あぶり出された、政権によるメディア抑圧の裏側 恫喝されて萎縮したテレビ。自ら進んですり寄った新聞も

衆院予算委で放送法関連の質問に対し、高市早苗総務相(中央)に答弁させる安倍晋三首相(右)=2016年2月15日、肩書はいずれも当時 政治・経済

あぶり出された、政権によるメディア抑圧の裏側 恫喝されて萎縮したテレビ。自ら進んですり寄った新聞も(論座 2023年03月23日)

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

安倍晋三元首相の突然の死から8カ月。その直後から自民党と統一教会の深い関係が明らかになり、東京五輪をめぐっては贈収賄や談合が摘発された。そして今、政権によるメディア抑圧の裏側が暴露されている。

放送法の新解釈で情勢は一変した

もし安倍氏が健在だったら、どれも国民の目にさらされる可能性は低かっただろう。8年間の長期政権が覆い隠していた「政治の闇」。そのフタが取れて光が差したかのようだ。ここでは政権の恫喝で萎縮したテレビと、自ら政権にすり寄った読売新聞の記事について考えてみたい。

放送法は、NHKや民間放送に対して、政治的に公平であることを求めている。従来は「放送事業者の番組全体をみて判断する」という解釈だったが、2015年5月、高市総務相が国会で「一つの番組のみでも判断することがある」という新解釈を述べ、情勢が一変した。

高市氏は翌16年には「停波(電波停止)」にも触れた。目障りな番組は根絶するという意図がうかがえ、テレビ局を恫喝する効果は大きかった。

露骨になったテレビ局の忖度

このあたりからNHKや民放局で安倍政権に直言するキャスターやコメンテーターが次々降板。政権寄りの人々に入れ替わっていった。

NHKの「クローズアップ現代」では、23年間キャスターを務めた国谷裕子氏の降板が発表された(2015年12月)。出演した菅官房長官が国谷氏から集団的自衛権について繰り返し質問されて激怒したことがあった。

官邸・自民党が一体化した番組監視という巨大な政治圧力を感じ、テレビ局は重苦しい空気の中で政権にすり寄らざるを得なかったのだ。

発端は首相補佐官の越権行為

今回明るみに出た総務省文書によると、高市発言の直接の発端は、礒崎陽輔首相補佐官(旧自治省、議員出身)が解釈の変更を総務省に強く迫ったことだったようだ。

山田真貴子首相秘書官(旧郵政省、総務省出身)は「法制局には相談したのか」「言論弾圧になる」と反論したが、安倍首相自身が新解釈に前向きだった。

礒崎首相補佐官の担当は安全保障と選挙制度で、本来、省庁を指揮命令する権限は何も持っていない。その人物の上目遣いの越権行為が高市発言につながり、TV局の萎縮を生んだことを総務省文書は示す。

なぜ越権行為がまかり通ったのか。背景には官邸が2014年に内閣人事局を新設し、主要な官僚人事を支配下に置いたという事情がある。この「安倍一強」が省庁を黙らせ、法律の解釈変更という、本来国会で議論するべきことが密室で行われる一因になった。

礒崎氏や安倍氏にとって、テレビ局が政権に抗うこともなく「右へならえ」をする様子はさぞ愉快だったことだろう。

前文科省次官のバー通いが新聞に

それから2年、テレビの萎縮が広がる中、こんどは新聞メディアで衝撃的な事件が起きた。2017年5月22日、読売新聞にこんな記事(下の写真右側)が載った。ご記憶の方も多いだろう。

読売新聞が2017年5月22日付朝刊で報じた出会い系バー通いの記事(右)と、6月3日付の社会部長名の記事

「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」という見出しで、「文科省前次官の前川喜平氏が新宿区歌舞伎町の出会い系バーに頻繁に出入りしていたことが、関係者への取材で分かった」という記事である。

女性との遊びが目的と読者に思わせる書きぶりだが、出入り以外の事実は書かれていない。前川氏によれば貧困の現場を知るための一つの社会勉強であるという。どこで酒を飲もうが自由なこの国で、すでに次官を辞めている人物の私生活がなぜ大きな記事になるのか。

