たまったエネルギーが爆発的に放出される。

太陽フレアの発生で、高温ガス(プラズマ)から強力な光が出て、光の速さで電磁波や放射線が約8分で地球に到達する。次に、高エネルギー粒子が30分から数時間後にやってくる。そして、高温の電気を帯びたガスが1~5日程度で地球に届く。これらが、さまざまな影響を及ぼす。特に現代では「通信と電力が失われると厳しい」と草野さんは指摘する。

地上から60~1千キロ以上の高度に電離層(電離圏)がある。これが地上からの電波を反射し、長距離の通信を可能にしている。ところが、太陽フレアで出てきた電磁波などは電離圏を激しくイオン化し、通信をできなくする。電離圏の揺らぎで、GPS(全地球測位システム)は精度が悪くなり、誤差が出てくる。

地球には磁場があるが、太陽の黒点の磁場を伴って飛び出してきたものが地球の磁場とぶつかり、磁気嵐となる。草野さんによると、磁場が乱されることで送電線に過剰な電流が流れ、変圧トランスの油に着火して燃える可能性がある。その電力ネットワークでは電力供給が停止する。草野さんは「カナダ・ケベック州のケースの10倍くらいの規模で起きる可能性がある」とみている。

携帯電話も使えなくなるかもしれない。情報通信研究機構の津川卓也・宇宙環境研究室長は「スマートフォンの基地局の直線上に太陽があると携帯電話がつながりにくくなる。太陽フレアに伴う電波雑音の増大による影響と考えられる」と話す。

このほかにも、太陽フレアにより大量の放射線などが放出され、高軌道の人工衛星が直接、影響を受けて、機能を乱される恐れがあると草野さんは指摘する。フレアで大気が急激に膨張し、抵抗が大きくなり、最悪の場合は衛星が落ちてくるという。最後は燃え尽きるのだが、今年2月の米スペースXのケースがそれに該当する。草野さんによると、日本の人工衛星でも、空気抵抗で姿勢が変わって制御不能になり、落ちてきて、燃え尽きたケースがあるという。

宇宙飛行士は放射線で被ばくする恐れもある。

太陽フレアに伴う宇宙天気現象と社会影響を表す

■次のピークは20年代半ばに

さらに、宇宙放射線が大気圏に入ってくると、大気中の原子や分子と衝突し、“空気シャワー反応”で2次宇宙線が発生して、航空機の乗員に被ばく線量増大の恐れがあるとされる。

北極や南極のある極域は地球の磁場が開いている。草野さんは「特に極域は危険」と指摘する。日本などの航空機の航路は北極近くの緯度の高いところを飛んでいるので、被ばくの影響を受けやすいという。そうなると、「フライトは全世界的にキャンセルせざるを得ない」という事態になると草野さんはみている。

前述のように太陽フレアは、黒点で起こる。草野さんによると、黒点の数が11年周期で増減する統計的な傾向がある。11年周期で活発期を迎え、次のピークは2020年代半ばとみられている。

だが、話はそれほど単純でない。草野さんは「極大期でなく、黒点の数が少ないときでも、大きな黒点ができて影響が出ることもある」と話す。黒点は1日でできることもあるので、黒点の活動期でなくても、警戒は必要という。

太陽フレアによる影響については、津川さんも「いつ起こってもおかしくない」と話し、「規模と継続時間にもよる」とみている。

冒頭で、太陽フレアが影響した最近の事例を紹介した。現代は携帯電話を含む通信などの技術が日進月歩で進んでいる。GPSの位置情報を使う自動運転技術なども実用化の時代を迎えている。そうした技術の利用環境がかく乱されるだけで、現代生活の人々はお手上げだ。

草野さんは「現代人には致命的な影響の可能性がある」と話す。

そうした事態が起こる可能性を、少しでも事前に予測し、備えておこうというのが宇宙天気予報だ。今回の検討会の報告書について、総務省国際戦略局宇宙通信政策課の担当者は「周知徹底していきたい」と話す。

大規模な太陽フレアが予測されると、情報通信研究機構が「警報」を出し、政府が発表するという。どこで、どんな備えをすればいいのか。議論や対応はこれからだ。

※週刊朝日  2022年9月9日号