柯隆氏が語る習近平「2つの大失策」…中国を内憂外患に追い込む“国家主導”の限界

中国を内憂外患に追い込む“国家主導”の限界 国際

柯隆氏が語る習近平「2つの大失策」…中国を内憂外患に追い込む“国家主導”の限界(ビジネス+IT 2026/09/11 06:40 掲載)

EV、AI、ヒト型ロボット──中国は先端産業で急速に存在感を高めている。国家主導の大規模な産業支援が、企業の競争力を押し上げているようにも見える。しかし、エコノミストの柯隆氏は、政府の過剰な介入が企業の乱立と供給過剰を招き、かえって民間の活力をそぐと指摘する。鄧小平時代との対比から、習近平政権の経済運営の功罪を読み解く。

取材協力:エコノミスト 柯隆   取材・構成:編集部 金本 景介

日本企業を脅かす「3つのチャイナリスク」

中国経済の先行きと、これからの日中ビジネスを考えるうえで、まず整理しておきたいのが「チャイナリスク」です。この言葉自体は以前から使われてきましたが、その意味は時代とともに大きく変わり、複雑になっています。

中国経済の個別の問題に入る前に、まず「何がチャイナリスクなのか」を時系列で整理する必要があります。私は大きく3つに分けて考えています。

1980~90年代、日本企業が中国ビジネスで警戒したのは、納期が守られない、契約に対する考え方が日本とは違うといった商習慣上の問題でした。

日本では契約書にサインすれば、それを守るのが前提です。契約違反をすれば、裁判になる以前に信用を失います。当時の中国では、そうした契約意識が十分に定着していませんでした。これが1つ目の古典的なチャイナリスクです。

その後、より大きな問題になったのが「政策変更のリスク」です。

企業は現在の制度やルールを前提に設備投資をし、人を雇い、事業計画を立てます。政府が大きなルール変更をするなら、通常は事前に周知し、移行期間を設けます。政策には、政府と市場との契約という側面があるからです。

ところが中国では、政治判断によってルールが突然変わることがあります。企業側からみれば、昨日まで合理的だった投資判断が、政策変更によって成立しなくなるリスクがあります。これが2つ目。

そして3つ目が「地政学リスク」です。

中国の国力・経済力が高まるにつれ、中国を巡る地政学リスクが意識されるようになりました。背景には、既存の国際秩序やルールに対する中国の姿勢があります。

中国は、現在の国際秩序が先進国を中心につくられ、発展途上国には不利な面があるという考えを持っています。国力が強まるにつれて、そうした既存のルールを見直そうとする動きが表面化しています。

もちろん、現在の国際ルールがすべて正しいわけではありません。ただ、そのルールの見直しの進め方に問題があるのです。関係国との合意形成や必要な手続きを経ず、中国側の事情を優先して既存の国際秩序を変えようとすれば、周囲の国は警戒を強めます。

現在の中国には、「商習慣」「政策変更」「地政学」という異なる時代のリスクが同時に存在しています。なかでも今後の中国経済を左右するのが「政策変更」のリスクです。

政府が市場にどこまで介入するのかという問題が、不動産、民営企業、EV、AI、ヒト型ロボット、さらには米中関係までつながっているからです。

不動産バブル崩壊で露呈…地方政府に迫る「高成長のツケ」

中国経済の低迷を考えるうえで、大きな問題になっているのが不動産バブル崩壊の後遺症です。より深刻なのは、不動産価格の下落そのものより、その背後にある地方政府の財政構造です。

中国では土地の所有権と使用権が分かれています。居住用地70年、工業用地50年、商業用地40年といった期間の土地使用権を地方政府が設定し、デベロッパーなどに払い下げてきました。

