「初動で核使用」「弾着まで10分」専門家たちが危惧する《北朝鮮ミサイルを過小評価してはいけない理由》

左から山下裕貴氏、阿南友亮氏、小泉悠氏、古川勝久氏(文春オンライン) 政治・経済

「初動で核使用」「弾着まで10分」専門家たちが危惧する《北朝鮮ミサイルを過小評価してはいけない理由》(文春オンライン 2022.10.7)

山下裕貴 阿南友亮 小泉 悠 古川勝久
source : 文藝春秋 2022年6月号

北朝鮮からのミサイルが着弾したら、日本はどう対処できるのか? 月刊「文藝春秋」2022年6月号に掲載された総特集「誰のための戦争か?」より、山下裕貴氏×阿南友亮氏×小泉悠氏×古川勝久氏による大座談会「日米同盟vs.中・露・北朝鮮 緊急シミュレーション」の一部を公開します。

第二次朝鮮戦争に備えよ

古川 核・ミサイル開発における金正恩の最終目的は、「レジーム・サバイバル(体制の存続)」にあります。ですから金王朝の体制の安定が保証されるのであれば、金正恩は冒険的な行動はとらないと長年見られてきました。しかし第一章でも話題になりましたが、この数年、北朝鮮のミサイルのターゲットはアメリカから韓国に徐々に移りつつある。そこで考えておかなければならないのは、朝鮮半島における北朝鮮と韓国の第二次朝鮮戦争です。

北朝鮮は、ウクライナ戦争から大きな教訓を得たはずです。現状を見ると、アメリカやNATOからの支援がロシアを苦しめている。ならば朝鮮半島における戦争では、韓国の補給ルートを真っ先に断つことが重要だと学んでいます。韓国は国土がぐるりと海に囲まれているため、港湾施設や空港を徹底的に叩けば、韓国への補給や増派は難しい。

北朝鮮はこの4年間、韓国のどの地点でも攻撃できるよう、短距離ミサイルを重点的に開発・製造・配備してきました。例えば、韓国のミサイル防衛システムを突破するため、変則的な航路を飛ぶミサイルを開発。固体燃料推進型の弾道ミサイルを開発し、発射準備の探知を難しくしました。また、陸上の移動式発射台に加えて潜水艦や列車からもミサイルを発射できるようにした。そのような奇襲攻撃能力の向上もあり、北朝鮮のミサイルの脅威は数年前に比べて高まっています。

初動から核を使う

小泉 小型核を使用しながら戦えば、朝鮮半島を南下できるんじゃないか――そのような見込みを北朝鮮が持ち始めているのだとしたら、相当厄介な話になりますよね。

山下 北朝鮮は意外に臆病なところがあります。よく言えば慎重な国。韓国の哨戒艦を魚雷攻撃するなど、ちょっかいを掛けてくることはあっても、38度線を越えるような大胆なマネはこれまでしたことがありません。

核戦力は別として通常戦力で見ると、北朝鮮の軍隊は、韓国軍60万人に対して128万人と数は多いけれども装備が古い。韓国軍は在韓米軍も含めて性能の良い兵器を保有していますから、通常戦力でガチンコ勝負をしても北朝鮮は負けてしまいます。そのことはよく自覚している国です。

古川 そうなると、戦闘では核・ミサイル戦力に頼らざるをえない。核の先制使用の誘惑が強く働くでしょう。エスカレーション抑止のために、初動からミサイルに戦術核弾頭を搭載する可能性もやはり排除できない。

今年4月、平壌での軍事パレードの際、金正恩は核の抑止力に加えて、核を先制攻撃に使う可能性や全部隊の指揮命令系統の近代化の方針にも触れました。

ただ、アメリカは韓国と同盟を結んでいるので、北朝鮮と戦争になれば自動的に介入することになる。米軍の介入または増派の阻止が、北朝鮮にとっては一番の課題です。3月に発射したICBMは、米軍の朝鮮半島への介入を阻止するために、米国に対する脅しとして使うつもりでしょう。

横須賀を狙ったはずが横浜に落ちてしまう?

