20日投開票の参議院選挙で、外国人政策が争点の一部となっています。中には「外国人が優遇されていて日本人が損をしている」などと主張する政党もありますが、実態はどうなのでしょうか。また、そうした排外主義政策は、どのような結果を巻き起こすのでしょうか。早稲田大学文学学術院の田辺俊介教授の解説です。
外国人増加の背景は労働力不足 「不動産を外国人が買って高騰」に専門家が‟待った”
いま、日本では外国人の永住者が増え続けています。1990年代には10万人未満でしたが、2024年6月時点では、90万2000人まで増えました。増えている理由は、日本の少子高齢化と労働力不足から、外国人を受け入れて働いてもらうようになったためです。外国人が増えたことによって、騒音やゴミ出しトラブルなどがしばしば起きるようになりました。
田辺教授:ゴミ出しは国によって違いが大きい。日本はかなり細かいので、言葉の壁なども含めて、トラブルにつながりやすいです。騒音についても、声の大きさや家の作りがそもそも違うので、外国の方からするとホームパーティをしていたという程度のことが日本では大騒ぎに聞こえ、異文化間トラブルとして出やすいものかなと思います。
また、東京を中心としたマンションなど不動産価格の高騰の背景に、外国人が投資目的で購入していることがあるとの主張があります。そこで、外国人による不動産の購入に制限をかけるかどうかという議論も生まれています。
田辺教授:そもそも、外国人が多く買ったから不動産価格が上がったかどうかというのは確認した方が良いでしょう。円安や資源の高騰、東京への一極集中など様々な問題があるため、複合的な要因だと考えるべきです。そのうえで、世界の大都市に比べて日本はまだ不動産が安いので、海外から見ると割安感があり買われやすいという事情はあります。
投機目的の不動産購入は世界中で起きています。そうした購入は、日本人も含めて東京ではできないようにするというルールを政府が作ればよかったと思うのですが、まだできてないので、東京の不動産価格高騰を止められていないのだと思います。
参院選で「日本人ファースト」排外主義助長 規制派と共生派で分かれる政策
20日には参議院選挙が行われ、各党が外国人政策を訴え出しています。概要を一覧にまとめました。
自民、国民、維新、参政などは外国人の運転免許証取得や土地の購入において、一定の規制を設け厳しくするべきだという主張です。「日本人ファースト」を掲げる参政党は、6月の東京都議選で3議席を獲得しました。
立憲、社民、共産は、人種差別の言動を禁止する法律制定を提案することをはじめ、外国人との共生社会の実現に向けた主張を展開しています。
こうしたなか、石破総理は8日、外国人政策の司令塔組織を設置する方針を打ち出しました。林官房長官は、一部の外国人による犯罪や制度の不適切利用など、国民が不安や不公平感を有する状況もあると指摘しました。在留外国人の犯罪などに、政府一丸で対処する組織を来週設置するということです。
田辺教授:本来必要なのは、外国人の困りごとなどにきちんと手当できるような司令塔です。一部の政党が指摘するような外国人の犯罪は、割合として高いわけではありません。それなのに犯罪を焦点にするというのは、方向違いだと言わざるを得ません。外国人による犯罪は、それぞれ固有の事情で起きているので、その事情を解決に導けるような機関の方が犯罪の減少にも寄与できると考えます。
SNSに様々なうわさ 実態は?

SNSには、対立を煽るような文言をよく見かけます。例えば…
・外国人による犯罪が増えている
・国は外国人留学生に返済不要の1000万円を渡している
・外国人が日本の国民健康保険に加入して不正に医療を受けている
などですが、実際はどうなのでしょうか。
外国人の犯罪は本当に増えている? イメージが先行しているだけかも
年々、日本の外国人人口は増えていますが、日本国内での刑法犯の検挙人数は2000年代前半をピークに減少傾向です。近年の日本国籍者と外国籍者の犯罪率を比べてみても、どちらも全体の0.15%と差はありませんでした。