不動産市場が拡大している間、この仕組みは地方政府に巨額の収入をもたらしました。

土地を高く売れば財源が増えます。さらに道路や橋、地下鉄などを整備すればGDPを押し上げられる。経済成長率が高まれば、地方幹部の高評価、昇進にもつながります。

その結果、不動産開発とインフラ投資が地方経済を回す重要なエンジンになりました。

私は南京で生まれ育ちましたが、南京のある区役所を見たとき、その大きさに驚いたことがあります。米国の首都ワシントンにある議会議事堂を思わせるような立派な建物でした。

紹興市の市役所も非常に巨大でした。地方行政にこれほど大規模な建物が本当に必要だったのか。経済合理性だけでは説明できません。不動産ブームで土地収入が増え続ける中、支出の規律も緩んでいったのでしょう。

より重い負担になるのがインフラです。

道路や橋、地下鉄は造って終わりではありません。建設時にはGDPを押し上げますが、完成後は長期間にわたって点検、修繕、更新が必要になります。建設時には資産として扱われても、その後は恒常的に維持費が発生します。

土地が高値で売れていた時代なら維持できました。しかし、不動産市場が低迷して土地関連収入が減っても、過去に整備したインフラの維持費は消えません。

中国の地方政府は、収入が細る一方、高成長期に膨らませた支出負担を抱える局面に入っています。

さらに、中国では年金などの社会保障を原則として地方政府が担っています。高齢化が進めば、この負担も重くなります。

不動産バブル崩壊は、単なるマンション価格の問題ではありません。土地財政、地方債務、インフラ維持、社会保障へと影響が広がる構造問題です。

この仕組みは習近平政権がゼロから作ったわけではありません。以前から続いてきた中国の成長モデルです。高成長が続いている間に修正できなかった問題が、成長率の低下によって一気に表面化しました。

しかも、中国では地方幹部が住民による選挙ではなく、上からの人事で評価されます。GDP成長率が重視されれば、地方政府は短期間で数字を押し上げやすい投資に傾きます。

中国経済では、経済政策と政治制度を切り離して考えることはできません。

中国経済を襲う「失業・未婚・人口減」の悪循環

不動産市場には、もう1つ重要な問題があります。価格が下がっても需要が回復しないことです。

マンション価格が下がれば、普通なら若者にとって住宅を買いやすくなるはずです。しかし、中国では価格が下がっても住宅需要がなかなか戻りません。

背景には、不動産市場だけでは説明できない雇用問題があります。

大きな転換点になったのが、コロナ禍の厳しい都市封鎖でした。人の移動が止まり、店舗やサービス業の営業も制限されました。大企業以上に打撃を受けたのが、資金余力の乏しい中小零細企業です。

企業が事業を続けられなくなれば、雇用が失われます。若者の雇用が不安定になれば、結婚をためらい、住宅購入も先送りします。住宅需要が落ち込めば不動産市場はさらに冷え込み、デベロッパーや地方政府の収入も減ります。

雇用不安が住宅需要を冷やし、不動産不況が再び雇用を悪化させる。この悪循環が、中国経済の需要回復を難しくしています。

そこへ人口減少が重なります。

過去30~40年間の中国経済を支えた要因の1つが「人口ボーナス」でした。働く人が多く、消費者も増える。企業は商品を作れば売れ、住宅を造れば買い手が現れました。

現在は、少子高齢化で働き手が減り、社会保障の負担も重くなる「人口オーナス」に転じています。その背景にあるのが一人っ子政策です。

一人っ子政策が始まった1970年代末の中国は、現在とは経済環境がまったく違いました。

当時は食糧事情が厳しく、配給制度も残っていました。お金だけでは米や小麦粉などを自由に買えず、食糧チケットが必要でした。

雇用問題もありました。毛沢東時代には、都市部の多くの若者を農村へ送り出す「下放」が行われました。1970年代末になると彼らは相次いで都市へ戻りましたが、当時は経済が十分に発展しておらず、仕事が足りませんでした。

