ロシア軍の“戦死者50万人”は「ベトナム戦争」以来の異常事態…敗戦に学ばない「プーチン大統領」が犯した最大のミス
ロシア軍の“戦死者50万人”は「ベトナム戦争」以来の異常事態…敗戦に学ばない「プーチン大統領」が犯した最大のミス(デイリー新潮 2026年07月23日)
2022年2月24日、午前6時から始まったテレビ演説で、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナで特別軍事作戦を開始する」と表明した。国内世論を刺激しないよう「戦争」の言葉は避け、「特別軍事作戦」と矮小化した。しかし実態は紛れもないウクライナ侵略作戦であり、その最高指揮官はプーチン大統領本人。その地位は“シビリアン・コントロール(文民統制)”を実現するためのものではない。プーチン大統領は文字通りロシア軍のトップとして、最前線の作戦にも細かく命令することで知られている。(全3回の第1回)
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ロシア軍のウクライナ侵攻が始まってから約1カ月後の3月、イギリスの高級紙・ガーディアン(電子版)は「プーチン大統領はウクライナ侵攻の戦略的な作戦判断にまで関与しているのか?(Is Putin involved in strategic battlefield decisions in Ukraine invasion?)」との記事を配信した。
記事では西側の軍事当局者の話として、「プーチン大統領は、本来なら大佐や旅団長レベルの戦術判断にまで介入している」と報じている。
では、ここで時計の針を一気に現在に戻そう。プーチン大統領が今も陣頭指揮を取っているロシア軍はどんな状態になっているのか。
まず5月にイギリスの情報・サイバーセキュリティ機関である「政府通信本部(GCHQ)」はロシア軍の戦死者が約50万人に達したと発表した。
7月にはアメリカのシンクタンク・戦争研究所(CSIS)がロシア軍の戦死者・負傷者・行方不明者の合計は140万人で、うち戦死者は約40万人から45万人と推計した。担当記者が言う。
「イギリスの公共放送であるBBCも、ロシア軍の戦死者数を検証する調査報道を実施しました。調査会社などの協力を得て、ネット上の電子告示やSNSで得られる情報を活用したのです。具体的には役所の戦死公報や、裁判所などにおける戦死による相続関係の公示、さらに『息子が戦死した』、『戦死した息子の葬儀を行う』といったSNS上の投稿などを丁寧に集め、名前が確認できた戦死者を一人ひとりカウントしました。すると20万人台に達したため、ロシア軍の戦死者は約33万から48万人に達すると推計したのです。こうなると45万人や50万人という数字も信頼性の高い数字と考えられます」
戦死者50万人は異常事態
これは戦死者の数として極めて異常だ。例えば1990年の湾岸戦争では、アメリカ軍の戦死者は294人、イラク軍は約2万人から3・5万人と推定されている。また2003年のイラク戦争でイラク軍の戦死者数は1万人前後と見られている。
「第二次世界大戦後、50万人を超える戦死者を出した軍隊は、ほとんどありません。死傷者の極めて多かった戦争は朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラン・イラク戦争の3つと言われています。それぞれの戦死者を見てみましょう。朝鮮戦争は韓国軍が13・7万人、アメリカ軍は3・3万人。北朝鮮軍は21万人から31万人、中国軍は19・7万人。ベトナム戦争はアメリカ軍が5・8万人、南ベトナム解放民族戦線が20万人から25万人、北ベトナム(ベトナム民主共和国)軍が84・9万人。イラン・イラク戦争はイラン軍が20万人から30万人、イラク軍が10万人から20万人だと推計されています。つまり、第二次大戦以降、軍人の戦死者が50万人を超えたのは北ベトナム軍と今回のロシア軍だけなのです」(同・記者)
