<社説>ノーベル生理学・医学賞 コロナ克服への道開いた…新潟日報、毎日新聞、東京新聞

ノーベル生理学・医学賞に決まり、米ペンシルベニア大で記者会見するカタリン・カリコ氏(左)とドリュー・ワイスマン氏=2日、フィラデルフィア 科学・技術

<社説>生理学・医学賞 感染から命守った研究だ…新潟日報

生理学・医学賞 感染から命守った研究だ(新潟日報 2023/10/4 6:00)

世界が未知のウイルスの脅威にさらされる中、2人による基礎的な研究が多くの人命を救うことにつながった。人類に対する大きな貢献を称賛したい。

今年のノーベル生理学・医学賞が、米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授に贈られる。

両氏の研究は「メッセンジャーRNA(mRNA)」と呼ばれる遺伝物質を使った新型コロナウイルスワクチン開発に道を開いた。

ワクチン開発は時間がかかり、通常なら10年は必要とされる。カリコ氏らの基礎的な技術開発の蓄積が、感染流行から約1年という短期間での実用化に結びついたことが評価された。

今後、別の感染症による世界的流行(パンデミック)が起きても、この画期的な技術で備えることができると期待したい。

mRNAを利用したワクチンは1990年ごろから開発が進んだが、体内で分解されやすく、炎症などの強い免疫反応を引き起こす懸念があった。

カリコ氏らは2005年、体内に入れても免疫反応を起こさないようにするmRNAの操作法を発見、論文に発表した。

この技術を基に、ドイツのバイオ企業ビオンテックが20年、米製薬大手ファイザーと新型ウイルスワクチンを共同開発した。

米モデルナ社も続き、有効性が確認された後、各国に普及した。現在は複数の派生型に対応したワクチンが実用化している。

英大学チームは、ワクチン接種によって20年12月~21年12月に世界で約2千万人の死亡を防ぐことができたと推計している。目に見える功績だといえる。

迅速に開発できた背景には、米国などが強力に開発を後押ししたことがある。米政府機関は21年までに、治療薬やワクチン開発に160億ドル、現在のレートで2兆円以上もの巨費を充てた。

一方、日本の出遅れ感は否めず、国産ワクチンが初承認された今年8月には既に国民の大半が欧米のワクチンを打っていた。

海外では、ワクチン開発は安全保障の観点から重視される。日本でも基礎的研究や人材育成に対する国の積極的な支援を求めたい。

ワクチン開発には日本人研究者も重要な役割を果たした。新潟薬科大客員教授で昨年死去した古市泰宏氏は1970年代、mRNAを細胞内で安定させる「キャップ」という構造を発見した。

カリコ氏は研究が理解されず、大学で降格を言い渡されても基礎的研究を積み重ねた。2005年の論文レビューを担当した日本の大学教授は「継続は力なりという言葉の典型例だ」とたたえる。

人類が存亡の危機を乗り越え、発展してきた過程には、多くの科学者の地道な努力があることを心に深く刻みたい。

<社説>ノーベル生理学・医学賞 コロナ克服への道開いた…毎日新聞

ノーベル生理学・医学賞 コロナ克服への道開いた(毎日新聞 2023/10/3)

新型コロナウイルス感染症のワクチン開発の立役者が、ノーベル生理学・医学賞に選ばれた。ハンガリー出身のカタリン・カリコさんと、米国出身のドリュー・ワイスマンさんの2人の研究者だ。

通常は10年前後かかるとされるワクチン開発を、遺伝情報を伝えるメッセンジャー(m)RNAの技術を使って、流行開始から約1年で成功させた。

この手法は、他の感染症のワクチン開発や、がんなどの病気の創薬にも応用できることが高く評価された。

従来のワクチンは、ウイルスそのものの毒性を弱めたり、働きを抑えたりして投与する仕組みだった。mRNAワクチンは、全く異なる。ウイルスの設計図を組み込んだmRNAを使い、細胞の中でウイルスの一部を作らせる。体内の免疫がそれを「敵」と認識し、抗体を作り出す。

これまでは重い炎症が起きることが課題となり、実用化された医薬品はなかった。2人の技術によって安全性が高まり、製品化が実現した。

先進国を中心に多くの人々に接種され、発症を防いだり重症化を抑えたりする効果が確認された。3年に及んだ世界保健機関(WHO)の緊急事態宣言は、今年5月に終了した。

ただし、カリコさんの研究活動は、順風満帆とはいえなかった。母国でも米国でも研究費の確保に苦労した。技術の将来性を見いだしたのが、ドイツのベンチャー、ビオンテック社だ。2013年にカリコさんを迎え入れ、研究を加速させた。その蓄積が、コロナ禍で花開くことになった。

基礎研究は実用化まで、時間がかかる。短期間での成果を求めがちな日本も教訓としたい。

コロナ禍は、グローバル社会となった現代における感染症の脅威を見せつけた。一方、途上国にワクチンが行き渡らないという課題も残した。

カリコさんは「いつか貢献できると思い、あきらめなかった」と語る。その思いを支えたのが、利益のためではなく「命を救う」という使命感だった。

科学技術で得られた画期的な知見を共有する国際連携の重要性も忘れてはならない。

<社説>生理学・医学賞 命救う研究たたえたい…東京新聞

<社説>生理学・医学賞 命救う研究たたえたい(東京新聞 2023年10月3日 07時03分)

今年のノーベル生理学・医学賞がカタリン・カリコ、ドリュー・ワイスマン両博士に贈られることが決まった。新型コロナウイルスに対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン開発の決め手となる技術を発見。mRNAを中心とするワクチンは異例の速さで開発され、世界中で多くの人を感染や重症化から救った。

英国の研究グループはワクチン接種開始から1年間で命を失わずに済んだ人が世界で約2千万人に上ると推計している。各国で問題となった医療逼迫(ひっぱく)も、ワクチンがなければさらにひどい状況に陥っていたに違いない。

19世紀の末、スウェーデンの富豪アルフレド・ノーベルはノーベル賞を設けるよう遺言を残し、「前年、人類のために最も貢献をした人に与える」との条件をつけた。その遺志にこれほど合った業績はほかにあるだろうか。

ワクチンの長期的な人体への影響は、これから慎重に検討されなくてはならない。また、ワクチンが経済的に豊かな国々に偏在するという問題もあった。

だが、危険な感染症に襲われたとき、私たちに対抗する強力な手段を与えてくれたことを、まずはたたえてもいいのではないか。

さらに、2人の研究は新型コロナワクチンにとどまらず、RNAを体内に取り入れて病気の予防や治療に使うという新しい医学の分野をも開いた。発展すれば、さらに多くの命が救われるだろう。

RNAの性質を追い続けたカリコ氏の研究が注目されたのはここ10年ほど。それ以前はほとんど関心を集めなかったという。

カリコ氏自身が「予想もしなかった」と語るように、研究成果がワクチンに利用され、これほど大きな成果につながるとは当初、誰も想像できなかった。

日本の科学政策は近年、基礎研究を育てる基盤的な経費を削り、短期的な成果の見込める研究分野に重点を置く方向へとかじを切ってきた。その名目は、科学技術を通して社会を変える「イノベーション」を起こすことだという。

カリコ氏らの起こした大きな変革は基礎研究の重要さとともに、どんな研究が将来大きく実を結ぶのか予測することが非常に難しいことをあらためて教えてくれた。イノベーションを起こすには何が大切なのか、今回の授賞を、もう一度考え直す機会としたい。