「小出し」批判の自衛隊派遣だけじゃない…ちぐはぐな災害対応続ける岸田政権に見えない「危機感」

倒壊した家屋を捜索する消防隊員ら=1月12日、石川県輪島市で 政治・経済

「小出し」批判の自衛隊派遣だけじゃない…ちぐはぐな災害対応続ける岸田政権に見えない「危機感」(東京新聞 2024年1月13日 12時00分)

能登半島地震発生から15日で2週間。岸田文雄首相が「総力を挙げる」とした政府の対応が問われている。家屋倒壊による生き埋め多発で「時間との闘い」となる中、自衛隊や消防は適切に派遣されたのか。司令塔である首相官邸の危機対応は十分だったのか。交通網寸断で陸の孤島となった半島での救助作戦も検証が求められている。(森本智之、曽田晋太郎)

「総力を挙げて」と首相は言うけれど

「総力を挙げて一人でも多くの方を救命、救助できるよう全力で取り組んでほしい」。生存率が急激に下がる「発生72時間」を目前にした4日午前、岸田文雄首相は非常災害対策本部の会議で閣僚らに指示した。

だが、その要を担うはずの自衛隊の派遣を巡っては批判が噴出している。時事通信によると、秋田県の佐竹敬久知事は9日、「対応が少し後手後手だ」と批判。2日目に1000人、3日目に2000人、5日目に5000人と派遣規模を段階的に増やしていることについて「最初から1万人規模の投入が必要だった」「東日本大震災を経験したものとして非常にはがゆい」と訴えた。

部隊を小出し、旧日本軍に例えられ

熊本地震(2016年)では3日目に1万4000人余を投入しており、この違いも批判に拍車をかけた。立憲民主党の泉健太代表は、ガダルカナル島の戦いで部隊を小出しにして敗退を続けた旧日本軍になぞらえ、「逐次投入になっており、遅い」と指摘した。

7日には、陸上自衛隊第1空挺団が千葉・習志野演習場で米英など計8カ国でヘリなどを使う「降下訓練始め」を行い、SNSなどで「こんな時に行わなくても」などと批判を受けた。航空自衛隊は埼玉・入間基地で20日に予定されていた航空祭を、災害派遣活動を理由に中止している。

こんな時に陸自幕僚副長ら靖国集団参拝も判明

陸自を巡っては、小林弘樹陸上幕僚副長(陸将)ら数十人が9日、靖国神社に集団参拝していたことも判明。宗教の礼拝所を部隊で参拝することを禁じた事務次官通達に違反している可能性があるとして、防衛省は調査を始めた。災害対応とは直接関係ないかもしれないが、「総力」を挙げている最中のはずだけにきまりが悪い。

「逐次投入」批判について政府側は、能登半島全体が被災して道路が寸断されるなど陸の孤島となった点を示し、「道路の復旧状況など見ながら受け入れ人数を増やしていった」(木原稔防衛相)と反論する。

東日本大震災では3日目で10万人体制

阪神大震災の対応に当たった陸上自衛隊の冨澤暉(ひかる)・元陸上幕僚長も「災害対応は隊員を送り込んで終わりではない。どこに宿泊するか、水や電源など補給は確保できるか、現地の状況が確認できなければ、二次災害の可能性もあり、大量動員はできない」と理解を示す。元陸自レンジャー隊員で災害出動の経験もある井筒高雄氏も「能登半島はもともと交通アクセスが限られている上、被災で余計にルートの確保が難しくなった。初日に1万人を突っ込むことはできないだろう」と述べる。

一方、防衛ジャーナリストの半田滋氏は「情報収集が先決なのは事実だが、今回は発生直後からヘリが現地に飛んでいた。なぜこんなに人員の増強がモタモタしているのか。後手に回っている」と指摘。岸田首相が現在も被災地に入っていない対応も疑問視。「東日本大震災の時は安全保障政策が弱点と言われていた民主党政権で、それもあってか2日目に5万人、3日目には10万人体制とした。熊本地震も安倍晋三首相のトップダウンが見えた。今回は岸田首相をはじめとする政治家の危機感が感じられない」