背景には「総理のご意向」をめぐる報道

当時、安倍首相の「腹心の友」加計孝太郎氏が理事長を務める加計学園が、獣医学部新設を希望していた。文科省は反対の立場であり、実現は困難と思われていたが、突然、官邸主導の国家戦略特区で新設可能になった。

その方針変更の背景に「総理のご意向があった」と記した文科省の内部文書が朝日新聞などで報道された。菅官房長官は「怪文書」と決めつけたが、前川氏は「本物だ」と認めた。官邸にとって前川氏は「危険な人物」だったのだ。

闇の深さに「背筋が凍る」と雑誌編集者

そこにこの記事が出た。前川氏は「読売と官邸が連動している」と指摘した。前川氏は次官在任中に杉田和博官房副長官(警察庁出身)から「出会い系バー」の件で注意を受けたことがあるが、読売の記事はそれとほぼ同じ内容だったという。

官邸は、前川氏の信用を失墜させようと、おそらくは尾行して密かに集めたデータを読売に渡し、読売は依頼に応える記事を書いたと考えるのが自然だろう。つまり前川氏を社会的に葬るために、読売は政権から期待された役目を忠実に果たしたのだ。

ある雑誌編集者は「背筋がぞっと凍る思い」と新聞にコメントした。多くの批判が寄せられた読売は6月3日、「次官時代の不適切な行動 報道すべき公共の関心事」という社会部長の署名記事を載せ、報道の正当性を主張した(上の写真左側)。

愚弄され統制されたジャーナリズム

読売と安倍氏の関係は近い。安倍氏はかつて憲法改正論議の中身を質問されたとき、「それは読売の記事を読んで」と笑いながら答えていた。

新聞が持論を展開するのは自然なことだ。しかし、政権に近づくあまり、紙面を使って邪魔者潰しの先兵までやってはいけない。ジャーナリズムが政権によって愚弄されていることに、気が付かないのだろうか。

読売社会部出身のTVコメンテーター大谷昭宏氏が「こんな記事は新聞の自殺行為。私の出身母体だが、恥ずかしい」と夕方のニュース番組で語り、脱力したようにうなだれた姿を思い出す。

ともあれ、こうして「目障りなテレビ番組は脅し、政権に近い新聞は便利に使う」という、安倍政権のメディア統制が完遂したのである。

「批判があってこそ社会は健全」

政権とメディアの関係について考えてきたが、大切なのは「批判があってこそ社会は健全になる」という民主主義の理念である。安倍政権の8年を振り返ると、この理念が政権側にもメディア側にも欠けていた。

筆者がかつて当欄に書いた米大統領選挙に関する記事「菅首相に聞かせたいバイデンの言葉」(2020年11月09日付)から、バイデン氏の選挙演説を改めて紹介したい。

「アメリカは民主主義の社会ですから、国民の間に意見の対立や批判があってもいい。それが当たり前であり、むしろ健全なのです。しっかり議論し意見を闘わせることで民主主義は機能し、正義が生きてきます。民主主義を止めようとする力を私は許しません。私に賛成する人も反対する人も等しく扱う。それが私の責任なのです」

約10分間の短い演説だったが、対立する人々も異論を持つ人々もすべて包摂して民主主義を守ろうとする決意を感じさせた。

日本の為政者もぜひこうあってほしいと思う。それは無理かもしれないが、少なくとも批判するメディアや人々を恫喝で黙らせるような政権だけはお断りだ。メディア側も自戒しなければいけない。

木代泰之(きしろ・やすゆき) 経済・科学ジャーナリスト
東京大学工学部航空学科卒。NECで技術者として勤務の後、朝日新聞社に入社。主に経済記者として財務省、経済産業省、電力・石油、証券業界などを取材。現在は多様な業種の企業人や研究者らと組織する「イノベーション実践研究会」座長として、技術革新、経営刷新、政策展開について研究提言活動を続けている。著書に「自民党税制調査会」、「500兆円の奢り」(共著)など。