衆参補選で全敗。自民党を“救った”立憲民主党の「戦略的だらしなさ」

高野 孟・ジャーナリスト 政治・経済

衆参補選で全敗。自民党を“救った”立憲民主党の「戦略的だらしなさ」(MAG2NEWS 2023.04.26)

by 高野孟『高野孟のTHE JOURNAL』

4月23日に投開票が行われた衆参両院の5つの補欠選挙で、「4勝1敗」の結果を出した自民党。しかしながら翌日記者団の前に現れた岸田首相は「叱咤激励をいただいた」などと語り、硬い表情を崩すことはありませんでした。その理由を考察しているのは、ジャーナリストの高野孟さん。高野さんは自身のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』で今回、岸田首相が「呵々大笑」とはいかなかった原因を「いずれの勝ちも中身がよくなかった」として、5つの補選全てについて詳しく解説するとともに、今回の選挙で露呈した立憲民主党の戦略的だらしなさに、批判的な目を向けています。

※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年4月24日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

露呈した立憲民主の戦略的だらしなさ。衆参補選で自民に「4勝1敗」許す体たらく

4月23日投開票の衆参5補選について、岸田文雄首相が早くから示していた目標ラインは「3勝2敗」で、それに照らせば「4勝1敗」の結果は上出来のはずだが、彼の表情は呵呵大笑からはほど遠いものだった。理由はハッキリしていて、1つの負けはもちろん4つの勝ちも自民党にとって「中身がよくない」ことにある。

ここでギアを入れ替えて支持率を上向きに保ちつつ、5月19日から3日間、地元=広島で開かれる「G7サミット」を精一杯に劇場化し、その勢いで6月21日会期末に解散・総選挙を打って政権基礎を盤石のものとする――という彼が描いていた最善シナリオは、潰えてはいないが、そこへ一気に突き進むのは躊躇われるような一時留保状態に置かれたと見るべきだろう。

衆院和歌山1区は、自民・公明が推す門博文=元衆議院議員が6,063票差で維新新人の林佑美=元和歌山市議に敗れた。自民党は当初、和歌山選挙区選出で二階派の鶴保庸介=参院議員を鞍替えさせる方向だったが、同じく和歌山で衆院への鞍替えを狙っている安倍派の世耕弘成=参院幹事長が「先を越される」のを嫌って異議を唱え、県連会長代行の立場にありながら組織を引っ掻き回し、門を強引に候補者にした。

門はこれまで1区で、民主党衆院議員から現在は知事に転じた岸本周平に4回続けて敗北し、前回は比例復活もならなかった候補。おまけに2015年には同僚女性議員と六本木で路上キスをしている写真を週刊誌に載せられて謝罪するなど、ハッキリ言って玉が悪い。そのため、地元が一本にまとまり切らないまま選挙戦に突入し、その乱れを維新に突かれた格好になった。

鶴保は超党派の「大阪・関西万博を成功させる国会議員連盟」(会長=二階)の事務局長で、もし彼が立候補すれば維新は対立候補を立てなかったろうと言われていた。世耕の我儘が元で議席をむざむざ失ったことになる。

前半戦の奈良県知事選で、県連会長の高市早苗=経済安保相が、5選を目指す現職知事の意向を無視して自分の子飼いの元官僚を立て、保守分裂状況を生み、そこをやはり維新につけ込まれたのと似た構図で、つまり自民党の重鎮や閣僚級が自分の地元を取り仕切って組織をまとめる力量を欠いていることを示している。

大分、千葉で自民を救った立憲の最後まで詰められない体たらく

参院大分選挙区は、自公が推す白坂亜紀に対し、立憲所属の参院議員を一旦辞職して立候補し共産・社民も推薦し国民も支援に回って野党統一候補となった吉田忠智との一騎打ち。大分は、村山富市元首相の地盤で労働運動も盛んなところで〔吉田も村山も自治労出身〕、立憲が勝つ可能性があり、泉健太代表も「最重点の必勝区」と位置付けて蓮舫=参院議員や枝野幸男=前代表らエース級を送り込んだ。が、何と、僅か341票差で白石に負けた。