「5日の晩に届いたおにぎりの消費期限が5日だった」

「支援をいただいて本当に助かっているが、5日の晩に届いたおにぎりの消費期限が5日だった。これを次の日に被災者に届けるのはいかがなものかと思い非常に悩んだ。ぜひ、消費期限の少し長いものとか、できるだけ早い段階での物資の輸送をお願いしたい」

6日に開かれた石川県の災害対策本部員会議で、大森凡世・能登町長は、混乱する現地の様子をこう訴えた。

「司令塔として機能していない首相官邸」

被災地のニーズを把握し、「プッシュ型」で積極的に支援するとしている首相官邸。だが、政府関係者や被災地を取材する経済ジャーナリスト小倉健一氏は「岸田首相が政府内や地元との調整なく、現場を無視してトップダウンで対応を決めているため、混乱を来している。官邸の司令塔としての役割が機能していない」と指摘する。

小倉氏によると、出所不明の孤立者リストのチェックや、被災地のニーズを把握する「御用聞き部隊」編成などの指示もあったという。「首相は低迷する内閣支持率を何とか持ち直そうとするのに一生懸命。被災者のためではなく、自分や政権のために行動する姿が透ける」

当の岸田首相は「私自身が陣頭指揮を執る」として、地震発生後、連日政府の非常災害対策本部会議に出席。防災服姿で記者会見などにも臨んでいる。

5日には経済団体の新年会に参加

一方、5日には経済団体の新年会に参加。「震災対応に万全を期すため、政府総力を挙げて取り組んでいる」と述べつつ、賃上げや投資、株価の上昇に言及した。

地震対応の遅れも指摘される中だったが、官邸内の雰囲気はどうだったのか。ある自民党関係者は「当初から官邸はピリピリしている。首相はやれることは全力でやるという姿勢だ」と解説。ある官邸関係者も「緊張感を持って、淡々といろんな対応を考えている」と説明する。

半島という特殊な地域、危機管理甘く

だが、政治ジャーナリストの泉宏氏は「半島という特殊な地域での危機管理の認識が甘く、やるべきことが遅きに失している。官邸の危機管理体制が穴だらけであることを国民に印象付けてしまった」と指摘。「政府は危機管理体制を検証し、可及的速やかに『半島有事』の対応策を示すべきだ」と語る。

今回は、消防も発災直後から被災地での救助、救急活動を実施。総務省消防庁の災害対策本部の発表(消防のみの集計)では、12日発表の最新の救助人数は計359人、搬送人数は計1818人。

能登半島での地震「最悪の想定されていなかった」

そもそも「陸の孤島」である能登半島での備えは十分だったのか。神戸大の室崎益輝名誉教授(防災計画)は「能登半島で三つの断層が同時に動く地震が起こる最悪の想定が認識されていなかった」と指摘する。

半島や山岳部で救助隊がすぐ到着できない地域は他にもある。「本来は発生直後から大量の人員を派遣しないといけないが、直後には深刻な被害状況がつかめず、初動が遅れたことは問題だ。避難所での資材の備蓄なども想定が十分ではなく、阪神大震災や東日本大震災などの教訓が学ばれていなかった」として、こう戒める。

「国も地方自治体も油断があったのかもしれないが、陸の孤島で大災害が起きた際の対応が今後問われる」

◆ デスクメモ

阪神大震災直後、市役所の隅で毛布をかぶり、ぼうぜんとしていた消防隊員が忘れられない。現在は消防も警察も自衛隊も応援態勢が整い、救助機材も充実。だが、今回は交通の途絶に年始や降雪の悪条件も加わっている。現場の人々を支える上層部の判断がこれまで以上に問われる。(本)