週刊ポスト 2024.11.21 07:01
患者や病院に大きな混乱が生じると懸念されているにもかかわらず、政府は紙の保険証からマイナ保険証への移行を急ピッチで進めている。その背後を取材していくと、巨額の予算が流れ込む団体への天下り、そして競争入札もないまま受注する企業群の存在に突き当たった──。
《12月2日で紙の保険証が廃止》直前になって「マイナ保険証」登録解除の動きが拡大する理由 「資格確認書がもらえるなら、登録解除するつもりです」
《12月2日で紙の保険証が廃止》直前になって「マイナ保険証」登録解除の動きが拡大する理由 「資格確認書がもらえるなら、登録解除するつもりです」
登録解除が相次ぐ理由
12月2日の紙の保険証廃止(新規発行の停止)を前に、「マイナ保険証」の登録を解除する動きが広がっている。登録解除が可能になった10月28日からわずか10日間で申請が792件に達し、今後、さらに増えそうだ。
なぜ、自分からわざわざマイナ保険証を使えなくするのか。
福岡資麿・厚労相は、「現時点で解除の理由は把握していない。分析する必要がある」と語ったが、理由ははっきりしている。新たな“紙の保険証”がほしいからだ。
保険証が廃止された後も、マイナカード未取得者やマイナカードを健康保険証として利用する登録をしていない人には、紙の「資格確認書」が送付され、保険証代わりに利用できる。しかし、マイナカードに保険証を登録した人は原則、資格確認書はもらえない(後期高齢者には送付される)。
そこでいったんマイナ保険証を登録した人が、資格確認書を得るために登録解除を申請していると見られるのだ。
マイナ保険証の登録者は約7627万人だが、利用率はわずかに約13%(今年9月時点)。マイナ保険証を持っていても紙の保険証を使っている人が大半だ。
「マイナポイントのキャンペーンの時にマイナ保険証を登録したが、個人情報満載のマイナカードは持ち歩きたくない。資格確認書がもらえるなら、登録解除するつもりです」(60代男性)
政府が進めるマイナ保険証移行と逆の動きが起きているのだ。
医療関係者の反対運動も活発だ。全国の6割以上の開業医が加盟する全国保険医団体連合会をはじめ各地の保険医協会などが「紙の保険証存続」を訴え、街頭でも呼びかけている。
開業医の1人がこう語る。
「患者さんが12月から一斉にマイナ保険証を利用するようになれば、必ずトラブルが増える。顔認証付きカードリーダーが保険証読み取りミスを起こせば、業務が中断してしまう。さらに、システムの導入や維持にかかる負担は大きい。補助金では全然足りない。小さな医院や歯科クリニックのなかにはマイナ保険証への切り換えを機に廃業するところも増えている」
国民は利用したがらず、医療機関にも負担が大きい。それでも政府が紙の保険証廃止、マイナ保険証への切り換えを強引に進めるのはなぜなのか。背後に巨大なマイナ保険証利権があるからだ。続く記事でその利権構造を詳報しよう。
【マイナ保険証3兆円の利権構造】見積もりの10倍に膨れ上がったマイナ事業 総務省の天下り団体と「ITゼネコン」5社連合への予算の流れを詳細図解
【マイナ保険証3兆円の利権構造】見積もりの10倍に膨れ上がったマイナ事業 総務省の天下り団体と「ITゼネコン」5社連合への予算の流れを詳細図解
事業費が見積もりの10倍に
国民の多くは忘れているかもしれないが、マイナンバー(個人番号)制度を導入する際、政府はシステム構築などにかかる初期投資は約3000億円、維持費が年間約300億円と見積もり、それに対してマイナ導入で行政事務の効率化や税収増、国民と事業者の負担軽減を合わせて年間約4300億円の経済効果があるから、“十分元は取れる”という試算を公表していた。
ところが、現実はとんでもない金食い虫だった。
マイナ関連事業は予算が各省庁にまたがるため全体像がわかりにくい。
2021年3月の国会で当時の菅義偉・首相はそれまでのマイナ関連の国の支出が8800億円にのぼるとして、コストパフォーマンスが「確かに悪すぎる」と答弁したが、その後も予算は増え続けた。