食糧不足と雇用不足を前に、人口増加を抑えようとした当時の指導部の判断には一定の合理性がありました。ただ、夫婦2人に対して子どもを1人にまで制限した影響は大きすぎた。

人口政策は後から修正するのが極めて難しい政策です。一人っ子政策の撤回も遅すぎました。

出生を抑えることはできても、若い世代が減った後に政府が出産を奨励したからといって、人口動態が元に戻るわけではありません。一度大きく変わると、元の状態に戻るまで50~100年かかるとも言われています。

一人っ子政策がもたらした人口問題は、習近平政権が生み出したものではありません。しかし、人口減少や不動産不況を抱える中で、大企業への締め付けや、政府による経済への強い介入といった現在の政策を続ければ、中国経済はさらに厳しくなるとみています。

強国化を急ぎすぎた習近平政権の誤算

習近平政権には、大きく2つの政策判断の誤りがありました。

1つ目は対外政策です。習近平氏が中国共産党総書記に就任した2012年ごろ、私自身、新政権には期待していました。

当時、米コロンビア大学のフォーラムで講演した際、会場にいた中国共産党機関紙「人民日報」のニューヨーク特派員から「習近平政権をどう見るか」と質問され、「若い指導者が登場するので中国の改革は加速するだろう」と答えました。

実際に始まったのは、期待とは逆の方向でした。

政治は強権化し、対外的には「強国」を前面に出すようになりました。経済政策で象徴的だったのが「中国製造2025」(2025年までに中国を世界有数の製造強国にすることを目指す国家戦略)です。

中国が製造業を高度化し、先端産業を育成すること自体は当然です。問題は、それをあまりにも声高に打ち出したことでした。

トランプ氏は「米国を再び偉大にする」と掲げて大統領になりました。その米国に対して、中国が製造強国を目指すと大々的に宣言すれば、警戒を強めるのは当然です。

その後、米国は中国の先端技術への規制を強め、ファーウェイなどへの制裁を進めました。中国にとって大きな制約となったのが、半導体や製造装置へのアクセスです。

中国企業にはAIモデルを開発する力があっても、計算能力を高めるには高性能な半導体チップが欠かせません。さらに、半導体の自国生産を進めるにも、高度な製造装置が必要です。

「中国製造2025」という構想を持つことと、それを大々的に宣言することは別です。もう10年、静かに技術力とサプライチェーンを積み上げていれば、米国が規制に動いたときの打撃はもっと小さかった可能性があります。

習近平政権は、もっと時間を稼ぐべきでした。「10年早かった」というのが私の評価です。

2つ目の失策が、コロナ禍の都市封鎖です。

感染症対策が必要だったことは言うまでもありません。しかし、中国の統制は極めて厳しく、人の移動だけでなく企業活動まで止めました。その打撃は、都市封鎖が解除された時点で終わったわけではありません。

企業が廃業すれば雇用は簡単には戻りません。失業や所得不安が続けば、若者は結婚や住宅購入を先送りし、家計は消費を抑えます。

ゼロコロナ政策は短期的なGDPだけでなく、その後の需要にも傷を残しました。

習近平政権は、国内では経済の活力を自ら弱め、国外では米国との摩擦を強めました。国内と国外の両面で政策リスクを高めた。その結果が、現在の「内憂外患」です。

この2つの判断には共通点があります。それは国家が強い権力を握り、経済や社会を広くコントロールしようとする発想です。

EV・ロボットで企業乱立…国家主導の産業育成が招く過当競争

国家が重点産業を決め、資金を集中的に投入する政策は、短期的には大きな成果を生むことがあります。

EVはその典型です。中国では補助金を背景に参入企業が急増し、一時はEVメーカーが400社を超えました。ロボット分野でも多数の企業が参入しています。

最初は産業が急成長しているように見えます。しかし、補助金を目当てに参入企業が増えすぎれば、やがて供給過剰になります。

供給過剰になれば値下げ競争が激しくなり、企業の収益性は低下します。最終的には大規模な淘汰を避けられません。

太陽光パネルやEVで見られた構造が、ヒト型ロボットでも繰り返される可能性があります。

政府による産業支援そのものが問題なのではありません。重要なのは支援の規模と方法です。

補助金を出しすぎず、どの企業にどのような基準で資金を配分するのか透明性を確保する必要があります。国家が重点産業を指定するたびに地方政府まで一斉に補助金を投入すれば、市場の需要ではなく政策に反応した企業が増えます。

