G7広島サミットに「心を打つ感情が湧いてこなかった」 作家・下重暁子が感じた理由

下重暁子・作家 社会

G7広島サミットに「心を打つ感情が湧いてこなかった」 作家・下重暁子が感じた理由(AERAdot. 2023/06/02 07:00)

ときめきは前ぶれもなく
下重暁子

人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、「G7広島サミット」について。

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その夜、私は翌日の岩国(山口県)での講演会のために、錦帯橋を眼下に眺める宿に泊まっていた。

ライトアップされた橋が暗い水面に揺れていたが、私は室内のテレビに釘付けだった。

当時のオバマ大統領が来日し、米軍岩国基地からヘリコプターに乗り換えてヒロシマに向けて飛び立ち、被爆者の森重昭さんらに対面する。オバマ大統領が森さんの肩を抱き、心を込めて言葉をかける様子がリアルタイムで映っていた。私は森さんの思いと、大統領の気持ちに心を馳せ、思わず涙ぐんだ。二人の心が通じ合った一瞬だった。岩国という近い場所にいたから余計だったかもしれないが、人と人との気持ちが感じ取れた。

それに比べて今回のG7サミットは、原爆資料館訪問や献花は人数も多く、各国首脳がそろい、ウクライナのゼレンスキー大統領本人が来日したりで成果は大きかったが、心を打つ感情が湧いてこなかった。

なぜだろう。ヒロシマサミットに賭ける岸田首相の並々ならぬ熱意は伝わってきたが、オバマ大統領と被爆者という二人の生身の人間どうしの抱擁の方が心に残り、改めて人と人との理解は、国と国との理解よりも強いことを感じさせた。

そこから見えてくるものは、大切なのは儀式ではなく、心の奥から湧いてくる人間どうしの共感こそ世の中を変えるのだという事実である。

オンラインではなく、人と人とが顔を合わせ、気持ちを確かめ合うことこそ大切で、ゼレンスキー大統領の電撃訪問のインパクトがいかに大きかったかがわかる。

同時に原爆ドームや資料館など現場に行くことの大切さ……本館にあった被爆者の遺品などを東館に運ぶことで時間を短縮したことが果たしてどうだったか。私のヒロシマの友人は、新しくなった今の展示よりもナマナマしさの残る、最初の展示の方が現実をより伝えていたというが、同感だ。

スペインのゲルニカという町はピカソの絵で有名だが、ドイツ軍が一九三七年に一般人を含む無差別爆撃をした現場を一部そのまま残している。スペインの旅の途中、ゲルニカの平和資料館に寄り、私たちが歩くガラス張りの床のすぐ下に、当時のがれきがそのままで残されていたことが忘れがたい。

館長はヒロシマの資料館を見てきた直後だという。私は、当時のゲルニカを再現した展示に感動したことを告げた。

年を経るほどに変化することは仕方ないこととして、出来るだけ当時に近い状態で戦跡を残すことが、戦争を美化せぬために大切なのだと思う。

今週で週刊朝日が最終回になるが、その時々の私の正直な想いを少しでも伝えられたかどうか。いくらチャットGPTの時代になろうとも、人の想いはAIと共有することは出来ない。私は私の感覚を言葉にしたい。

「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」中国の于武陵(うぶりょう)の詩を井伏鱒二が訳した言葉を最後に贈りたい。

※週刊朝日  2023年6月9日号

下重暁子(しもじゅう・あきこ) 作家
早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中