下 日本への影響についても考えたいと思います。朝鮮半島での戦争において、日本は在韓米軍の後方兵站基地としての役割を担う。米軍への協力を防ぐため、当然、日本に対しても核の脅しをかけてくる。

また、朝鮮戦争勃発時に組織された国連軍は今も活動を続けていて、その後方司令部は日本国内にあります。朝鮮半島有事となれば、最悪の場合、日本にある国連軍基地(米軍)が攻撃されるかもしれません。狙われる可能性が1番高いのは、横田、横須賀、あるいは岩国です。その際に、ミサイルが逸れてしまうかもしれない。北朝鮮のミサイルは米軍などのものと比較すると精度が劣るので、横須賀を狙ったはずが横浜に落ちてしまった、なんてことになるかもしれません。

古川 補足しますと、北朝鮮がミサイルに核弾頭を積んで日本の本土に着弾させることは、すでに技術的に十分可能と考えられています。防衛省も北朝鮮の能力について、そのように評価しています。

日本を射程に置く準中距離弾道ミサイル「ノドン」は、冷戦時代に開発された短距離ミサイル「スカッド」をベースにしており、安定的な性能が確立されています。これは液体燃料推進型なのでミサイル発射が事前察知されやすいとされますが、核弾頭搭載可能と考えられています。

北朝鮮はこれまでに短距離だけでなく準中距離、中距離、さらにはICBMも含む「火星シリーズ」弾道ミサイルの充実化を図ってきました。北朝鮮の核ミサイルが日本に着弾するというシナリオを、現実的なものとして想定して、対策を考えるべきです。

ミサイルをすべて撃ち落とすのは不可能

小泉 北朝鮮がミサイルを日本に向けて飛ばした場合なのですが、日本の自衛隊は撃ち落とす能力があるのでしょうか。

山下 日本と北朝鮮の距離はかなり近いので、撃墜できるかどうかは時間との闘いになります。

相手の撃ち方やミサイルの種類によって変わってくるかと思いますが、2016年、東倉里トンチャンリから発射された弾道ミサイルが沖縄上空に飛来するまでがわずか十分。日本の持ち時間はそれくらいしかないと見ていいでしょう。

日本の現在の迎撃体制については、海上からはイージス艦、陸上からはぺトリオットミサイルの二段構えとなっています。弾道ミサイルは軌道が頂点に達すると、速度がゼロになる瞬間がある。そこを狙ってイージス艦からスタンダードミサイルで迎撃するのです。そこで失敗すれば、落下してくるところをぺトリオットで再び狙う。

古川 私が危惧するのは、第一章で述べたロシアと北朝鮮の接近です。ロシアが国家として軍事支援に乗り出すと、北朝鮮の核・ミサイル開発は、今とは次元が異なるスピードで進みかねません

核・ミサイル計画における北朝鮮の最大のボトルネックは、産業基盤の脆弱性です。彼らが固体燃料推進型の新型弾道ミサイルを開発しても、実際に固体燃料を大量生産できるだけの産業基盤がないので、現状では新型ミサイルの配備には限界があります。ミサイル開発には、大量の化学剤や特殊繊維、特殊金属、工作機械等が必要です。北朝鮮はこれら貨物を他国から不正調達してきましたが、ロシアが国家ぐるみで協力すれば、このボトルネックが緩和・解消される可能性が出てくる。

もし北朝鮮が新型ミサイルを大量配備するようになると、韓国、日本、アメリカのミサイル防衛の負担が大幅に増えかねません。

山下 自衛隊は万全の態勢をとっていますが、現状でさえ100%阻止できるとは断言できません。北朝鮮のミサイルが一発であればよいですが、ミサイルの数が増えれば話は大きく変わって来る。飽和攻撃で何発か同時に撃たれたら、対応が非常に難しくなりますね。

金正恩の「被害妄想」に警戒せよ

古川 朝鮮半島情勢は不穏さを増しており、和解ムードに溢れた4年前とは状況がちがいます。

2018年に、金正恩は当時の韓国大統領・文在寅と平壌共同宣言に署名し、南下政策をとりやめ、南北の二国共存路線を打ち出しました。そしてICBMの発射実験や核実験の凍結と引き換えに、米韓の軍事演習や北朝鮮に対する敵視政策の中止をアメリカに要求した。

しかし、それから2年経過後もアメリカの態度は変わらず、北朝鮮は21年1月の党大会で、戦術核の開発や核ミサイルの多弾頭化など、方針転換を明確化しました。怒りの矛先が韓国に向かうと、20年6月には南北協力の象徴だった開城工業団地の南北連絡事務所を爆破するなど、二国共存路線の不安定性が露見しています。北朝鮮が未来永劫、韓国併合の野望を捨てたなどとは、とても断定できません。

