課題山積み「カーボンニュートラル」 放射冷却、光合成……身近な現象を応用して実現へ

課題山積み「カーボンニュートラル」 放射冷却、光合成 科学・技術

課題山積み「カーボンニュートラル」 放射冷却、光合成……身近な現象を応用して実現へ(EduA 2022.09.05)

author:安原和貴

カーボンニュートラル。最近メディアでよく耳にしますよね。温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることです。「本当に実現できるの?」と不安に感じている人もいるかもしれません。実現までの道のりは長いですが、現在、世界中の企業や研究機関が本気で目指しています。

今回のテーマは環境問題。サイエンスの視点で捉えることで、「この研究が進めば本当に実現できるかも」と前向きな気持ちになれるかもしれません。太陽光発電の“あの”弱点を克服した、夢のような研究も紹介します。

「夜に発電できる太陽光パネル」とは?

カーボンニュートラルを実現するためには、二酸化炭素などの温室効果ガスの「排出量を減らすこと」と「吸収量を増やすこと」が鍵になります。「排出量を減らす」ためには、火力発電の使用を控えることが重要です。その代わりとして再生可能エネルギー、特に太陽光発電が注目されているのは、みなさんご存じの通り。太陽光パネルをさまざまな場所に設置して、発電を行うのです。

実は最近、この太陽光発電に関して、驚くべき研究結果が発表されました。太陽光発電の常識を覆すような内容なのですが、どのような研究だと思いますか?

なんと「夜に発電できる太陽光パネル」なのです。「そもそも夜に太陽は出ていないから無理に決まっている」と思う人もいるでしょう。お気持ちはわかります。しかし、研究者が注目したのは意外な原理。みなさんもテレビなどで聞いたことがあるかもしれない、あの現象です。

みなさんは、冬のテレビの天気予報でこんなことを聞いたことはありませんか。「今夜はよく晴れているので、冷え込むでしょう」

「晴れているのに、冷え込むの?」と疑問に思った経験がある人もいるのではないでしょうか。そこには「放射冷却」という現象が関わっています。

放射冷却とは、物体の熱がまわりに伝わり、物体自体が冷えていく現象です。お風呂のお湯をイメージしてください。初めは温かくても、時間が経てば少しずつ冷めてしまいますよね。地球でも同じことが起こっているのです。

詳しくみてみましょう。まず、太陽が出ている昼間は、地面がよく温められます。一方、夜になれば太陽は沈んでしまいます。すると、温められた地面の熱が、「赤外線」という電磁波に形を変えて、少しずつ宇宙に逃げてしまうのです。その結果、周りの空気も冷やされ気温が下がります。

では、それが天気とどう影響するのでしょうか。イラストのように、天気が悪い日は雲が空を覆っています。そのため、夜に赤外線として放射された熱は、雲によって吸収され、宇宙に逃げにくくなっています。実際に一部の熱は、雲から地面に戻ってきてしまいます。お風呂にふたをしたら温度が下がりにくくなりますよね。そんなイメージです。雲がふたの役割をしているのです。

一方、晴れた日は雲がありません。そのため、地面の熱は放射によって、どんどん宇宙へ逃げていきます。だからこそ、「晴れた日の夜の方が気温が下がりやすくなる」のです。仕組みを知ると納得できませんか。

放射冷却

ちなみに、勘が良い人はお気づきかもしれません。温室効果ガスが地球温暖化の原因となってしまっているのも同様の理由です。先ほどの雲と同じく、大気中に存在する温室効果ガスがふたの役割をして、地表からの熱が逃げるのを防いでしまっているのです。

進む「人工光合成」の技術開発

さて、本題に戻りましょう。「夜に発電できる太陽光パネル」は、この放射冷却を利用します。夜に地面から放射される赤外線を電気エネルギーに変換することで、夜間の発電を実現していたのです。発電効率には課題が残るものの、実現すれば、太陽光発電の最大の弱点である夜間の電力需要に応えられる未来が来るかもしれません。

カーボンニュートラル実現のもう一つの鍵が「吸収量を増やすこと」でした。ではみなさん、「吸収量を増やすため」にどのような方法を思いつきますか。少し考えてみてください。

真っ先に思いつくのは植物をたくさん植えること。光合成を利用して二酸化炭素を減らすのです。シンプルですが、有効な手段の一つです。

では、二酸化炭素を吸収する方法はそれだけでしょうか。近年、「人工光合成」という夢のような技術の開発が進められています。日本がリードする研究領域の一つです。

そもそも光合成とは、「植物が、太陽光を用いて、二酸化炭素と水から、酸素と有機物を作り出す」こと。人工光合成とは、それをまねしてしまおうという技術です。つまり、植物に頼ることなく、太陽光を用いて、二酸化炭素と水から、有機物を作るのです。実際に2025年の大阪・関西万博では、飯田グループホールディングスが人工光合成技術について展示することも決まっており、身近な技術になりつつあります。

人工光合成技術を搭載した住宅のイメージ=飯田グループホールディングス提供

他にも、二酸化炭素を吸収する注目技術があります。

その名も「DAC」。Direct Air Capture(ダイレクト・エア・キャプチャー)の略で、その名の通り、「直接」「大気」から温室効果ガスを「回収する」技術です。「本当にそんなことができるの!?」と疑いたくなるかもしれません。しかし、実際に実現されつつあるのです。特殊なフィルターや吸収液などを用いることで、大気中の二酸化炭素を回収できてしまうのです。

吸収液を使う場合の原理はシンプルです。吸収液にアルカリ性の溶液を用いれば良いのです。二酸化炭素は酸性酸化物です。そのため、アルカリ性の溶液に吸収させることができるのです。こちらは中高生でもイメージがつくのではないでしょうか。

また、近年では、吸収するための材料としてアミンという化合物を用いる研究も進んでいます。こちらも高校化学でも登場するようなメジャーな化合物の一つ。気になる方はぜひ原理とあわせて調べてみてください。

ちなみにこの技術、回収した後の研究も進められています。なんと、回収した二酸化炭素は、プラスチックなどの原料や燃料などに利用できる可能性も秘めているのです。問題視されている二酸化炭素から身近なプラスチックが作れる。実現すれば、カーボンニュートラルに向けた救世主になるかもしれません。

本日のお話はここまで。カーボンニュートラル、実現するための課題は山積みです。それでも、最新の研究を知ることで、「もしかしたら本当に実現できるかも」と前向きな気持ちになれた人もいるのではないでしょうか。環境問題を解決する夢のような最新技術、ぜひ今後も注視してみてください。

安原和貴(やすはら・かずき)
プラスティー教育研究所執行役員、理科科主任
1992年、群馬県出身。慶応義塾大理工学部、同大学院理工学研究科修士課程修了。専門は光学。2017年、ソニーに入り、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)の研究開発に従事し、18年から現職。「火星の夕日は青い」と知り、衝撃を受けたことが光に興味を持ったきっかけ。「いつか青い夕日を見てみたい」