田辺教授:まず、日本はこの20年くらいで治安が良くなっているという前提があり、治安が悪化しているという認識がそもそも誤っています。
例えば事件のニュースで、外国人の犯罪の場合、人名の前に「中国籍」など国や地域の名前がつきます。東京都出身や大阪府出身とは言いません。外国籍であるということがクローズアップされることで、外国人が犯罪をしているイメージが強くなるのだと思います。
人間は「自分たちではなく外の人が悪いことをしている」と説明された方が納得しやすいので、世界的にも「外国人の犯罪が増えてる」との主張が多くみられます。移民は捕まると国外に追放されることがあるので、特に定住してる人は遵法意識が高いことが多いです。
外国人は犯罪と結びつけて語られやすい存在なだけで、実際の数値をみると、そのようなことはないことが分かります。
外国人留学生に「1000万円+毎月15万円」の噂 実態は日本の研究支える公的制度
「国は外国人留学生に返済不要の1000万円を渡し、さらに毎月15万円を渡している」という噂もSNSで広まりました。これも外国人全員を特別扱いするという性質のものではありませんでした。
「1000万円」というのは、博士課程後期の学生向けに文部科学省が用意している支援制度(SPRING)のことです。これは外国人留学生だけでなく日本人も対象で、約6割は日本人が支援を受けています。しかも、この1000万円には生活費と研究費が含まれているのですが、文科省は、生活費については今後、日本の学生のみを対象とするよう見直す方針です。
「毎月15万円」は、国費留学制度のことで、あくまで優秀な学生限定です。留学生33万人のうち、この国費留学制度の対象はわずか2.8%です。
田辺教授:日本が研究や技術立国に力を注ぐなら、優秀な学生に来てもらわないといけません。SPRINGについては、博士課程まで来る外国の優秀な方が日本に残ってくれれば、日本の技術立国の足元を固めることにつながると思います。
国費留学生も特に優秀な学生を対象とした制度で、自国に戻ればある程度の地位に就く人々です。そういう人が日本で学位を取って、日本語もできるようになって、ある種日本のファンになってくれるというのは、投資としてはものすごく効率が良いといえます。
実際、世界の多くの国々で同様の制度があります。なので、日本がそれをやめてしまうと日本に優秀な学生が来なくなる恐れがあり、日本の”仲間”を減らしてしまって将来にわたり禍根を残すことにつながりかねません。
健康保険制度に‟タダ乗り”の主張 実は損しているのは外国人の方かも
3つめの噂はこのようなものです。「外国人は日本滞在3カ月を超えると日本の国民健康保険の対象になる。病気とわかってから就労名目などで来日し、日本の医療を受ける不正が横行している」
しかし、実情は違います。国民健康保険の被保険者数に外国人が占める割合は、全体の4%(約97万人)です。そして、国の総医療費のうち、外国人の医療費は1.39%(1240億円)でした。つまり、被保険者の割合からすると、かかっている医療費は安く、外国人全体ではむしろ損をしているといえます。 ただ、外国人は納付率が63%と低いといえます。

田辺教授:日本に来る人というのは若くて働ける人が多いです。なので、保険料を納めるものの、それを使わないことが多く、むしろ今の日本の健康保険制度などを支えてくれる存在といえます。制度の支え手になっているというのが実態です。納付率が63%とやや低いのは、健康で若い人が多い分、病気にならないから平気だと考える人が多いためだといえるでしょう。
排外主義は日本人の自由・権利の縮小につながる 不満が外国人排除につながる構造に注意
おしまいに、田辺教授は、噂が排外主義に繋がれば、外国人だけでなく日本国民の自由や権利も失われることにつながると警鐘を鳴らします。
田辺教授:大学の高い学費や納付額の高い健康保険への不満が、外国人がタダ乗りしているなどという主張につながる流れがあります。ところが現実は、外国人が入ってくることで人口減少が抑えられ、その規模の経済をギリギリ維持できています。実態は逆なのです。
こうした外国人を無理に追い出してしまうと、今度は日本国民の中で保険や奨学金の条件が厳しくなるなどするでしょう。わざわざみんなで権利を押し下げていく方向になりかねません。
実際、極右政党が政権についたり独裁的な政権になったりしたところでは、人々の権利は外国人だけでなく、身近な人の権利も制限される方向に進みます。外国人も一緒に、当然の権利を守っていこうという方向にいかないと、全体に非常に危険な流れができてしまうことを指摘しておきたいと思います。
(『newsおかえり』2025年7月9日放送分より)