当時、北ベトナム軍の最高司令官はヴォー・グエン・ザップ将軍。そして今のロシア軍はプーチン大統領であることは冒頭で見た通りだ。
ベトナム戦争はフランスの植民地支配からの独立戦争として始まり、最終的にはアメリカの軍事支配を排除して国家統一を成し遂げた。
プーチン大統領こそ“愚将”
「ヴォー・グエン・ザップ将軍を“名将”と評価する軍事史家もいます。しかし戦死者があまりにも多いことから“愚将”という批判も少なくありません。一方、プーチン大統領が開始したウクライナ侵攻は文字通りの侵略戦争であり、“正義”はどこにもありません。2014年にウクライナの親ロ政権が崩壊するとプーチン大統領はクリミア半島に軍事介入、一方的併合を行いました。さらにウクライナ全土を手中に収めようとしたのが2022年の侵攻であり、領土的野心に基づいた侵略戦争です。自国の軍隊に国際法違反の侵略戦争を命じながら、50万人の戦死者を出した最高責任者がプーチン大統領です。この数字を見れば、戦史上稀に見る“愚将”と非難されても仕方がありません」(同・記者)
軍事ジャーナリストは「プーチン大統領は“特別軍事作戦”を裁可しました。その際、大統領が致命的な判断ミスをしてしまったことが、ロシア軍が桁外れの戦死者を出した大きな原因の一つです」と指摘する。
「ロシア軍がウクライナ侵攻作戦を開始した際、成否の鍵を握るのは空からヘリコプターなどで首都キーウを急襲した空挺部隊と特殊部隊でした。空挺部隊はアントノフ国際空港の制圧を目指し、特殊部隊は大統領府でゼレンスキー大統領を殺害しようと襲いかかりました。つまりアメリカ軍がベネズエラで行った特殊作戦、いわゆる斬首作戦を実施しようとしたのです」
教訓を学ばないプーチン大統領
この急襲作戦が成功していれば、あっという間にロシアがウクライナ全土を占領したとしても不思議ではなかったという。
「アントノフ国際空港をフル活用すればロシア軍の補給が容易になりますし、ゼレンスキー大統領を殺害すればウクライナ国民の士気は喪失したでしょう。しかしロシア軍特殊部隊が大統領府を急襲した際、ゼレンスキー大統領は自動小銃を手に最後まで応戦する覚悟を示しました。ウクライナ軍は必死に持ちこたえ、やがて特殊部隊も空挺部隊も共に撃退します。アントノフ国際空港はロシア軍の地上部隊が再攻撃を行いましたが、やはり最終的には敗退しています。実は空挺作戦の成功率は極端に低いのです。そもそもロシア軍には帝政ロシア時代から延々と続く敗戦の歴史があります。なぜ負け続けるのか、それは敗戦の教訓に学ばないからでしょう。プーチン大統領も例外ではなく、例えば2008年の『ロシア・ジョージア戦争(南オセチア紛争)』で得た貴重な戦訓をウクライナ侵攻に活かしていません。そのため甚大な損害を今も被っているのです」(同・ジャーナリスト)
激化する報復合戦「プーチン大統領」は“亡国の最高司令官”となるか? ウクライナ侵攻でも露呈するロシア軍の“不名誉な伝統”とは
激化する報復合戦「プーチン大統領」は“亡国の最高司令官”となるか? ウクライナ侵攻でも露呈するロシア軍の“不名誉な伝統”とは(デイリー新潮 2026年07月23日)
ウクライナ侵攻作戦において、ロシアのプーチン大統領は陣頭指揮を取っている。軍幹部に任せず、最前線での作戦にも口を出しているのだ。つまり戦史に残る「ロシア軍の戦死者50万人、負傷・行方不明者95万人」という桁外れの大損害を出した“A級戦犯”は他ならぬプーチン大統領ということになる。(全3回の第2回)
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実際、軍事関係者からは「文字通りの愚将」という辛辣な評価も少なくない。軍事ジャーナリストも「そもそも帝政ロシア以来、ロシア軍には敗北の歴史しかありません。一応は勝利したと言われる戦争であっても被害があまりにも甚大でした」と指摘する。
