「不可能」と言われた送電網の所有分離 有識者が国の会議で示した解決策とは…(東京新聞 2023年3月12日 16時00分)
大手電力各社が送配電子会社を通じてライバルの顧客情報を不正閲覧していた問題で、政府の有識者会議は、中立性・公平性を確保するために大手傘下の送配電網を完全に独立させる「所有権分離」を迫る提言をした。
その肝は、財産権の観点から「分離は不可能」と言われた送配電網を合法的に切り離すアイデアにある。提言者の一人、都留文科大の高橋洋教授(エネルギー政策)に意義と狙いを聞いた。
◆親会社が盗み見「健全な競争にならない」
「送配電がきちんと分離されていないことで、健全な競争にならないことが今回の不正ではっきりした」。高橋氏は、きっぱりとした口調でこう語る。2011年の東京電力福島第一原発事故を機に進んだ電力制度改革の議論に参画した電力システムの専門家だ。
高橋氏ら4人は今年3月、政府の規制改革推進会議の作業部会で提言を公表した。昨年末から相次いで発覚した大手電力による新規参入事業者(新電力)の顧客情報の不正閲覧がきっかけだ。大手各社は、送配電子会社が持つ情報を盗み見。特に関西電力の不正は判明分だけで15万件超に上り、顧客を奪い返す営業にも利用していた。
高橋氏は、回転ずし会社の幹部が、競合他社に引き抜かれた際に食材原価などの営業秘密を持ち出した事件を例に、「不正閲覧が許されないことは明らか」と指摘した上で続ける。「2000年から小売り自由化が段階的に進んだが、この間、不正閲覧で不利な競争に置かれた新電力が不当に撤退を余儀なくされたり、料金が高騰したりした可能性も否定できない」
大手も新電力も同じ送配電網を使って顧客に電気を届けている。送配電網はいわば「公共財」で、中立で公平な運用が自由競争の大前提となる。公平性を担保するには所有権分離が理想で、欧州では一般的だ。
日本でも原発事故後に検討されたが、私企業に送配電網の分離を強制することは、憲法が保障する財産権を侵害する可能性が高く、電力各社が猛反対。13年2月の報告書では、大手電力の送配電網を子会社にする「法的分離」で落ち着き、20年に実施された。
だが、高橋氏は「日本は法的分離という妥協策を選んだ上、行為規制が緩くて違反時の罰則も甘かった。日常的に不正閲覧があったのは明白で、所有権分離が絶対必要だと確信した」と提言に至った理由を語る。
◆すでに欧州では実現 政府は提言に向き合って
とはいえ、財産権の問題は残る。そこで提言は、送配電会社が法に違反し、公共の利益を阻害した場合には「許可の取り消しができる」という電気事業法の規定があることを指摘。情報漏えいをした送配電会社の許可を取り消した上で、送配電網の引受先に即日許可を出すことで、「実質的に所有権分離への道が開ける」と提案した。
「会社分割による新会社を引受先とするか、投資会社など他社への売却が考えられる。2年ほどの準備期間を置いて移行すれば電力供給にも支障はない。それまでは、行為規制を強めて中立性を確保する」と高橋氏。同じ法的分離のドイツでは、電力会社への規制を強化した結果、規制を守る負担が重いと判断した親会社が送電網を自主的に売却。電力4社のうち3社で所有権分離が実現した。
今後の焦点は、政府の規制改革案に提言が盛り込まれるかどうかだ。高橋氏は言う。「送配電が独立すると、今は地域でばらばらな送配電会社が合従連衡し、本当の意味で広域運用が実現して電力の安定供給につながる。再生可能エネルギー導入に寄与する送電網への投資も進む。すでに欧州は実現している。再エネを軸とした脱炭素を社会全体で実現するために、今回の提言に向き合ってほしい」