国家が強ければ企業も強くなる、というほど経済は単純ではないのです。

「改革開放に戻るしかない」──鄧小平路線を再び選べるか

中国経済が再び成長軌道に戻るには、政策転換が欠かせません。端的にいえば、「改革開放」路線への回帰です。

中国の民間の活力は失われていません。厳しい事業環境の中でも、高性能な生成AIモデルで世界的に注目を集めたディープシークのような企業が生まれています。

必要なのは、民営企業への締め付けを緩め、企業が長期的な投資計画を立てられるよう政策の予見可能性を高めることです。補助金によって企業を乱立させる産業育成策から距離を置き、政府と市場の役割を改めて整理する必要があります。

国家が経済を直接動かす発想から、民間と市場の活力を引き出す政策へ戻れるかが問われています。

ここで鄧小平と習近平氏を比べると、両者の違いが見えてきます。

鄧小平は、毛沢東の死後に中国の実権を握り、1970年代末から改革開放を主導した事実上の最高指導者です。

それまでの計画経済一辺倒の政策を見直し、市場原理や外資を段階的に取り入れました。経済特区を設けて海外からの投資を呼び込み、民営経済の活動範囲も広げるなど、中国を世界経済に組み込む方向へ大きくかじを切りました。その後の中国の急成長につながる経済モデルの土台を築いた人物です。

もちろん、鄧小平の政策判断がすべて正しかったわけではありません。前述した一人っ子政策も、長期的な副作用を残した代表例です。

習近平氏だけの問題ではない?「文革世代」に根づく権力崇拝

それでも経済運営における鄧小平には、習近平政権とは異なる現実主義がありました。

彼は日中戦争や国共内戦を経験しただけでなく、若いころにはフランスで働いていました。象徴的なのが、クロワッサンのエピソードです。

彼はフランスのクロワッサンを好んでいました。ある中国の大使がパリから帰国する際、何か欲しいものはあるかと尋ねたところ、鄧小平はクロワッサンを頼んだといいます。

小さな逸話ですが、鄧小平という人物の一面をよく表しています。

彼は外国社会を実際に見て、西側の生活や経済に触れていました。社会主義だから資本主義のものをすべて排除するのではなく、中国を豊かにするため利用できるものは取り入れる。そうした現実主義が改革開放につながりました。

社会主義体制は維持する。一方で、市場の力を使い、外資を入れ、民営企業にも活動させる。この路線が、その後数十年にわたる中国の高成長を支えました。

習近平氏の世代が経験した環境は大きく異なります。

習近平氏が初級中学1年生だったころに文化大革命が始まり、学校教育は大きく混乱しました。現在の中国指導部の中核を担っているのは、文化大革命という特殊な時代を経験した世代です。

私は、この世代には権力への強い崇拝があり、何でも自分でコントロールしたがる傾向があるとみています。問題は習近平氏個人に限りません。たとえトップが代わっても、同じ世代から指導者が出る限り、強い権力で経済や社会をコントロールしようとする統治は繰り返されるのではないでしょうか。

経済政策だけをみれば、必要な改革は明確です。ところが、習近平政権はむしろ統制を強めている。ここに政策転換の難しさがあります。

中国の若者には依然として強い上昇志向があります。中国経済が再び成長できるかどうかは、かつて成長を支えた改革開放に立ち返れるかにかかっています。