「帝政ロシア時代を見てみましょう。クリミア戦争(1853~56)、日露戦争(1904~05)、第一次世界大戦(1914~18)と、いずれの戦争で敗れています。ナポレオン戦争(1803~15)は勝利したことになっていますが、その被害は桁違いです。ロシア軍の戦力は40万人だったとされており、ナポレオン戦争で20万人から30万人の戦死・病死・負傷・行方不明者が出たと推計されています。少なく見積もっても戦力が半減したのです。これが民間人となると多すぎて詳細は分かっていません。しかも防衛のため焦土作戦を敢行し、最後は首都のモスクワさえ焼き払ったわけです」
ロシア軍が人命軽視の人海戦術に頼るのは伝統と言っていい。その作戦が頂点に達したのが第二次世界大戦、つまり独ソ戦(1941~45)だった。
「ドイツ軍がソ連に侵攻すると、最初の半年でソ連軍は壊滅的な敗北を喫します。この国家存亡の危機を乗り切るため、男女を問わず動員して兵士とし、無謀な突撃を繰り返させました」(同・軍事ジャーナリスト)
「強い軍隊」より「従順な軍隊」
単に突撃を命じるだけではない。嫌がる兵士が続出したため、ソ連は「督戦隊」を組織。何と後退する兵士を射殺するという暴挙に踏み切った。結果、ロシア軍だけで何と約870万人の戦死者が出ている。
「死亡した民間人はさらに多く、約1700万人と推計されています。太平洋戦争で旧日本軍の戦死者は約210万から230万人、民間人の死亡者は約50万から60万人とされています。ロシアの死者数と比較すると、レベルが全く違うことが分かります」(同・軍事ジャーナリスト)
軍事ジャーナリストは「ロシアという国は常に独裁制だということに注目すべきでしょう」と言う。
「帝政ロシア、ソビエト連邦、そしてプーチン大統領と、ロシアは常に独裁国家です。強大な権力を持つ国家元首が君臨し、軍隊にも睨みを利かせています。たとえ指導者が間違った命令を下しても、軍は従わなければなりません。異議を申し立てると粛清されるのは、スターリン時代を見れば分かります。つまり独裁者は究極の選択として『強い軍隊』より『従順な軍隊』を好むのです。ここで思い浮かべる必要があるのは『ワグネル・グループ』のトップだったプリコジン氏でしょう。彼が率いていた傭兵集団や民間軍事会社は、ロシア軍よりはるかに統率の取れた練度の高い軍隊でした。プリコジン氏の最期を振り返れば、プーチン大統領が指揮するロシア軍が弱い理由がよく分かります」
「ワグネルの乱」とロシア軍の欠陥
プリコジン氏は2023年に「ワグネルの乱」を引き起こし、ロシア軍の上層部に反旗を翻した。
「ワグネルの乱はロシア軍上層部に対する反乱であり、反プーチン運動ではありませんでした。プリコジン氏と彼の“私兵”は首都モスクワに行軍しながら、軍に蔓延する汚職などを厳しく糾弾したのです。しかしプーチン大統領が彼の“諫言”に耳を傾けることはなく、ベラルーシへの亡命を余儀なくされました。そして搭乗したジェット機が墜落する事故があり、死亡が発表されました。プーチン大統領が暗殺を命じたと見る専門家は少なくありません。いずれにしても『能力が高く、改革を志向する軍人』は独裁者にとって邪魔になることがあるのです。プーチン大統領は『命令に従う無能な軍人』を重用しており、これではウクライナ軍に勝てません」(同・軍事ジャーナリスト)
「とにかくプーチン大統領の命令に従う」という指揮官がウクライナの最前線で何をするかと言えば「プーチン大統領の指示待ち」だ。
1分1秒の判断が生死を分ける戦場で、こうした指揮官に率いられた部隊に戦死者が続出するのは当然だろう。おまけにウクライナに展開する兵士は傭兵や囚人兵が中心だ。そもそも士気や能力が低い。
汚職が招いた大敗北