自民党からすれば、これだけの条件がありながら最後まで詰められない立憲の体たらくに助けられて幸運な1勝を拾った形である。

大分とは反対に、衆院千葉5区では、政治とカネの問題で自民を離党、略式起訴された薗浦謙太郎の辞職に伴う選挙。野党が大分のようにまとまれば勝つ可能性が大いにあったにも関わらず、何と、立憲、国民、維新、共産が譲らず野党乱立となり、それでも自民の公募による新人=英利アルフィヤの50,578票に対し立憲新人の矢崎堅太郎=元県議が45,634票と4,944票差にまで迫る大健闘を見せた。

国民は24,842票、維新は22,952票、共産は12,360票を取ったので、立憲がどこか1つと組めば悠々と勝てたはずで、実際、立憲は当初、維新との協力を打診したが、前半戦以来「全国化」の勢いが出てきたと自認している維新が候補取り下げに応じるはずがなかった。泉代表は、共産との共闘を嫌っているため、維新との“中道連合”を試したかったのだろうが、その条件が皆無なのにそれにこだわる政治音痴によって大事な星を失った。共産側には千葉5区の候補者調整について「打診すらなかった」としている。

大分、千葉とも、立憲の戦略的なだらしなさが自民を救った。

安倍元首相の牙城でも圧勝ならなかった自民

山口4区は亡くなった安倍晋三=元首相の牙城だったところであり、同2区は健康上の理由で辞職した岸信夫=前防衛相が養ってきた超強力な地盤である。前者で吉田真次=前下関市議、後者で岸の息子の信千世が勝ったのは順当な結果と言える。

が、4区で前回に安倍が得ていたのは80,448票だったのに対し、吉田が今回得たのは51,961票。吉田の応援に走り回った昭恵夫人は、安倍と同じ「8万票は取らないと」と吉田を叱咤していたが、その意味は、安倍が培った下関市を中心とする地盤が健在であることを天下に示さないと、現在は3区から出ている林芳正=外相に切り崩されないようにしなければならないということである。

下関市は、中選挙区時代には安倍家と林家が共に本拠地として激しく競ってきた舞台で、小選挙区制になって林が3区に押し出された。ところが今回の「10増10減」で現在の4区と3区が合区され、次の総選挙からは「新3区」となる。林は当然、下関市を含む新3区での公認を確保することに全力を注ぐに違いなく、その時に、今回補選で市議から成り上がったばかりで何の実績もない吉田は吹き飛ばされることになる。それを防ぐには安倍と同じ「8万票」が必要だったのだが、それには3万票も足りなかった。

立憲の落下傘候補の有田芳生=前参院議員が旧統一教会の問題などで攻め立てた効果もあったが、早くも安倍派の地方議員団や後援会が弱まってきている証拠だろう。

2区の岸信千世は、岸・安倍家の“華麗なる”家系図をSNSで自慢するというどうにもならない軽薄男だが、それでも今回は父親の地盤に守られて61,369票を得た。が、父親は前回選挙では109,914票を取っており、4区の吉田の場合よりもっと大きく票を減らしている。

それに対して立憲元職の平岡秀夫=元法相は5,759票差まで迫っている。ここでも立憲の泉執行部はミスを冒していて、リベラル系の大物である平岡を公認せず、無所属で出させたばかりか、応援に全く力を入れず成り行き任せにした。ここでも立憲は勝負に出られなかった。

立憲に野党第一党としての責任感に裏付けられた戦略主導性があれば、自民党を「2勝3敗」くらいに追い込めたはずなのに、惜しいことをしたものである。

メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年4月24日号より一部抜粋・文中敬称略)

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プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。