ノーベル賞学者・大隅良典博士が語る「日本の科学力が低下した」理由…「論文の引用回数がそれほど重要な指標とは思っていない」(現代ビジネス 2022.09.17)
どうすれば日本の科学力を立て直せるか
「日本の科学力の弱体化」を示す調査結果が、またも報告された。
今夏、文部科学省・学術政策研究所が発表した「科学技術指標2022」は、本来、日本をはじめ世界各国の科学技術活動を5つのカテゴリーに分類し、約170の指標で総合的に評価するものだ。
とは言え、それらの中でもひときわ注目されたのが、科学論文の引用回数に基づく世界ランキングだ。言うまでもなく、ある科学論文は他の論文から引用される回数が多いほど、その注目度が高く、間接的ながらも重要性の高い論文と評価される。
今回の調査では、引用回数で上位10パーセントに入る論文数で日本は前回(10年前)の調査より順位を6つ落として世界12位、上位1パーセントの論文数では同じく3つ落として世界10位となった。
20年前の同じ調査では、上位1パーセント、10パーセントとも日本は米国、英国、ドイツに次ぐ世界4位だった。これと比べると、特に上位10パーセントでは今やトップ10の圏外に落ちるなどショッキングな結果となった。
しかし、こうした統計的な指標に基づくランキングに、一国の科学力を推し測る上でどれほどの意味があるのだろうか? また日本の科学力は本当に憂慮されるほど低下しているのだろうか。だとすれば、それを食い止めるために今、何をすればいいのだろうか?
2016年に「オートファジー(細胞内部の自食作用)」の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士(東京工業大学榮譽教授)は、日本の科学力の低下に警鐘を鳴らしてきたことでも知られる。
大隅博士に、今回の調査結果をどう見ているか、また日本の科学力を立て直すために何をすべきかを聞いた。
内向きになって守りに入ってしまった先生たち
――今回の調査結果では、引用回数が上位1パーセントあるいは10パーセントの論文数で日本が前回の順位から大きく後退したことが、最も注目されているようです。これらの点について、大隅先生はどのようなご見解をお持ちでしょうか?
大隅 残念ながら、これは予想されていた結果だと思います。(2004年の)大学法人化から研究費の削減が長い間続いて、大学が貧しくなってきたという表れでしょう。
また博士数も減少していますが、これも日本の研究活動が間違いなく低下している証です。単に博士号の取得者が減っているだけではない。これまで日本の大学の研究は大学院生で支えられるという面がありましたが、博士課程に進学する人も減少することで研究室の活動自体が全体的に下がっている。
そうした中、大学の先生方も内向きになって守りに入ってしまうことから、今回のような結果になったと思います。
――ただ、企業や大学の研究費では、英国やイタリア、オーストラリアなどは日本より少ないですが、さきほどの上位1パーセント、10パーセントの論文数では日本より上位にあります。研究者の数でも、ドイツやフランスは日本より少ないですが、上位論文数では日本を凌ぎます。このあたりの理由について、先生は何か思い当たるところがございますか?
大隅 日本では定常的な研究費が削られて、(研究者が)科研費などを自分で獲得しなければならなくなりました。しかも、その採択率が低いので、自分にとって面白い研究をするのではなく、とにかく研究費を継続して得ることが最優先になってしまった。実際、何人もの大学院生らを抱えて研究費がどこかの時点でパタッと途切れると、今の大学研究室はどうしようもない。これを救済する措置もありません。
となると、(大学などの科学者は)未知の何かにチャレンジする研究ができないんですよ。むしろあらかじめ結果が推測できて、それなりに進展し、最終的に論文発表まで無事にもっていけるような研究にしか意識が向かない。
また学生の目から見ても、そのような状況に追われる科学者が魅力的な職業ではなくなったので、卒業後は研究者として大学に残ろうとしない。
これらの要素が相まって大学の基礎研究力が低下してしまった。これが今の日本の大きな問題だと思っています。
新しい研究の芽を摘んでいる「選択と集中」
――逆に言うと、英国やドイツなど諸外国では、もっと安心して基礎研究に取り組み、それによって何かにチャレンジできる環境が整っているということですか?
大隅 間違いなく、そうです。若い人が存分にチャレンジできるようなシステムが用意されています。また、研究室でコア(中核)になって活躍できる人の数も多い。
これに対し、日本のラボは外国人から見ると大所帯に見えるようですが、コアとして研究できる人は意外と少ない。たとえばPI(Principal Investigator: 研究責任者)は日々の管理業務や雑務にばかり追われて自分の研究ができないなど、楽しみながら研究をできる人の数が減っているんですよ。
――そうした中、日本では政府による科学研究の「選択と集中」の政策が昨今の研究力低下を招いたとの指摘もあります。これについては、どのようなご意見をお持ちでしょうか?
大隅 私も、その通りだと思います。確かに一部の財界関係者などからは「日本の大学は生ぬるい」「大学の数が多すぎる」、「もっと研究できる大学にお金を集中しなければ、日本はダメになる」といった批判が長い間寄せられてきました。
ただ、本当にそのような「選択と集中」をやってしまえば(研究の)裾野が広がりません。つまり、新しい研究の芽が摘まれてしまうということです。
この点で日本の評価システムはちょっと変で、(科学者が)「予想外の結果が出ました」と報告すると評価は低いんですね。むしろ「(当初の目標を)何パーセント達成できました」といった点ばかりが評価される。
でも、実はサイエンスというのは、あらかじめ結果が予想できるものではない。「予想もしない面白い結果が出てきました」というのは、本当は物凄く喜ぶべきことなんです。あらかじめ政府の側で成果が出そうな特定分野に資金を投入して費用対効果を上げようとする「選択と集中」の政策は、そのチャンスを研究者から奪ってしまうことになります。
狭量な価値観から独創的な研究は生まれない
――そうした点では、大隅先生の研究室が1988年頃に始めたオートファジーの研究も今の時代ではやり難かったでしょうか?