マイナカードを普及させるためのマイナポイント事業に1.8兆円、カードの交付や自治体のオンライン推進の補助金などに1兆円を超える国費が投じられ、本誌・週刊ポストの試算では国のマイナ関連の総事業費は軽く3兆円を超える。当初見積もりの10倍以上に膨れ上がっている。
そのマイナ事業の中核を担うのが国と自治体が出資する公的法人の「地方公共団体情報システム機構」だ。住民基本台帳ネットワークを運営する総務省の天下り団体「地方自治情報センター」が改組されて2014年に発足し、マイナンバー制度のシステム開発や運用を一手に手がけている。
理事長の椎橋章夫氏はJR東日本出身だが、副理事長の菅原泰治氏と理事の青山忠幸氏は総務官僚の天下り組だ。
ちなみに、同機構の役員の給与基準から試算すると、理事長の年収は約2300万円、副理事長は約1900万円、理事は約1600万円になる。
この団体には巨額のマイナ関連事業の予算が流れ込んでいた。
別掲の図は、国のマイナ関連の補助金の流れの一部を整理したものだ。
まず総務省から自治体に「マイナンバーカード交付事業費・交付事務費補助金」(2015~2024年度の合計約7382億円)が交付され、その半分以上が自治体から同機構に交付された。それとは別に、2020年度からは自治体へのネットワーク接続などを推進する「デジタル基盤改革支援補助金」(2020~2023年度の合計約6988億円)などが総務省から同機構に直接交付された。
5社連合のみの応札
最大の問題は、これだけの税金を任せられている機構のマイナ事業費の使い方だ。
政府が進めるマイナ事業など行政のデジタル化は「IT公共事業」と呼ばれる。行政のシステム開発に巨額の予算がつけられ、それを「ITゼネコン」と呼ばれる電気・通信分野の大企業が受注、下請けなどに仕事を回していく仕組みが公共事業と同じだからだ。
マイナンバー制度の中核システムを受注したのは、NTTの長距離通信やプロバイダ事業を行なうNTTコミュニケーションズを中心に、NTTデータ、日立製作所、NEC、富士通の5社の連合だった。5社連合は2014年1月に同機構の前身、地方自治情報センターから個人のマイナンバーを作る「番号生成システム」の設計・開発業務を68億9580万円で受注、同年3月には内閣府からマイナンバー制度の中核システムを123億1200万円で受注した。いずれも入札には5社連合しか参加せず、無競争での落札だった。
元経産官僚で政治経済評論家の古賀茂明氏が指摘する。
「政府がマイナカードの普及を推進するのは、そこに利権があるからです。紙の保険証であれば病院の窓口で本人確認するだけで済むが、マイナ保険証にすれば、病院の窓口にカードリーダーを置き、オンラインで本人確認を行なうためのシステムを作り、運用しなければならない。それだけでも莫大なカネが動く。
しかも、マイナ事業の中核システムの入札は5社連合のみの応札で決まった。競争がなければコストが下がらない。役所で最初からどの企業にやらせるかが決まっていて、事前に企業側とどんなシステムを作るかを話し合い、他の企業が入札に参加しにくくして本命に落札させるという官製談合的な構造さえ疑われる。しかも、システム開発においては、最初に受注した企業がその後の追加事業の入札でも有利になる」
実際、その通りだった。
機構からはその後も5社連合側にシステム運用などが追加発注され、マイナンバー導入初期に機構が発注した当初契約額の645億円から1656億円へと2.6倍に増えていたことが報じられた。
「そうした利権構造のなかで重要な役割を担っているのが地方公共団体情報システム機構でしょう。マイナの全体システムは複数の省庁と全自治体が関わるため、その実務を担う機関として設立されたものです。役所が企業と直接やり取りすれば癒着を疑われるから、外郭団体にやらせるのは常套手段。構造的には、官民癒着の緩衝材のような役割を担っていると見ることができる。同機構を通じた利権構造ができると、官僚が暴走して予算が膨らむのです」(古賀氏)
当人たちはそうした批判にどう答えるのか。本誌・週刊ポストは総務省OBの菅原泰治・副理事長とNTT出身の樋口浩司・理事を直撃。同機構に回答を求めるとともに、5社連合の各社に入札の経緯などに関しても聞いた。