軍事ジャーナリストは「ロシア軍が持つ根源的な欠陥を象徴したのが、ウクライナ侵攻の際、首都キーウ周辺で軍の車両が大渋滞を引き起こしたことです」と言う。
「もともとロシア軍は兵站が苦手という不名誉な伝統があります。最前線に必要な物資が届かないのも戦死者が多い原因でしょう。そして、あの渋滞は『プーチン大統領の命令がなければ車両は動かない』という事実を改めて明らかにしました。さらにプリコジン氏が批判した汚職の問題も大きな原因の一つです。ロシア軍では軍幹部が率先して予算の横領や物品の横流しに手を染めています。車両に必要な無線機が搭載されていないのは当たり前という状況です。中でもタイヤを勝手に売却することがあり、代わりに粗悪なタイヤを軍事車両に装着するのです。タイヤも渋滞が発生した原因の一つと考えられており、ウクライナ軍は渋滞中の車両を攻撃し、大きな戦果を挙げました。これと同じことが1939年にソ連軍がフィンランドに侵攻した『冬戦争』で起きています」(同・軍事ジャーナリスト)
冬戦争は人口約370万人のフィンランドが、人口約1億7000万人のソ連を相手に100日以上持ちこたえたことで知られる。
歴史に学ばないプーチン大統領
ソ連軍は、この冬戦争でも甚大な人的被害を出した。戦死者数は約12万から20万人と推計されているほか、重要なのは約26万人が負傷・凍傷したことだ。兵站が貧弱なため、必要な防寒具が最前線に届けられていないことが分かる。
軍事ジャーナリストは「プーチン大統領は仮にもロシア軍の最高指揮官です。過去の戦訓に学ぶ必要があります。ところが実際はウクライナ侵攻で冬戦争と同じミスをしてしまっているのです。無能な指揮官と批判されても仕方ありません」と批判する。
もし汚職の蔓延でロシア軍が弱体化しているのなら、その“原因”を取り去ればいい。プーチン大統領は強大な権力を持っているのだから、私腹を肥やす軍幹部を“粛清”するなど朝飯前だろう。ところが彼は、あべこべに黙認しているという。
圧倒的な軍事力を持つロシアはなぜ“4年半が経っても勝てない”のか…プーチン大統領が潰した「軍改革」千載一遇のチャンス
圧倒的な軍事力を持つロシアはなぜ“4年半が経っても勝てない”のか…プーチン大統領が潰した「軍改革」千載一遇のチャンス(デイリー新潮 2026年07月23日)
ロシア軍では軍幹部が率先して汚職に手を染め、予算の横領や物品の横流しが常態化している。何しろ戦車でさえ必要な部品が欠けているのは当たり前だという。開いた口が塞がらないが、これではウクライナ軍に苦戦して当然だろう。しかし強大な権力を持つ独裁者であるプーチン大統領は、なぜ汚職まみれの軍幹部を“粛清”しないのかという疑問が浮かぶ。(全3回の第3回)
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軍事ジャーナリストは「プーチン大統領は、世界有数の諜報機関だった旧KGBの工作員でした。大統領になった今でも様々な情報・諜報ネットワークを張り巡らせており、軍部における汚職の実態も正確に把握していると考えられます」と言う。
「ところがプーチン大統領は証拠を握っていても軍幹部を処分しないのです。理由は幹部を掌握するためです。独裁者にとって反乱ほど怖いものはありません。そして軍人は武器を使えますから、政府中枢の政治家や官僚よりはクーデターの準備も容易です。そこでプーチン大統領は幹部を『汚職の証拠は握っているぞ』と脅し、『俺の言うことを聞けば見逃してやる』と取引を持ちかけるのです。そのため若手軍人の出世頭が抜擢された場合、幹部が“汚職グループ”に招き入れることも珍しくありません。こうした対処法はプーチン大統領の権力基盤を万全なものにするかもしれませんが、軍のガバナンスが大きく毀損されるのは言うまでもないでしょう。これではロシア軍が『精鋭の軍隊』になるのは不可能だと言わざるを得ません」