北朝鮮では、韓国のテレビドラマを見た人たちが刑罰を受けるなど、金正恩が国内での韓国の影響力の増大を強く警戒しています。金正恩がさらに被害妄想に駆られて、「韓国を攻めないと北朝鮮が韓国に吸収されかねない」と信じるようになれば、二国共存路線は容易に廃棄されかねません。プーチンと同様、独裁者には被害妄想に陥りがちな傾向が見受けられます。

在韓米軍の撤退で……

山下 そもそも、北朝鮮と韓国が結んでいるのは、あくまで「休戦協定」なのでいつ戦争が再開してもおかしくありませんから。

古川 なんらかのきっかけで南北関係が破綻すれば、戦争が始まりうる。まず考えられるのは、小さな軍事衝突がエスカレートするパターンです。例えば、休戦協定では、38度線に軍事境界線が定められたものの、海上の境界線については南北の合意がなく、韓国と北朝鮮の間では過去に海上での武力衝突や韓国の島に対する攻撃がありました。

あるいは、台湾海峡危機等の地域紛争が発生した際、北朝鮮が危機に便乗して軍事的行動を起こすかもしれません。

誤解や誤算などボタンの掛け違いで、紛争が本格的な通常兵器の応酬に発展していく可能性は常に想定しておかないといけません。

山下 他に想定されるきっかけは、在韓米軍の撤退ですね。トランプは、文在寅が駐留費を削減すると言い出したので、在韓米軍の削減をちらつかせましたね。アメリカの軍事ドクトリンが転換して、在韓米軍が引き上げるような事態になれば、北朝鮮は短期決戦に打って出て来るかもしれません。

古川 例えば、バイデンの後にトランプの再登板、あるいは第二のトランプが出てくる可能性はあります。「韓国が駐留費を渋るなら、在韓米軍は撤退するぞ」と言い出したら、金正恩にはチャンスになる。

山下 ただ、3月の韓国大統領選では、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦が当選し、「米韓同盟」を最優先にすると明言しています。文政権時代にストップしていた米韓合同軍事演習の復活や、韓国国内へのTHAAD(サード)(戦域高高度迎撃ミサイルシステム)の追加配置など、米韓同盟は格上げされる方針です。

古川 先ほども申し上げたように、東アジア最大の脅威は、依然として中国だと言っていい。ただ一方で、北朝鮮の脅威も深刻であり、決して過小評価すべきではありません。

山下 同感です。朝鮮半島有事となれば、日本も他人事ではない。さまざまな工作を仕掛けてくることはあり得ます。韓国を支援しないよう日本社会に厭戦気分を醸成するため、サイバー攻撃や、SNSを使ったフェイクニュースの流布などもやるかもしれない。特殊部隊が入ってきて水道などのインフラを狙うことも考えられます。水道水に異物を入れるだけで、日本はあっという間に混乱に陥る。

もちろん自衛隊は、そうしたテロを想定した計画を作成していますが、日本海側の海岸線は長いですから、侵入を阻止するのはけっこう難しい。侵入された後は、彼らを発見・追跡できるように、日頃のインテリジェンス活動の強化も重要です。

古川 国家や組織も人と同じで、自信や力を持てば持つほど、目標も大きくなるものです。攻撃能力が増せば、当然ながら野望も大きくなるでしょう。「昔はこうだったから、今後も同様に考え続けるはずだ」と想定するのは、インテリジェンス分析における典型的な失敗パターンだと言えます。

たしかに、北朝鮮のミサイル能力には様々な疑念が持たれています。命中精度はどうなのか、ICBMの弾頭部分は大気圏に再突入できるのか……。枚挙すればキリがありません。

ただ、我々には北朝鮮を過小評価する傾向が強い。十数年前、北朝鮮が衛星を発射すると宣言した時には、「できるものか」と高を括りました。それが今や北朝鮮のミサイル技術は、世界の予想を大きく上回る発展を見せています。北朝鮮の核・ミサイルに対する執着心を、我々は侮るべきではありません。

誌面40頁にわたる山下裕貴氏、阿南友亮氏、小泉悠氏、古川勝久氏による大座談会「日米同盟vs.中・露・北朝鮮 緊急シミュレーション」は、月刊「文藝春秋」2022年6月号と「文藝春秋digital」に掲載しています。