大隅 選択と集中は「みんなが注目していることにお金を注ごう」というやり方ですが、私の根底には「人のやらないことをやろう」という思いがあります。ただ、「人のやらないこと」は最初のうちは誰からも注目されません。
この点に関して、昨今は論文の引用回数が上位何パーセントとか騒いでいますが、正直、私はそれらの指標はそんなに重要とは思っていません。本当に面白い仕事(研究)はその時点で評価されるものではないからです。当時、オートファジーの研究者は(世界全体を見渡しても)本当に少なかったので、(私たちの論文が)引用される回数も少なかった。
しかし、その後、この研究分野が拓けてくると、みんなが注目するようになるから研究者も増えて引用回数もどんどん増えていきました。多くのジャーナル(学術専門誌)も商売ですから、どれくらい引用回数があるかというのは(研究者だけでなく)雑誌の側にとっても大事なんですよ。
ですから、ある論文がジャーナルに掲載されるかどうかは、その内容が「どれくらい面白いか」ではなく、「どれくらい引用回数を稼げるか」というファクターにかかってくる。
しかし、こうした狭量な価値観では、(オートファジーのような)真に独創的で、いずれはノーベル賞級の研究へと成長するはずの芽を摘んでしまうことになります。今回の調査結果もそうですが、トップ1パーセント、トップ10パーセントの論文と言うときに「何を基準にそれを決めるか」が大きな問題だと思います。引用回数をその基準にするのは、必ずしも妥当とは言えないような気がします。
もちろん、科学論文のような研究成果を何らかの形でランク付けしようとすれば、引用回数のように客観的でクリアな指標に頼らざるを得ないわけですが、引用回数が多いということは、すでにその研究分野が流行りになっていることを意味します。
しかし、流行りになってからその研究を始めたとしても、エポックメイキング(画期的)な仕事はできません。だとすれば、そのようなランキングには最初から大した意味はない、というのが私の率直な見解です。
少なくとも、論文の引用回数に従って国からの研究費を傾斜配分する、といったことは止めた方がいいと思います。そのようなやり方では、若い研究者が萎縮して「必ず成果が見込める研究」にしか手を出さなくなる。本来「面白い事」にチャレンジするはずの研究者マインドが失われてしまいます。
「今注目されているから」ではダメ
――若手研究者が「面白い事」にチャレンジできるようにするためには、どんな環境が必要でしょうか?
大隅 「この研究分野は今、注目されているから、この人がやろうとしている、このプロジェクトに2年間で1000万円(の研究費を)出しましょう」というお金の配り方はダメですね。2年間で成果が出るような研究しかやろうとしないからですよ。むしろ継続的に資金を提供して、安心して未知の事柄に挑戦できる環境を整えてあげることです。
――そこから生まれる研究成果の活用という点で、米国では1980年に成立したバイドール法によって、大学の科学者らが国の予算を使って成し遂げた研究成果を特許化したり、スタートアップ企業として商用化、つまりお金儲けすることが認められました。
要するに科学者の研究意欲をそそるためのインセンティブ政策ですが、こうした刺激策によって最近のクリスパー・キャス9をはじめ画期的技術の発明が促されたという一面もあるようです。このような施策について何かご意見・感想等はございますか?
大隅 おっしゃるように、米国では大学の研究者がベンチャーを興して研究成果をビジネス化するのは半ば日常化しています。しかし日本の研究者が同じことをやろうとすると、サポート体制が十分に整備されているとは言えないので、中には経営に専念せざるを得ず本来の研究ができなくなってしまう方もおられるようです。また、いったん立ち上げた会社を大きくしていくのも、かなり難しそうな気がします。
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論文の引用回数のランキングが低下した日本に比して、躍進が注目されたのが中国だ。傍目には進境著しい中国の真の実力はどうなのか。そして、世界最高クラスの研究を促すための支援策として導入が決まった「10兆円ファンド」は、日本の科学力復活の起爆剤となりえるのか。後編記事『ノーベル賞学者・大隅良典博士が危惧する「10兆円ファンド」の問題点…「いきなりそんな大金を手にしたら日本の科学はおかしくなる」』で引き続き、大隅博士の考えを聞く。
大隅良典(おおすみ・よしのり)
東京工業大学榮譽教授。専門分野は分子細胞生物学。1967年、東京大学教養学部基礎科学科卒業。1974年、東京大学大学院理学系研究科理学博士号取得。「オートファジーの仕組みの解明」により、2016年、ノーベル生理学・医学賞を受賞。2017年、世界に先駆けて生物学およびその周辺の新分野を拓き得る先見性・独創性にすぐれた研究を助成するとともに、先端的研究者、市民、企業人の有機的つながりを構築し、日本社会の科学基盤の発展に寄与することを目的に、大隅基礎科学創成財団を設立。同財団理事長。財団についてはこちらから。