<社説>探る’23 エネルギーと世界 将来へ責任果たす議論を…毎日新聞

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探る’23 エネルギーと世界 将来へ責任果たす議論を(毎日新聞 2023/1/12 東京朝刊)

1973年の第1次石油危機から半世紀、資源大国がかかわる紛争で世界は再びエネルギーショックに見舞われている。

ロシアによるウクライナ侵攻と西側諸国の対露経済制裁を背景に、市場では化石燃料価格が軒並み歴史的な高騰を記録した。ロシアからの供給途絶懸念が広がったためで、今も高止まりしている。

各国は石油や天然ガス確保に奔走する。懸念されるのは気候危機への取り組みが後退することだ。

地球温暖化防止を目指すパリ協定が2015年に採択されて以降、各国は太陽光発電など再生可能エネルギーの導入を進めた。だが、世界消費の8割以上は依然、化石燃料で賄われ、市民生活や経済が打撃を受けている。

「脱炭素」の後退を懸念

侵攻前は脱炭素政策を推進していた主要国は、燃料の安定調達を最優先するエネルギー安全保障政策に大きくかじを切った。「環境先進国」を誇る欧州各国もロシア産ガス依存からの脱却を迫られ、二酸化炭素(CO2)を最も多く排出する石炭火力発電の活用を余儀なくされている。

再エネ導入が遅れ、化石燃料の調達をほぼ輸入に頼る日本の状況も厳しい。岸田文雄政権は既存の原子炉の運転延長や原発の建て替え・新増設を認める「原子力回帰」路線を唐突に打ち出した。

経済産業省幹部は「発電時にCO2を出さない上、再エネと違い、天候に供給量を左右されない安定電源だ」と強調する。だが、11年の東京電力福島第1原発事故後、堅持してきた「脱・原発依存」の大方針を国民的な議論もなしに転換するのは道理に合わない。

運転を延長して安全性を保てるのか。新設コストが1兆円もかかり、高い電気を買わされるのではないか。たまり続ける「核のゴミ」をどうするのか。疑問に全く答えないまま長期にわたるエネルギー政策を机上で決めても国民が納得するはずはない。

「再エネ電源をフル活用する技術の開発には時間がかかる。原子力を一定期間使わざるを得ない」。初代原子力規制委員長を務めた田中俊一氏はこう指摘しつつ、「政府の今のやり方には無理がある。これでは原発は自然消滅する」と断言する。福島事故が起きた日本で国民の信頼なしには原発を動かせないと実感するからだ。

エネルギー不足と温暖化の進行という「二重の危機」にどう立ち向かえばいいのか。日本を含む各国は「時間軸」と「地球益」について熟慮する必要がある。

「時間軸」で言えば、ウクライナでの停戦が見通せない以上、当面は国民の暮らしや企業活動に混乱を来さないように化石燃料の安定調達に努めるのは当然だ。

ただし、液化天然ガス(LNG)を日欧が奪い合い、途上国が燃料不足に陥るようなことがあってはならない。消費国間で融通する仕組みを整えるべきだ。脱炭素時代に移るまでは化石燃料を一定程度使い続ける以上、中東の産油・産ガス国との連携も重要になる。

一方、中長期的には、世界が一致して温室効果ガス排出削減を着実に進めていかなければならない。そのためには脱炭素化のメリットを各国が公平に享受する「地球益」という発想が求められる。

地球益考え国際協調を

先進各国はこれまで「グリーン成長」をうたい、火力発電の脱炭素化や蓄電池開発、水素燃料の実用化などで先行者利益を得ようと躍起になってきた。エネルギーの構造転換に巨費がかかるため、これを機に自国産業の優位性を高めたいとの思惑がある。

だが、脱炭素社会の実現は人類共通の課題のはずだ。その過程で生まれる技術革新の恩恵を一部の国や企業が独占するのは好ましくない。成果を途上国に迅速に普及させる努力が不可欠である。

ウクライナ有事は「再エネ100%」という理想と裏腹に、化石燃料に頼る世界の現実を浮き彫りにした。一方で岸田政権が「万能薬」のごとく訴える原発には事故の不安に加え、戦争で標的にされるリスクが明らかになった。

第1次石油危機後には消費国が連帯して国際エネルギー機関(IEA)を創設し、石油備蓄や省エネ促進に取り組んだ。中東産油国との対話の枠組みも作られた。

気候危機への対応も同時に迫られる今回はより深刻な事態だ。日本を含む各国は協調し、将来世代に責任を持てる政策のあり方を幅広く探らなければならない。