ガザの人道危機…イスラエル空爆で悪化 「アラブの盟主」エジプトの役割は?ラファ検問所って?<Q&A>

ガザ地区はハマスが管理、実効支配をしている地域 国際

ガザの人道危機…イスラエル空爆で悪化 「アラブの盟主」エジプトの役割は?ラファ検問所って?<Q&A>(東京新聞 2023年10月29日 06時00分)

イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区で、イスラエル軍による空爆が激しさを増し、人道状況は悪化の一途をたどっています。

水や食料などの救援物資が枯渇しているのは、エジプトが管理する唯一の援助ルートであるラファの検問所のチェックが厳しいからです。なぜ物資の搬入がままならないのか。かつて「アラブの盟主」と言われた大国エジプトは今回の紛争でどういう役割を果たしているのか。エジプト政治に詳しい中央大文学部の鈴木恵美教授に解説してもらいました。(聞き手・山中正義、岩田仲弘)

Q 今月7日にハマスによるイスラエルに対する大規模攻撃以来、ラファの検問所が閉ざされ、21日から物資の搬送がようやく始まりました。なぜ検問所は開かなかったのでしょうか。

A もともとラファの検問所は、ハマスがガザ地区で実権を掌握してからは基本的に閉ざされていました。

Q なぜでしょうか。

A ハマスはもともと、エジプトの歴代政権が敵対してきたイスラム組織「ムスリム同胞団」のガザ支部だったという経緯があります。検問所を開けておくと、ガザからムスリム同胞団の協力者や、ガザ地区に潜伏している過激派組織「イスラム国(IS)」とつながりがあるとされる武装勢力などが入ってくる恐れがあるからです。

このため、カイロで病気を治療する場合や大学に留学する場合など、出入りは厳しく制限され、物資の搬入も厳選されたものに限られていました。

Q エジプトは今回のハマスによる攻撃で、一層神経質になったわけですね。

A そうです。エジプトの理屈としては、まずガザ地区からどさくさに紛れて武装勢力が入ってくることを懸念したのでしょう。

イスラエルもそれを見越して、武装勢力をエジプト側に逃さないよう、ガザを封じ込める意味でその付近を爆撃しました。ラファは、エジプトとガザにまたがっており、その間に緩衝地帯のような場所があります。そこをイスラエルが爆撃して、トラックが通れないようにしました。相当ひどく爆撃されたので、人が通るのも難しかったようです。

その意味で、物理的にも通れないし、エジプト側としても、民衆は助けたくても武装勢力が入ってきたら困ります。そもそも検問所を開けるにはイスラエルと調整しなければならないので、時間がかかったのでしょう。

Q ラファとはどんなところなのでしょうか。

A もともとはごく普通の町でした。4回にわたる中東戦争の後、1979年のエジプト・イスラエル平和条約によってラファの分断が決定的となってからも、検問所をはさんで親戚同士がガザとお互い普通に行き来し、私も行き来したことがあります。

しかし、イスラエルがパレスチナ自治政府によるヨルダン川西岸とガザ地区の自治を認めた1993年のオスロ合意以降、ハマスをはじめ、エジプトにとっては付き合いにくい勢力がガザで力を持つようになり、行き来が難しくなりました。2007年にハマスがガザを制圧してからは一層難しくなりました。

Q エジプトはテロリストだけでなく難民の流入も恐れていたのでしょうか。

A 自らのコントロールが効かない状態での難民流入を非常に恐れていると思います。そもそもラファは、ハマスなどの武装勢力が地下トンネルをたくさん作って出入りしているので、ハマスがガザを掌握して以来、エジプト政府は住民がこれらの勢力と結託しないよう、検問所のまわりにもともとあった家を全部撤去し、付近に暮らしていた人たちを郊外に移しました。

ガザにあれだけの武器弾薬があるのは地下トンネルがあるからです。必ずしもラファとは限らないと思いますけど、ガザ地区とエジプトが接している境界線の地下に無数に張り巡らされた密輸トンネルを通って運ばれるわけです。

衛星写真を見れば分かりますが、付近は人家がありません。そういう特殊な土地に難民をすぐに収容することは難しいでしょう。

Q かつては「アラブの盟主」といわれたエジプトの仲介役としての存在感が今ひとつと感じます。どう見ていますか。

A エジプトはイスラエルとハマスの仲裁を従来得意としてきました。お金はなくても仲裁でアラブの盟主としてのプレゼンスを維持している、とよく言われます。

エジプトは確かに、ガザの武装勢力とチャンネルをしっかり持っていましたが、今回のハマスの攻撃を見ていると、彼らに圧力をかけるほどの影響力がなくなってきていると感じます。

同時に「アラブの春」(2011年初頭からチュニジア、エジプト、リビアなど中東・北アフリカ地域各国で本格化した一連の民主化運動)以降、ガザが国際社会から忘れ去られていく中で、ハマスはイランやカタールとの距離も縮めてきたと感じます。カタールやイランから財政的な支援を受ける中で、エジプトの影響力が下がってきたのではないかと思います。

Q エジプトはそうした中、ガザ情勢の緊張緩和を目指して「カイロ平和サミット」を主催しましたが、仲介の意思を感じますか。

A 意思はあると思います。ただ、ガザに対する本当の意味での交渉力、圧力をかけることができないため、華々しく会議を催しているとも見えなくもありません。やるべきことはもう少しあるのではないかと思います。

Q 具体的には?

A なんと言っても人質解放と人道物資の搬入でしょう。エジプトでは武装組織との交渉はすべて軍の諜報部がやります。表だった動きは見えにくく、やっているかもしれませんが、ハマスの報道官が人質解放で、カタール政府への気遣いを示していることを見ると、やはりカタールが大きな影響力を持っていると感じます。

Q エジプトは今後存在感を示すことができると思いますか。

A エジプトは今、アメリカと良好な関係を保ち、イスラエルともきちんと話ができます。今、イスラエル内には強硬的な意見が根強いですが、少し自制するよう説得できる強みはあると思います。

存在感を示すべき大きな理由に12月の大統領選が挙げられます。今、エジプトはデフォルト(債務不履行)してしまうのではないかと言われるぐらいかつてなく経済状況が悪化し、国民の不満は高まるばかりです。そうした中で今回の事件が起きたので、シシ大統領は支持率を上げるためにガザへの物資搬入にも最大限尽力すると思います。

鈴木恵美(すずき・えみ)
1996年3月、東京外語大学外語学部アラビア語学科卒業、2003年3月、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。中東調査会研究員、在シリア日本大使館一等書記官などを経て22年から現職。単著に『エジプト革命』、共著に『移行期にある国際秩序と中東・アフリカ』など。