アメリカが先導する「ディストピア的世界」の予兆 ビジネス界も多様性に「ノー」と言い始めた

トランプ大統領 国際

アメリカが先導する「ディストピア的世界」の予兆 ビジネス界も多様性に「ノー」と言い始めた(東洋経済ONLINE 2025/03/13 14:00)

バイエ・マクニール : 作家

トランプ大統領の一般教書演説は、アメリカの政治的分裂だけでなく、より深遠な問題を内包していた。

アメリカ国内において、非白人のアメリカ人や女性を対等な存在と見なすことを認めないのであれば、非西洋諸国、特にアジアやアフリカの国々や女性指導者たちと、海外で対等なパートナーとして関わることなどできるのだろうか?

現在の危機は、アメリカを内部から弱体化させるだけでなく、世界のアメリカに対する見方を変えつつある。かつては民主主義と人権の擁護者とみなされていたが、今では多くの人が、平等を説きながらそれを積極的に損なう国だと見なし始めている。これが続けば、アメリカは影響力を失うだけでなく、尊敬も失うだろう。

何十年もの間、アメリカは人種やジェンダーの多様性を擁護してきた。アメリカにおける公民権運動は世界の先例となった。アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)は、世界中の雇用や教育に影響を与えた。多様性が強さにつながるという考え方は、単なる国内のスローガンではなく、アメリカのソフトパワーの一部であった。

社会上層部で多様性が後退

しかし今、その考え方は崩れつつある。各州はDEI(多様性・公平性・包括性)プログラムを禁止し、アファーマティブ・アクションは解体され、企業の多様性への取り組みは静かに後退している。

各業界で、黒人やマイノリティのリーダーが企業や政府のポストから排除されている。全米労働関係委員会からグウィン・ウィルコックス、統合参謀本部議長からチャールズ・Q・ブラウン・ジュニア将軍といったリーダーが解任されたことは、アメリカ社会の最上層レベルにおいてリーダーシップの多様性が後退していることを示している。

この影響は、教育にも及んでいる。制度的な人種差別やジェンダー不平等を論じる書籍は発禁になったり、異議を唱えられている。社会から疎外されたコミュニティーの闘争を軽視する、白塗りされた歴史が強化されているのだ。

予想外だった変化のひとつは、保守的な政治家だけでなく、シリコンバレーで最も影響力のある企業リーダーたちからもDEIが拒絶されていることだ。マーク・ザッカーバーグのような経営幹部は、企業のDEIへの取り組みに公然と疑問を呈し、規模を縮小している。

アメリカ企業は政治的な圧力だけでなく、経済的な変化も受けて、ダイバーシティに対するスタンスを見直しつつある。多くのエグゼクティブは、DEI採用が効率性を損ねたり、純粋に実力に基づかない採用につながったりする可能性があると主張している。

ビジネス界もDEIに対して「ノー」

かつては進歩的な立場をとっていたテック業界のリーダーたちも、今ではDEIに反対する保守派の主張に同調するようになっている。これは、アメリカの多様性離れが、文化的なものにとどまらず、経済的なものであることを示唆している。

マイクロソフト、アップル、コストコは、DEIプログラムの廃止を求める声を拒否しているが、マクドナルド、フォード・モーター、ジャック・ダニエルズ、モルソン・クアーズ、トラクター・サプライ、ディア・アンド・カンパニー、アマゾン、ウォルマートなどは、DEIの雇用慣行を縮小したり、ダイバーシティ・リーダーの役割を廃止したり、外部のダイバーシティ・ベンチマークから距離を置き始めた。

アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、個人として保有するワシントン・ポスト紙のオピニオン欄をリバタリアンの理想に沿ったものに一新し、長年の購読者からの反発を招いた。大手資産運用会社であるブラックストーン・グループのスティーブン・シュワルツマン最高経営責任者(CEO)は、トランプ支持を鮮明にし、アメリカ企業とDEI拒否派との連携を強めている。

ともすれば、アメリカのビジネスエリートは、核心的な価値としての多様性を放棄してしまったのだろうか? もしそうだとすれば、ビジネス界においても世界的にDEIの衰退を加速させることになりかねない。それは、アメリカの競争環境を一変させ、国際的な人材にとって魅力的な国ではなくなる可能性もある。

また、この流れは、アメリカの政治家、外交官、経営者が、世界各国との関わりの中で、誰を正当なパートナーと見なし、誰を見下すかといったことにも影響を及ぼすだろう。

西側諸国、特にヨーロッパの同盟国は、本能的に真剣で対等なパートナーと見なされる。一方、アジアやアフリカの国々は、経済的にも技術的にも発展しているにもかかわらず、しばしば「発展途上国」の枠にはめられるだろう。

ただ日本は、歴史的・戦略的な理由から、アメリカが特に緊密な同盟国として扱っていることもあり、アジアの近隣諸国の多くよりも外交的な重みを与えられるだろう。

偏見で他国を格付け

ラテンアメリカは、重要な経済パートナーとしてよりも、むしろ安全保障や移民問題について交渉する国と見られている。アフリカ諸国は急速な経済成長を遂げているにもかかわらず、技術革新やビジネスチャンスではなく、対外援助という観点で語られることが多い。

トランプ大統領が特定の発展途上国を「shithole countries(クソ溜め国家)」と呼んだのは、単なる人種差別的発言ではなく、アメリカの指導者がいまだにメリットや戦略的価値ではなく、時代遅れの人種的・経済的偏見に基づいて国々を格付けしているという明確なシグナルだった。

トランプ大統領のウクライナ大統領への威圧的な対応は、同盟国に対するアメリカのコミットメントが揺らいでいることを明らかにした。日本の多くの人々は、アメリカとの同盟が本当に安全なのか疑問を抱くようになった。

何十年もの間、日本はアメリカの安全保障の傘に頼り、その軍事同盟が危機に際して堅持されると信じてきた。しかし、トランプ大統領とその同盟国の不安定さは、別次元の不確実性をもたらしている。同盟に対してディールを持ちかけるようなアプローチが常態化すれば、日本もアメリカの外交政策の突然の変化に翻弄されるかもしれない。

この不確実性は、差し迫った問題を提起している。アメリカは第2次トランプ政権下でも約束を守り続けるのだろうか? 日本の戦略的価値が疑問視されれば、日本は見捨てられることになるのだろうか? それは、アジア太平洋地域の安定にどう影響するだろうか?

多様性の欠如が世界に広がっていく

人種、性別、階級を超えた真の平等を自国内で受け入れることができなければ、国境を越えて尊敬を集めることは難しいだろう。また、人種やジェンダーで区別する考え方を押し通すのであれば、もはや民主主義の旗手とは見なされないだろう。さらに悪いことに、より反動的な本能に従う国々が連鎖し、世界中で包括性と多様性が損なわれることになる。

アメリカは分裂と影響力の低下を運命づけられたような道を歩み続けている。手遅れになる前に目を覚ますには何が必要なのだろうか?

バイエ・マクニール Baye McNeil 作家
ブルックリン出身の作家・コラムニスト・講演者。2004年に来日し、「The Japan Times」 などで執筆しながら、異文化の交差点で生きる経験や、人種・アイデンティティ・多様性について鋭い視点で発信している。代表作 『Hi! My Name is Loco and I am a Racist』 に続き、最新作『Words by Baye, Art by Miki』 では、日本人の妻と築いた人生をユーモアと洞察に満ちた筆致で綴る。日本社会の枠にとらわれない視点が話題を呼び、講演やワークショップも多数開催。ジャズ、映画、ラーメンをこよなく愛する。

ウェブサイト:Baye McNeil/life in Japan