ロシアが北方領土を手放すわけにいかない理由

北方四島返還のチャンス 政治・経済

本当に怖いのは核ミサイルより原子力潜水艦…発射後に移動、位置が特定されず、隠れてこっそり近づくことも可能(幻冬舎 2022.11.3)

佐藤まさひさ 自民党国防議員連盟・事務局長

世界地図をのぞくと日本はロシア・中国・北朝鮮に囲まれており、現在の世界情勢を照らし合わせると、地政学上大きく危険をはらんでいる国の一つといえます。2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻による戦場の痛ましい現状の報道を目にして、罪のない人々が苦しむ姿に心痛めるとともに、自国の安全への不安を募らせれている人も多いのではないでしょうか。

本連載では「2027年、日本がウクライナになる(他国に侵攻される)」と予測する、元自衛官で「戦場を知る政治家」である佐藤まさひさ氏の著書から一部一抜粋して、日本防衛の落とし穴についての知識を分かりやすく解説します。

ロシアが北方領土を手放すわけにいかない理由

なぜ、ロシアは北方領土が欲しいのでしょう? (中略)ロシアのカムチャツカ半島と北海道の間には、小さな島々が連なっています。北側にある島々が千島列島、南側にあるのが北方四島です。この島々をすべて自分のものにすれば、オホーツク海に蓋をすることができます。封鎖の状態をつくりたいのです。なぜか?

それはアメリカを意識してのことです。「オホーツクの蓋」は2つの意味をもっています。一つは、アメリカの進出を防ぐため。もう一つは、太平洋に出ていくためです。

択捉島や国後島を日本に渡せば、同盟国のアメリカが必ずやってきます。米軍の空母が北方四島の近くに陣取り、島の間を抜けて原子力潜水艦が入ってくる。ロシアにとって、それは国家存続の危機。絶対に避けたいことなのです。

現代の戦争は、戦略原子力潜水艦が大きなカギを握ります。例えば、地上から核ミサイルを発射した場合、高熱が出るため、発射地はすぐに特定できます。そうなれば即座に報復のミサイルが飛んでくる。ところが原子力潜水艦から発射すれば、発射後移動するのでどこにいるか特定できません。そんな潜水艦が国の近海にいたら、不気味でしかたがないのです。

しかもカムチャツカ半島のペトロパブロフスク=カムチャツキー港には、ロシアの潜水艦の基地もあり、最新鋭の原潜も控えています。オホーツク海を「戦略原潜の聖域化」とするためには米海軍を近づける訳にはいかないのです。

ロシアは、択捉島と国後島に軍事基地を構え「地対艦ミサイル」と「地対空ミサイル」を配備しています。海・空からの攻撃に備え、艦隊を撃つ用意をしている。そんな要所でもある北方四島を、あの強欲なプーチンが簡単に明け渡すはずがないのです。

冬でも凍てつくことのない北方四島の海

ロシアがオホーツク海に蓋をしたい理由。その2つ目は、大きな海に自由に出たいからです。もちろん目的は、軍事です。上の地図は、地球を真上から見たものです。あなたがロシアの指導者なら、アメリカをどう攻撃するでしょう?

「北極海越しにミサイルを撃ち込む」のが簡単そうですね。しかし、アメリカはそれを予測し防衛体制を固めています。途中で撃ち落とされる確率も高まります。そのため、北からだけではなくアメリカの西からも攻撃できる体制が必要です。それにはどうするか?

艦隊を率いてアメリカの近くに配備する。あるいは、潜水艦で隠れて近づく。長期間の潜航ができ、核兵器も積んだ原子力潜水艦を使って近づき威嚇いかくするのも有効でしょう。ワシントンDCや海軍基地のあるサンディエゴを狙えば、アメリカもたまらないはずです。いずれにしても、オホーツク海から太平洋に出ていくには「玄関口」が必要です。その玄関口に当たるのが北方四島なのです。

「オホーツク海の蓋」はとても長く、自由に出入りができそうなのですが、実は、千島列島の海は、冬には凍ってしまいます。つまり、自由に出入りできるのは北方四島の海だけなのです。こんな大事な島を、ロシアが返すはずがありません。

ロシアから北方四島返還のチャンスを逃した90年代

しかし一度だけ、返還されるチャンスがありました。ボリス・エリツィン大統領の時代(1991〜1999年)です。ロシアは当時ひどい経済不況だったため、日本からの経済支援と引き換えに「北方四島の返還」を考えたのです。

その時に畳み込むような交渉をすればよかったのですが、ロシアの顔色を窺っているうちに日本経済は低迷。逆にロシアは天然資源で潤い、国力を回復させました。日本は好機を逸したのです。

北海道にはなぜ米軍の基地が置かれなかったのか?

米ソ冷戦――。第二次世界大戦後、世界はアメリカ合衆国を中心にした「資本主義・自由主義」の西側諸国と、ソ連を中心にした「共産主義・社会主義」の東側諸国の対立関係が生まれました。

「冷戦」は「直接は対決しない戦争」という意味で、それぞれが攻撃力をもつからこそ、互いに牽制けんせいし合う状態が続きました。こうしたなかで、日本の各地に米軍の基地が置かれました。

一つ不思議なのは、北海道に米軍基地がないことです。ロシアを牽制するには、北海道に米軍基地は不可欠と思えます。なぜ、それをしなかったのか?

ひと言で言うと、ソ連との間合いを取るためです。例えば、北海道に米軍基地を置き、ソ連軍と「顔と顔を突き合わせた状態」になったとしましょう。万が一、どちらかの手違いで「攻撃された」とみなされた場合、これに応じなければなりません。

つまり「小さな勘違い」が発火点になり、第三次世界大戦に発展しかねない訳です。危険を回避するには、間合いが必要なのです。

今回、ウクライナの件で、アメリカのバイデン大統領は「軍事介入はしない」と明言しました。言うまでもなく、軍事介入すればロシアと直接対決になってしまうからです。それは他国をも巻き込んだ「第三次世界大戦」の開始を意味します。世界中の誰もがそれを望みません。

しかしその一方で、世界中の多くの地域で、今回のような侵攻が起こったり、小さな紛争が絶え間なく起きたりしているのです。世界は、微妙なバランスの上に成り立っています。それぞれの国には、それぞれの事情があり、思惑がある。どこかがそれを剝むき出しにして暴走すれば、バランスは一気に崩れる。そんな危うい世界に、私たちは生きているのです。

佐藤 まさひさ

参議院自民党国会対策委員長代行/自民党国防議員連盟 事務局長

“ヒゲの隊長”こと、参議院議員佐藤まさひさ(先生)は、福島県出身。
防衛大学校卒業後、約25年間、陸上自衛官として勤務。国連PKOゴラン高原派遣輸送隊初代隊長、イラク先遣隊長、第7普通科連隊長を兼ねて福知山駐屯地司令などを歴任。

平成19年、参議院議員に初当選し、現在3期目。外務副大臣、防衛大臣政務官のほか、参議院外交防衛委員長や自由民主党国防部会長、外交部会長などを歴任。現在は、参議院自民党国会対策委員長代行、自民党国防議員連盟事務局長として活躍。