愚かなのはロシア軍の幹部だけではない。プーチン大統領も、少なくとも戦争指導者や最高指揮官としての能力には疑問符が付く。
ロシア・ジョージア戦争の戦訓
軍事ジャーナリストは「私が注目したいのは、2008年に起きた『ロシア・ジョージア戦争(南オセチア紛争)』です」と言う。
「ジョージア北部に位置する南オセチアはソ連崩壊後、ロシアとジョージアが軍事衝突を繰り返してきた係争地です。そして2008年、ジョージア軍(註:当時はグルジア)は南オセチアに大規模な軍事攻撃を実施します。この時、ロシアはメドヴェージェフ大統領、プーチン首相という“二頭体制”でしたが、実質的な最高権力者はプーチン氏であり、軍の最高指導者も同じでした。プーチン首相は最強の空挺部隊をジョージア西部に進出させ、激戦を繰り広げます。一応、ロシアは勝利したことになっており、プーチン首相は欧米のジャーナリストとの会見で『ロシア軍は首都トビリシから15キロの地点まで進出していた。トビリシを占領するのに4時間あれば十分だった。しかし、それは我々の目的ではなかった』と豪語しました。ところが実際はそれほど圧勝していたのではないことが分かっています」
実はロシア・ジョージア戦争こそ、ロシア軍が“現代化”できる最大のチャンスだったと言われている。ところが、プーチン大統領は千載一遇のチャンスを逃してしまう。
「新しい外観」改革
「まず小国であるジョージアの空軍にロシア空軍は手を焼いています。結果、航空優勢を確立できませんでした。さらに通信整備が時代遅れのもので、戦場で役に立っていません。相変わらず兵站はひどく、軍事車両の故障が続出し、補給は滞りました。結果として部隊同士の連携が不充分なものとなり、孤立した兵士が続出したのです。こうしてロシア・ジョージア戦争を改めて振り返ると、ウクライナ侵攻作戦と全く同じ問題点が続出していたことが分かります」
ロシア・ジョージア戦争の戦訓がウクライナ侵攻作戦に全く活かされなかった。先に「プーチン大統領は千載一遇のチャンスを逃した」と書いた理由だが、実はもう少し事情は複雑だ。軍の改革に乗り出した政治家が存在したのだ。
「プーチンの右腕と呼ばれたアナトーリー・セルジュコフ氏は2007年、国防相に任命されます。そしてロシア・ジョージア戦争を経験し、ロシア軍が時代から取り残されていることを痛感します。ただちに彼は改革に乗り出し、それは“新しい外観(New Look)”と呼ばれました。まずセルジュコフ国防相は思い切って兵力を削減します。問題の多い兵站は民営化し、従来のように国家総動員体制で大軍を編成するのではなく、小規模でも精鋭の軍をいつでも機動的に動かせるようにしたのです。ジョージア戦争で浮き彫りになった兵器や装備の老朽化にも着手しました」(同・軍事ジャーナリスト)
セルジュコフ国防相の失脚
ところが、である。ロシア軍を強くするための改革であったにもかかわらず、軍の幹部が猛反発したのだ。
「国防省傘下の企業に横領事件が発覚し、セルジュコフ国防相は監督責任を追及され、実質的に解任されました。欧米の専門家などは『横領事件そのものは、でっち上げではなく、実際に起きた可能性が高い。一方で“新しい外観”改革で既得権益を失った軍幹部が事件を利用し、セルジュコフ国防相を失脚させた』と分析しています。プーチン大統領も軍幹部を敵に回すわけにはいかず、自身の“右腕”の命だけは助けたものの、彼が失脚するのを止めることはできませんでした。ロシア・ジョージア戦争で浮かび上がった欠陥は、ウクライナ侵攻作戦で浮かび上がった欠陥と全く同じです。そのことをプーチン大統領は誰よりも知っているはずです。ところが彼はウクライナ侵攻を命じ、約50万人と推測される戦死者を出しました。これでは“史上最低の愚将”と批判されても仕方ないのではないでしょうか」(同・軍事ジャーナリスト)
デイリー新潮編集部

