カメに「変身」した官僚 恥を捨てて訴えたかった命のはなし(毎日新聞 2023/2/6 10:00 最終更新 2/6 13:49)
環境省の公式ユーチューブチャンネルに、顔を緑、耳などを赤くペイントした省幹部が登場する動画がある。本人は「恥ずかしいという思いもあった」と話すが、そうまでして画面に出たのは「新たな外来種規制をより多くの人に知ってもらわなければ」という思いからだった。
「ミドリガメ」ペイントで新規制を解説
「法律がどう変わったか、解説してくれるのがこちらの局長」。司会役の環境系ユーチューバー、WoWキツネザルさんの紹介を受けて登場したのは、同省で外来種規制を担当する部局のトップ、奥田直久・環境省自然環境局長(60)だ。
顔や耳のペイントは「アカミミガメ(ミドリガメ)」を模したもの。WoWキツネザルさんが本物に似せて、しま模様も丁寧に描き込み、30分ほどかけて仕上げたという。顔はカメ、首から下はスーツという不思議な姿に、他の出演者からは笑い声が漏れた。
「今こそアカミミガメを語ろう!カメトーク!」と題したこの動画(https://www.youtube.com/watch?v=OT7CdGIpbUA)は、環境省がWoWキツネザルさんらと一緒に企画。テーマは、侵略的外来種アカミミガメの規制だ。「間違って逃げ出さないようにする。自分で飼いきれないからといって(野外に)放してしまわない」。奥田局長はカメ顔のまま呼びかけた。
奥田局長は中部山岳国立公園(上高地)の自然保護官(レンジャー)や野生生物課長を務めるなど、生態系保全を担当する自然環境局での勤務が長い。まじめで、仕事中は終始穏やかな語り口。その局長の「変身」には省内でも驚きが広がったという。本人は「アカミミガメの写真を見ながら、それらしく見えるように工夫してペイントしてくれた。なかなかすごいなと思った」とまんざらでもない様子だった。
6月から野外への放出が禁止に
2022年に改正された外来生物法に基づき、アカミミガメは今年6月からアメリカザリガニとともに販売や輸入、野外への放出を禁じる「条件付特定外来生物」に指定される。ペットとして飼い続けることはできるが、川や池に逃がすと、個人の場合で3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される場合がある。
環境省は、ウェブサイトやチラシで禁止事項や適切な飼育の仕方を知らせたり、専用の相談ダイヤルを設置したりして周知を急いでいる。ユーチューブの動画もその一環で、顔のペイントも「多くの人が見て、新たな規制に関心を持ってもらうきっかけになる」と、職員から奥田局長に頼んだという。
担当した職員は「顔をペイントする話を切り出す時はドキドキした」と振り返る。奥田局長は「『いいよ』と引き受けたら、暗かった職員の顔がぱっと明るくなった。なんだ、そんなことで悩んでいたのかと思った」と笑う。
やむを得ない場合は殺処分も
アカミミガメは、ペットとして非常に身近な生き物だ。環境省によると、110万世帯で160万匹が飼育されていると推定される(19年時点)。
だが、死ぬまで飼い続けるのは簡単ではない。まず寿命が20~40年程度と長い。飼い主が小学生のときに飼い始めたとして、40~50代になるまで生き続ける可能性がある。また生まれたばかりの子ガメは体長3センチほどだが、20~30センチ程度に成長し、それに伴って大型の水槽が必要になる。
もし飼い主が病気などで飼うのが難しくなったら、責任を持って飼ってくれる別の飼い主を探さなければならない。また規制導入後は、適切な飼育をせずにアカミミガメなどが逃げ出した場合も違法とみなされるので、これまで以上に飼い方に注意が必要だ。
環境省はやむを得ない場合、殺処分することも呼びかけている。奥田局長は動画で「できれば命を奪うことは避けてほしいと思うが、飼えないから外に出すとそのカメが他の命を奪ってしまう。そこは涙をのんで一生を終わらせてあげる。その方が自然にとっても優しいことなのかもしれない」と、言葉を選びながら説明している。
野生化し被害拡大「責任持って飼い続けて」
アカミミガメはもともと、1950年代後半に米国からペットとして輸入された。鮮やかな緑色をした子ガメは、お祭りの露店で売られるなどして全国に広がった。
ところが60年代から捨てられたり、逃げ出したりした個体が野生化。繁殖力が強く、日本にもともと生息する在来のカメ類を脅かしているほか、水草や水生昆虫、小魚などを食べ尽くし、生態系に悪影響を与えている。徳島県では、アカミミガメによる食害でレンコンの収穫量が減ったケースも報告されている。
カメ顔の効果があったのか、この動画の視聴回数は約8000回。環境省公式チャンネルの動画の中では上位1割に入るという。省内には「体を張ったのだから、もう少し伸びてもいい」との声も。奥田局長は「これからより多くの人に見てもらいたい。ペットはいったん飼ったら責任を持って飼い続ける『終生飼養』が原則だと訴え続けていきたい」と話す。