【官民癒着の構造】マイナ保険証3兆円利権「天下りキーマン」を直撃 NTTコミュニケーションズを中心とする「ITゼネコン5社連合」が明かす「入札の経緯」とは
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患者や病院に大きな混乱が生じると懸念されているにもかかわらず、政府は紙の保険証からマイナ保険証への移行を急ピッチで進めている。その背後を取材していくと、巨額の予算が流れ込む団体への天下り、そして競争入札もないまま受注する企業群の存在に突き当たった──。
前回記事で指摘した通り、マイナ事業の中核を担うのが、国と自治体が出資する公的法人の「地方公共団体情報システム機構」だ。住民基本台帳ネットワークを運営する総務省の天下り団体「地方自治情報センター」が改組されて2014年に発足し、マイナンバー制度のシステム開発や運用を一手に手がけている。そして、マイナンバー制度の中核システムを受注したのは、NTTの長距離通信やプロバイダ事業を行なうNTTコミュニケーションズを中心に、NTTデータ、日立製作所、NEC、富士通の5社の連合だった。それぞれ「官民癒着」の批判にどう答えるか──。
「関心がないので」
官民癒着という面で見落とせないのは、マイナ事業の中核を担う公的法人の「地方公共団体情報システム機構」の理事の顔触れだ。
総務省からの天下り官僚2人の他に、NTT出身の理事と日立製作所出身の大学教授が非常勤理事として役員に名を連ねている。一方のNTTコミュニケーションズには元総務官僚が監査役として天下っていた。
これでは公正な競争をもとに事業が進められているのか、大きな疑念が生じる。
金融ジャーナリストの小泉深氏の視線は厳しい。
「天下りの役人にはシステムとか技術的なことはわからない。ITベンダーは受注額を増やしたいから、システム構築にあたってこんな仕様を追加したほうがいいとか、費用が生じる提案をどんどんしてくる。
国からの補助金がつく天下り法人の役員なら、コストが大きくなった末の赤字で経営責任も問われない。言われるままに必要なら仕方がないと、どんどん費用が増えていく構図がある。本当なら技術系の役員がそれをチェックしなければならないはずだが、その理事に受注企業出身者がいるわけです」
当人たちはそうした批判にどう答えるのか。
本誌・週刊ポストは総務省OBの菅原泰治・副理事長とNTT出身の樋口浩司・理事を直撃した。
「私は(取材に)関心がないので、結構です」(菅原氏)
「個人で私がお話しできるものではありません」(樋口氏)
同機構はこう回答した。
「調達手続については、会計規程等に基づき適正に行なっており、癒着や便宜供与が生じることはない」(情報化支援戦略部)
総務省、デジタル庁に事業費などについて聞くと、総務省はマイナ事業費が膨れ上がったことには回答せず、“癒着問題”については「機構の理事長が理事を任命しており、機構に聞いて下さい」(地域情報化企画室)。デジタル庁の広報担当は、「適正に調達手続を行なった結果として、5者のコンソーシアムが落札したものと承知しております」との回答だった。
5社連合の各社に入札の経緯などに関して聞くと、こう答えた。
「適切な入札が行なわれたと理解している。(機構理事の)樋口氏は当社社員でしたが退職済みであり回答する立場にない」(NTTコミュニケーションズ広報室)
「競合が存在することを想定して応札している」(NTTデータ広報部)
「個別の入札に関しての回答は控えさせていただく。(同社出身の手塚氏が機構の理事に就いていることについて)お答えする立場にない」(日立製作所コーポレート広報部)
「システムの一部を当社が担っていることは事実だが、それ以外のことはコメントできない」(NECコーポレートコミュニケーション部)
富士通からは、期限までに回答がなかった。機構から受注した総事業費については、各社「回答を差し控える」とのことだった。
本当に、紙の保険証廃止をゴリ押しするだけの理由があるのか。国民が納得できる答えは、示されていない。本誌・週刊ポストは引き続きこの利権を追及していく。
※週刊ポスト2024年11月29日号