安倍晋三元首相の「国葬」に疑問 法学者「閣議決定は明らかに違憲。国葬の私物化」と指摘

安倍晋三元首相の「国葬」は筋が通らない 政治・経済

安倍晋三元首相の「国葬」に疑問 法学者「閣議決定は明らかに違憲。国葬の私物化」と指摘(AERAdot. 2022/07/27 06:30)

筆者:上田耕司

国葬は「筋が通らない」と指摘する小林節・慶応大名誉教授(憲法学)

9月27日に行われる予定の安倍晋三元首相の「国葬」をめぐる議論。これまでの実績などを踏まえて決めたという岸田文雄首相の説明に対し、反対する声も多い。野党党首の発言をはじめ、デモなどの動きも出ている。憲法や法律といった観点から「筋が通らない」と指摘する慶応大名誉教授(憲法学)の小林節さんに聞いた。

「今の時代における国葬とは何か、政府は積極的に説明すべきだ。なし崩し的な形で準備が進められようとしている。賛同しかねる」

立憲民主党の泉健太代表は7月22日の記者会見でそう述べ、安倍元首相の国葬に反対の考えを表明した。日本維新の会の松井一郎代表は、「(自身は)国葬に反対ではない」とした上で、

「国民の税金を支出するわけだから、岸田首相は国葬を行う意義を国会で国民に丁寧に説明すべきだ。賛成・反対両方の意見がある国民の皆さんに首相は説明する責任がある」

との考えを示した。

賛否の議論のなかでもよく出てくる経費の問題。大きな額が税金で支払われる以上、しかるべき手続きが必要という声はよく聞く。

国葬をしたいなら、まず、国会で議論して決議すべき

その点について小林さんはこう説明する。

「自民党葬ならどうぞご自由に、ですが、国葬を行うには、大きな費用がかかるんです。財政の支出権限は国会にあるんですから、国葬をしたいならまず、国会で議論して決議すべきです。自民党葬に政府が協力するというあいまいな方法はありうるとしても、国葬とするには根拠法令がないから本来できないと思います」

以前あった「国葬令」は、1947年に廃止されている。首相経験者の葬儀に関しては明確な法的根拠がなく、その時々の政権が判断してきた。

首相経験者の国葬は1967年の吉田茂元首相以来。80年に亡くなった大平正芳元首相以降、歴代の首相経験者は「内閣・自民党合同葬」が慣例となっていた。その慣例をくつがえすことになる。

「法律がないなら、1回限りのことであっても、国会の決議を取らないと憲法上、筋が通らないと思います」(小林さん)

岸田首相は会見で、国葬をする理由について、安倍元首相が憲政史上最長の8年8カ月にわたって首相の重責を担った点や、東日本大震災からの復興、日本経済の再生、日米関係を機軸とした外交といった点を挙げ、「大きな実績を様々な分野で残されたことなど、その功績はまことに素晴らしいもの」と説明。国際社会からも極めて高い評価を受けているとして、「国の内外から幅広い哀悼、追悼の意が寄せられており、こうした点も勘案した」などと述べた。

内閣府設置法4条3項33号は、元首相の国葬をして良いと規定したものではない

国費で行われるならば、国会での審議が必要ではないかとの質問に対し、岸田首相は、

「国の儀式を内閣が行うことについては、内閣府設置法に明記されています。よって、国の儀式として行う国葬については閣議決定を根拠とし、行政が国を代表して行いうるものであると考えます。内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。そうした形で閣議決定を根拠として国葬を行うことができると判断しております」

などと答え、松野博一官房長官も7月22日の記者会見で改めて、「内閣府設置法4条3項33号に、内閣府の所掌事務として国の儀式に関する事務に関することが明記され、国葬儀を含む国の儀式の執行は行政権に属することが法律上、明確となっており、閣議決定を根拠としてできる」などと説明した。

しかし、これに対して小林さんは、

内閣府設置法4条3項33号は、皇室典範(法律)25条で決まっている国葬などの儀式を内閣が執行する規定であって、内閣が元首相の国葬という新しい儀式類型を創出して良いという規定ではありません。だから、今回の閣議決定は明らかに違憲です」

と反論。内閣府だけで決めるのなら、「内閣葬」がふさわしいとし、

「国葬なら、国権の最高機関である国会の議決が必要です。国会には、そのような大きな権力行使を根拠づける立法権と国費の支出を根拠づける財政処分権がありますが、内閣にはそれらの権限はありません。安倍政権時に、首相が内閣法制局長官人事に介入して以来、事前の違憲審査機関としての法制局は死んでしまいました」

との見解を述べた。

国葬の私物化

ではどのような方法をとるのが望ましいのだろうか。

岸田首相が心から『安倍元首相は国葬にふさわしい』と考えるなら、憲法72条に明記された、首相の職務として国会に『元首相国葬法案』を提出して堂々と議場で論ずるべきです。その上で、主権者である国民の世論が納得して国会の議決が得られれば、民主的手続きを経たものとして安倍元首相の国葬に価値が出ます。今のままでは、国論が定まらず強引な国葬強行によって、また、国民の『分断』が生じます。単に愚策です」(小林さん)

安倍元首相の通夜や葬儀の献花台には、1キロの行列ができるなど、哀悼の意を示す国民が多くいたことはたしかだが、

「国民的総意を確認しないままなら、国葬の私物化です。国葬の価値がなくなります」(以下、同)

との考えだ。

また、岸田首相が、国内外から幅広い哀悼、追悼の意が寄せられたことも踏まえた、とした点についても、

「安倍元首相は、首相在任期間が長かったから国際的に顔を知られており、各国首脳は外交儀礼上、哀悼の意を唱えた。それをもって日本の評価を高めたというのはおかしな話です」

と疑問を呈し、こう指摘する。

安倍元首相は、まだ歴史的評価が定まっていない。山積する負の側面

「安倍元首相は、まだ歴史的評価が定まっていない政治家なんです。『森友・加計学園』や『桜を見る会』の問題は、安倍元首相の権力の私物化とも考えられます。官僚の人事権を官邸が握ることで、官僚を支配してきた安倍元首相の手法により、官僚も堕落した。権力による隠蔽などが明らかにされてから、安倍元首相の歴史的な評価がなされるべきです」

過去30年間で、賃金が上がらず、物価は上昇した。アベノミクスで生活が良くなったと実感できている国民も多くはなさそうだ。

「そのうち10年以上、安倍元首相は幹事長、官房長官、首相として担ってきたわけだから、日本の経済を悪化させた政治家としても大きな責任があるはずです。そういう意味においても、国葬に値する人物なのか。もっと時間をかけて冷静に判断されるべきであると思います」

いま一度、しっかりとした議論が必要ではないだろうか。

(AERA dot.編集部・上田耕司)