非正規雇用が増えすぎた結果…「中間層が崩壊すれば、日本は沈没する」一流経営者の予言

今後、中間層が薄くなる現象はさらに進む可能性がある 政治・経済

非正規雇用が増えすぎた結果…「中間層が崩壊すれば、日本は沈没する」一流経営者の予言(現代ビジネス 2022.11.24)

小林 美希 ジャーナリスト

平均年収443万円では、普通の生活はできない国になってしまった。

いま話題の新刊『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』では、物価が上がる一方で給料は安いままの国の生活の実態を明らかにしている。

では、そもそも、なぜ日本はこの30年で大きく衰退・停滞してしまったのか。

「就職氷河期」に入って30年

私は株式新聞で働いて1年後に転職。経済誌の週刊「エコノミスト」で契約社員として働いた。

ITバブルは2001年にあっけなく崩壊した。それでも企業利益がV字回復して、1991年のバブル崩壊から始まった「失われた10年」が終わりを告げるかに見えていた。

しかし私は、この利益の回復というのは、中高年のリストラや新卒採用の絞り込み、正社員を非正社員に置き換える人件費削減によるものに過ぎないのではないかと考えた。そして、これでは経済を支える労働者が弱体化する。きっとマクロ経済にも大きく影響するはずだと睨んだ。2003年に若者のフリーター問題、つまり非正規雇用の問題について企画を提案したが、企画は通らなかった。

本書『年収443万円』が発刊されるちょうど30年前、リクルートが1992年に就職雑誌「就職ジャーナル」11月号で「就職氷河期」という造語を掲載した。

だが、同じくリクルートのアルバイト情報誌「フロム・エー」に1987年に掲載されて有名になった「フリーター」の言葉の響きが、1980年代に流行語となった、自由を謳歌する「フリーアルバイター」のイメージを植え付けていたため、世間は「フリーター?若者は甘いんだ」「選ばなければ仕事はある」と受け止めていた。そして、自己責任論が台頭し始めていた。

「中間層が崩壊すれば、日本は沈没する」丹羽宇一郎さんの言葉

私が若者のフリーター問題の企画を提起しても、社会の冷たい風潮もあって企画は通らず、大手商社のトップである丹羽さんに相談したいと連絡をし、アポイントをとりつけたのだった。

私が若者に広がる非正規雇用の問題について話すと、丹羽さんは、私にこうアドバイスしてくれた。

若者の非正規雇用化は中間層を崩壊させ、やがて消費や経済に影を落としていく。このまま中間層が崩壊すれば、日本は沈没する。

その企画、同じことを3度、上司に言ってごらんなさい。3度も言われれば根負けして、上司は必ず折れるから」

そして3人のデスクに3度ずつ企画を提案して粘ると、ついに企画が通った。

2004年5月、週刊「エコノミスト」誌の第2特集で「お父さんお母さんは知っているか 息子と娘の“悲惨”な雇用」を組むことが実現した。非正規雇用に関するデータを探し、マクロ経済への影響など存在しなかったデータはシンクタンクのエコノミストに試算してもらった。

この特集について、当時の慶応大学の金子勝教授や東京大学の児玉龍彦教授がそれぞれ大手新聞の論壇コーナーで取り上げてくれたことで、続編が決定。第1特集となって「娘、息子の悲惨な職場」がシリーズ化した。以降の取材でも、丹羽さんはご意見番として、大きな影響を与えてくれた。

2005年1月4日号の週刊「エコノミスト」では、ワイドインタビュー「問答有用」のコーナーで丹羽さん(伊藤忠商事会長・当時)に中間層の崩壊について語ってもらった。この時点で、若者の労働問題について本気で危機感を持つ経営者は、私の知る限りでは、丹羽さんの他にはいなかった。

17年前のインタビューで丹羽さんは、こう語った。

富(所得)の2極分化で中間層が崩壊する。中間層が強いことで成り立ってきた日本の技術力の良さを失わせ、日本経済に非常に大きな影響を与えることになる。中間層の没落により、モノ作りの力がなくなる。同じ労働者のなかで「私は正社員、あなたはフリーター」という序列ができ、貧富の差が拡大しては、社会的な亀裂が生まれてしまう。

戦後の日本は差別をなくし、平等な社会を築き、強い経済を作り上げたのに、今はその強さを失っている。雇用や所得の2極分化が教育の崩壊をもたらし、若い人が将来の希望を失う。そして少子化も加速する。10〜15年たつと崩壊し始めた社会構造が明確に姿を現す。その時になって気づいても「too late」だ。

企業はコスト競争力を高め、人件費や社会保障負担を削減するためにフリーターや派遣社員を増やしているが、長い目でみると日本の企業社会を歪なものにしてしまう。非正社員の増加は、消費を弱め、産業を弱めていく。

若者が明日どうやってご飯を食べるかという状況にあっては、天下国家は語れない。人のため、社会のため、国のために仕事をしようという人が減っていく。

それが今、現実のものとなっている。私たちが抱える漠然とした不安の正体は何なのか。私たちが思考停止してしまった原因はどこにあるのか。この30年に起こったことを、私たちは振り返らなければならない。

小林美希 MIKI KOBAYASHI ジャーナリスト

1975年茨城県生まれ。水戸第一高校、神戸大学法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年よりフリーのジャーナリスト。若者の雇用、結婚、出産・育児と就業継続などの問題を中心に活躍。2013年、「「子供を産ませない社会」の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。著書に『ルポ 正社員になりたい』(影書房、2007年、日本労働ペンクラブ賞受賞)、『ルポ 保育崩壊』『ルポ 看護の質』(岩波書店)、『ルポ 産ませない社会』(河出書房新社)、『ルポ 母子家庭』(筑摩書房)、『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新聞出版)など多数。