TSMCとは? 何がすごい? 日本に新工場を建設する理由や強みを解説!(識学総研 2022/01/14)
突然ですが、このような疑問を感じてはいませんか?
「TSMCって名前だけは聞いたことがあるけど、どんな企業なの?」
「どうしてTSMCの時価総額は、トヨタの時価総額の2倍なの?」
「TSMCは何がすごいの? どんな強みがあるの?」
新型コロナウイルスの流行により、世界的な半導体不足に陥っている昨今ですが、そのなかでも破竹の勢いで成長を見せている企業があります。
それが「TSMC」です。
TSMCは他社が設計した半導体を製造する、台湾の半導体ファウンドリーです。そして、このTSMCの新工場が日本に新たに建設されることが決まっています。
本記事ではそんなTSMCについて基本的な知識から、TSMCの強みや創業者について解説していきます。
巨額補助金による半導体メーカーTSMCの日本誘致
熊本大学は「半導体教育・研究センター」を2022年4月に、大学院先端科学研究部に新設することを発表しました。半導体分野の専門人材を育成することで半導体分野の研究を加速させることを目的としています。
これは半導体受託生産会社(ファウンドリー)世界最大手である台湾の「TSMC(台湾積体電路製造)」が熊本県菊池郡菊陽町に新工場を建設することを計画しているため、熊本県では半導体の専門人材を確保することが喫緊の課題となっているからです。
熊本大学では半導体に関連する人材を毎年およそ60人輩出しており、今後は更にその数が増えることが予想されています。
日本への誘致に8,000億円の半分を日本が補助
世界的な半導体不足に陥っているなか、TSMCは世界各国から工場建設を打診されているようで、2020年5月にはトランプ政権時代にアメリカからの誘致を受けて、アリゾナ州に5nmプロセスの工場建設が決まっています。
そして、日本には2021年10月、熊本に月産4.5万枚の28~22nmプロセスの工場の建設が決定。このために日本政府では総投資額およそ70億米ドル(約8,000億円)の半分ほどを補助し、岸田文雄首相が直々に期待を表明するほどの歓迎ぶりとなっているのです。
日本初となるTSMCの工場は、ソニーグループとともに建設することになっており、工場の運営を任されている企業にソニーがおよそ5億米ドル(約570億円)を出資することになっています。
なぜアメリカはTSMCを呼び込んだのか
アメリカがTSMCを呼び込んだ理由は大きく分けて2つあり、1つ目の理由は半導体を微細化する最先端技術を手に入れることです。今、半導体の開発は日進月歩で進んでおり、どんどんサイズを小さくする微細化と呼ばれる方向に進化しています。
どれくらい微細化が進んでいるのかというと、原子レベルのデコボコにまで気を配らなければならないレベルにまで進化しています。過去に長い間、半導体の微細化の最先端を走っていたのはアメリカのインテルでしたが、同社は2016年に14nmから10nmに移行する際に、立ち上げに失敗してしまい微細化競争から脱落してしまったのです。
この結果、インテルはTSMCに追い抜かれ、2020年にはTSMCは5nmの量産を成功させ、独走状態になりました。
このように、現状のレベルからさらに微細化を推し進めるには、アメリカ自国だけの力では困難であるということが、TSMC誘致の理由となっています。
2つ目の理由は製造能力拡大
アメリカがTSMCを誘致する2つ目の理由は、製造能力を拡大するためです。
2000年以降、半導体産業は設計を専門とする「ファブレス」と、製造専門の「ファウンドリー」への水平分業が進みました。
このとき、R&D(Research and Development・研究開発)と設備投資にコストがかかるファウンドリーより、ファブレスを選ぶ企業がアメリカで増えました。実際、ファブレスを選んだNVIDIAやAMD、クアルコムといった企業はファブレスとしてTSMCに製造を委託して成長したのです。
しかしこの結果、世界の半分ほどを占めていたアメリカの半導体製造能力は大幅に下がってしまい、2019年においてはアメリカの製造能力シェアは12.8%に留まっています。
アメリカは設計だけの国になってしまった
つまり、アメリカは半導体の設計に関しては優れた国ですが、製造能力が乏しい国になってしまったのです。おそらく、従来であればこのような状態でも問題はありませんでした。しかし、すべてを変えたのが新型コロナウイルスの流行です。
コロナ禍によって世界的な半導体不足に陥り、アメリカの基幹産業でもある自動車の製造がストップしてしまい、アメリカは大慌てで半導体の製造能力を拡大するはめになりました。
実際、2021年に発足したバイデン政権は、アメリカの半導体製造能力を押し上げるために520億ドルもの補助金を支出しています。
TSMCが日本につくる新工場が最新型ではない理由
上記でも解説しましたが、TSMCは日本に半導体工場を新たに建設することを決定しました。
工事が始まるのは2022年で、稼働するのは2024年からとなっているため、現在の半導体不足を解決する即戦力とはなりませんが、半導体需要の高まりに合わせて大いに期待されています。
ここで注目するべきポイントは、「TSMCが日本につくる新工場は最新型ではない」というところです。なぜ、新たに建設するにも関わらず最新型の工場をつくらないのでしょうか?
ここでは、その理由について見ていきましょう。
新工場で製造するのは10年前の半導体?
