ロシアのウクライナ侵攻「侵略の成功」か「核使用」か…2つの最悪シナリオ

2021年5月9日の対独戦勝記念式典で、退役軍人と握手するプーチン大統領 国際

ロシアのウクライナ侵攻「侵略の成功」か「核使用」か…2つの最悪シナリオ(週刊ポスト 2022.05.09 06:00)

「ウクライナ戦争の転換点になる」と言われてきた5月9日──ロシアにとって重要な対独戦勝記念日を迎え、プーチン大統領の暴走はどこへ向かうのか。新たなステージに突入した戦争の展開について、小泉悠氏(東京大学先端科学技術研究センター専任講師)に話を聞いた。

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第二次世界大戦でドイツに勝利した5月9日は、現代のロシアで「第2の建国記念日」のように位置づけられている。“特別な日”にしたのは、プーチン大統領だ。

大統領就任後は毎年、大規模な軍事パレードを実施。大国・ロシアには様々な人種が混在し、宗教も多様だ。国家をまとめるために、「我々はナチスを倒した仲間だ」という物語が必要だった。

ただ、首都キーウは落とせず、ロシア軍の旗色はよくない。当初は5月9日に“勝利宣言”をするとみられていたが、むしろウクライナ侵略を「特殊軍事作戦」としてきたプーチン氏が、「これからが本当の戦争だ」と言い出してより巨大な兵力を動かすことが危惧される。

東部でロシア軍の本格的な攻勢が始まれば、真っ平らな地形のため大規模な部隊同士の衝突になる。第二次大戦の独ソ戦で「史上最大の戦車戦」と呼ばれた1943年のクルスクの戦いも、この地域で展開された。ウクライナ側の抵抗も激しくなり、完全な力比べになる。

西側諸国がウクライナに大砲や対戦車兵器を提供し始めたのは、ロシアが東部の戦闘に集中すると言ったのとほぼ同時。つまり、西側も強大な火力を提供しないと、ロシア軍に完全に打ち負かされてしまうと考えている。ここで敗れれば、ウクライナはドニエプル川の東側の国土を失いかねない。

プーチン氏の戦争宣言の結果、ロシアの侵略が成功してしまうこと。それが、今後の最悪シナリオのひとつだ。

そしてもうひとつがロシアの核兵器使用だろう。

ロシアの核使用基準は2つの公式文書で明らかにされている。2014年版の軍事ドクトリンと2020年の「核抑止政策の基礎」だが、共通するのが“核で攻撃されたら核で反撃する”とあること、そして通常兵器による攻撃でもロシアの国家安全保障が危機に晒された場合は先に核を使うと記している。

核兵器を使った場合の西側諸国の反応はプーチン氏にも大きなリスクであり、簡単に使用するとは考えにくい。ただし、東部のドンバス地方での大規模戦闘でロシア軍が負けることがあれば、核使用の可能性は否定できない。単純に戦況をひっくり返すために使うというより、ウクライナが西側陣営の一翼に組み込まれることを阻止したいという考えが読み取れる。

4月27日にプーチン氏は、西側のウクライナ支援について「我々にとって受け入れがたい戦略的脅威」と発言。核使用の示唆だと受け止められた。では、具体的に「戦略的脅威」とは何を指すのか。ロシア西部のベルゴロドやブリャンスクの軍事施設をウクライナ軍が攻撃したと報じられているが、そうしたことが「戦略的脅威だ」とプーチン氏が言い出した時、事態の推移は予断を許さない。(談)

小泉悠(こいずみ・ゆう)/1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員などを経て現職。

※週刊ポスト2022年5月20日号