「新しい資本主義」の行方は 岸田政権の経済政策―識者に聞く 翁百合・日本総合研究所理事長、柳川範之・東大院教授

岸田首相の「新しい資本主義」への提言=翁百合・日本総合研究所理事長、柳川範之・東大院教授 政治・経済

「新しい資本主義」の行方は 岸田政権の経済政策―識者に聞く(JIJI.COM 2022年08月31日07時15分)

「人への投資」に重点を置いた経済政策「新しい資本主義」の実現へ、岸田政権が年末にかけ予算編成作業を本格化させ、実行計画の具体化に着手する。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う影響が収束せず、少子高齢化に歯止めがかからない中、どのように持続的な経済成長を目指すのか。識者に話を聞いた。

成長と分配、実行あるのみ=翁百合・日本総合研究所理事長

岸田政権の経済政策に期待することは。

「新しい資本主義」の実行計画を着実に実施していくことを求めたい。成長と分配の好循環を実現するため、とにかく実行あるのみだ。社会課題の解決を成長の種として、企業価値を向上させていくことが大事だ。

重要な分野は。

日本ではこれまで、データやノウハウ、知的財産など無形資産への投資が少なく、これが賃金の低さの一因でもあった。「人への投資」ではまず、画期的なイノベーション(技術革新)を起こせる人工知能(AI)など、科学技術の分野での人材育成が不可欠となる。

さらに、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、新しい知識や技術を取得する「リスキリング」、社会人が学び直す「リカレント教育」に注力することが必要。また、非正規雇用者の転職やスキルアップを支援する政策も重要になる。

長期にわたり賃金は上がってこなかった。

非製造業の中小企業は生産性が低く、大企業製造業では労働分配率が必ずしも高くなかったことが問題だろう。全体で生産性を上げつつ、成長分野への円滑な労働移動を支援する必要がある。

2%の物価上昇目標を掲げた日銀の金融緩和策は適切だったのか。

日銀に独立性がある以上、「何らかの明確な目標や目安があることが大事だ」との考えは理解できる。

ただ、「2年で2%」の目標を掲げ、期待に働き掛けることを重視し過ぎた面があるのではないか。今の物価上昇は(原油高などの)コスト増によるもので、結果的にはうまくいかなかったと言わざるを得ない。(金利を抑え込んでいることで)財政規律に対する警鐘が出てこないことも問題だ。簡単ではないが、少しずつ金融政策を正常化していくことが必要だ。

人材投資、処方箋異なる=柳川範之・東大院教授

「新しい資本主義」への期待は。

「人への投資」で国全体の経済成長率、潜在成長率を引き上げないといけない。そのための人材投資は、多面的にきめ細かく行う必要がある。例えば、非正規雇用者の能力開発やステップアップ、中高年やシニア世代のセカンドキャリアづくり、人工知能(AI)人材の育成などは、それぞれ異なる処方箋に合った政策が求められる。デジタル化が進んで世界は大きな変革期に入っており、これまでの延長線上では太刀打ちできない。制度や仕組みなどシステム全体の変革が必要だ。

コロナ禍の影響は。

行動制限で経済活動が収縮し、働いて能力を身に付けられるはずの人が、それをできずに過ごしてしまったのは不幸なことだ。採用抑制などで雇用や能力開発の機会も奪われた。一方、働き方が多様化したのはプラスの側面だろう。在宅ワーク、副業・兼業、オンラインとの併用などは今後の働き方、学び方に生かせるのではないか。

物価上昇が生活に響いている。

エネルギー価格の高騰や為替の円安による輸入コスト増で一時的な影響があれば、激変緩和措置は必要だ。ただ、物価上昇に応じて賃金を上げ、イノベーション(技術革新)が起きていく経済社会をつくるのが本筋だ。

注意すべきは、生活コストが上昇する低所得者に対処することだ。また、デフレが長く続いたので、国民の意識や企業活動をどれだけスムーズにインフレの世界に移行させるかもポイントになる。下請け企業がなかなか価格転嫁できないような状態は是正し、適正に価格を設定できるようにする必要がある。