黒田日銀の10年 欠けた生活視点と柔軟さ

日本銀行の黒田東彦総裁(2022年10月28日) 政治・経済

黒田日銀の10年 欠けた生活視点と柔軟さ(佐賀新聞 2023/04/07 07:42)

日銀の黒田東彦総裁が任期満了で8日退任し、後任に植田和男氏が就任する。黒田氏の率いた10年間の大規模な金融緩和が、高齢化・人口減と成長低下に直面する日本経済を支えたのは疑いない。だが、超低金利と株・不動産の価格押し上げを柱とする金融政策は企業寄りで、生活者の視点に乏しく、時に応じて政策を柔軟に見直す姿勢も欠いていたと言えよう。

安倍晋三首相がデフレ脱却へ黒田氏を総裁に据えた日銀は2013年4月、「2%の物価上昇目標を2年で達成する」として「異次元」の緩和策を決定。アベノミクスの第1の矢とされた金融政策の方針は、現在に至るまで基本的に変わっていない。

その狙いはまず企業の投資活発化にあり、短期金利だけでなく、国債の大規模な購入によって長期金利も低く抑え込んだのが特徴だ。

伝統的な金利政策に加えて、株式や不動産など資産価格の上昇も重視。事実上株式への投資となる上場投資信託(ETF)や、不動産関連の投資信託の大量購入に踏み切った点をもう一つの特徴に挙げられよう。

企業にしてみれば借入金利の軽減をはじめ、保有する株や不動産が値上がりし、恩恵となったのは間違いない。その上、超低金利策が円安を誘発したため、輸出企業は為替差益で潤った

企業の利益拡大が、働く人々の所得増につながるのが理想だった。しかし現実が異なったことは言うまでもあるまい。それどころか賃上げを上回る物価高騰や円安が襲い、新築マンションは手の届かない最高値圏に張り付いている現状だ。

このような国民の苦悩を黒田氏は「家計の値上げ許容度も高まってきている」と表現。最後の記者会見では、植田日銀の難題に残された膨大な国債・ETF残高を問われ「何の反省もないし、負の遺産だとも思っていない」と言い放った。

スーパーに日頃行くことはないと認める黒田総裁は結局、市井の人々の視点や感覚をもって、金融政策の妥当性を自己検証することができなかったと言わざるを得まい。

総裁任期の終盤に目立ったのが、政策運営や金融市場とのコミュニケーションに柔軟さを欠く、かたくなな姿勢だ。

昨年には原油高などで日銀の2%目標を上回るインフレになりながら、黒田氏は「賃上げを伴った物価上昇でない」と政策維持を重ねて強調。米欧が物価鎮圧へ利上げを急ぐ中でその姿勢が「悪い円安」を加速させ、物価高騰に拍車をかけた。

それでいて昨年末には長期金利を0%程度に固定する緩和策で、否定していた変動上限の引き上げを一転決定。サプライズを辞さない黒田日銀に市場の疑心は深まり、最後まで拭えなかった。

異次元緩和は、国債の大規模な購入で「財政ファイナンス」に陥り、中央銀行の独立性を損なったと批判される。しかし、それを支えたのがわれわれ国民である点を忘れてはなるまい。

黒田総裁ら積極緩和派の日銀政策委員会メンバーを選んだ時の政権は、安倍氏を筆頭に有権者の支持を得てきたからだ。

植田新総裁の直面する最大の課題が異次元緩和の後始末である点は、論をまたない。だがそれは日銀のみならず、国民も向き合わねばならない重たい課題であることをこの機に自覚したい。(共同通信・高橋潤)