新工場で製造が予定されているのは、22~28nmプロセスの「ロジック半導体」と呼ばれているものです。
ここで先程の話を思い出して頂きたいのですが、アメリカがTSMCを誘致した理由の1つは「最先端の微細化技術を手に入れるため」でした。
そして現在、世界で最も微細化技術が進んでいるTSMCで実用化されているのは5nmプロセスであり、さらに2022年にはTSMCは3nmプロセス、さらには2nmプロセスの開発・量産を目指しているのです。
しかし、日本に新たに建設されるTSMCの工場で製造される半導体のサイズは、「22~28nmプロセス」です。このサイズが最先端だった時代はおよそ10年前、これに必要な技術は何世代も前に確立されたものなのです。
なぜ、新工場で10年前の半導体を製造するのか
現在生じている世界的な半導体不足は「5nmプロセスなどの最先端の半導体が不足している」というイメージがあるかもしれませんが、実際はそれ以外の半導体も足りていません。
つまり、10年前の技術で製造される半導体もまた不足しているのです。半導体不足で自動車の製造が進まない問題が生じていますが、自動車に必要な半導体は最先端ではありません。
最先端の半導体をハイブランドの「ルイ・ヴィトン」だとすれば、10年前の技術で作られる半導体は普段着として使える「ユニクロ」といったところでしょうか。ハイブランドの服だけでは生活できないように、半導体も最先端のものだけでは成り立たないのです。
TSMCは何がすごい?
ここまで、TSMCについてアメリカと日本をまたいでそれぞれの事情について見てきました。ここからは、TSMCがなぜ世界最大手の半導体受託生産会社になれたのか、その理由についてみていきましょう。
TSMCは「バケモノ」のような企業
TSMCとは「Taiwan Semiconductor Manufacturing Company」の頭文字をとった社名で、「台湾積体電路製造」とも呼ばれています。台湾で創業され、世界の半導体受託生産の半分以上を占める「バケモノ」のような企業です。
時価総額はおよそ63兆円で世界で9番目に価値ある企業となっており、半導体を手掛けるインテルやサムスン電子よりも上に位置しています。日本企業のなかで時価総額トップのトヨタがおよそ23兆円であるため、トヨタの2倍以上の時価総額といえば、この凄さがわかりやすいでしょうか。
2021年8月にTSMCは製品の値上げをすると、世界中にその影響が及ぶほどの存在感となっています。なぜなら、最先端技術を用いた半導体の製造技術と供給力をもつTSMCは、半導体の価格決定力があるからです。
TSMCの強みとは?
このようにTSMCはまさに「バケモノ」のような企業なのですが、この恐ろしいまでの時価総額を支える強みとはどこにあるのでしょうか? ここでは下記の3つにわけてみていきましょう。
世界最高水準の技術力
世界とつながるネットワーク
40%もの営業利益率を誇る収益性の高いビジネスモデル
それでは1つずつ解説していきます。
TSMCの強み① 世界最高水準の技術力
従来では、製造工程のみを請け負うTSMCのようなファウンドリーは、ただの下請け企業のような見られ方をされていましたが、世界のトップクラスのファブレス企業の製造を請け負い続けてきたことで、世界最高水準の製造技術の蓄積に成功したのです。
これにより、高度な技術を要する半導体が必要なメーカーは、TSMCに頼らざるを得なくなります。TSMCの顧客は工場を持っていないファブレス企業ですが、その顧客よりもTSMCのほうが立場が強い状況になりつつあるのです。
実際、現時点で5nmプロセスの半導体の量産を可能にしているのは、世界でもTSMCだけであり、最先端のハイテクデバイスを製造するにはTSMCの協力が欠かせません。
TSMCがなければiPhoneはつくれない?
このように、TSMCの協力が欠かせない現在、TSMCがいなければ私達に身近なあの製品すらつくれない可能性があるのです。その製品とは、「iPhone」です。
AppleはTSMCにとって最も大きな顧客であり、2021年に製造される5nmプロセスの半導体の50%以上がAppleに出荷されていることがわかっています。
さらに、Appleなどの既存顧客への対応だけで精一杯となっており、半導体不足によって増える需要に対応する余裕はないと伝えられています。
TSMCの強み② 世界とつながるネットワーク
もう一つのTSMCの強みは、世界中の半導体企業とつながるネットワークです。
TSMCに半導体の製造を委託する会社は世界でおよそ500社に上り、TSMCはこれらの会社からの依頼を受けながら、世界の需要を把握できます。TSMCは市場で調査などをせずとも、工場にいながら市場の流れを分析できるポジションにいるのです。
このポジション自体がTSMCの大きな強みとなっています。
TSMCの強み③ 40%もの営業利益率を誇る収益性の高いビジネスモデル
TSMCが発表した2021年7-9月期の決算では、売上高は前年同期と比較して16%増のおよそ4,000億台湾ドル、営業利益は14%増えておよそ1,700億台湾ドルとなりました。第3四半期の売上高営業利益率は41.24%となっています。
この秘密は、やはり上記で解説したような高水準な技術にあると考えられます。TSMCの主力顧客は、Appleを始めとするクアルコムやNVIDIAなどのアメリカのファブレスメーカーです。
さらにTSMCは最先端の技術開発だけをするのではなく、品質や出荷量においても安定しているため、どのメーカーも「TSMCなら対応してくれる」という信頼感が生まれ、TSMCに注文が殺到しているのです。これにより、TSMCの価格決定力は毎年強くなっています。
TSMCの生みの親、モリス・チャン
TSMCの生みの親はモリス・チャン(張忠謀)という人物です。
モリス・チャンは1931年に中国で生まれ、戦乱から逃げるために1948年に家族とともに香港に移住します。その後、1949年にハーバード大学に入学し、1958年以降はテキサス・インスルツメンツで働き、IBMのコンピュータ部品の製造にあたりました。
1985年、台湾政府に招聘されたモリスは官民資本によってつくられた工業技術研究員の院長になります。台湾は当時、ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれていた時代に世界の半導体製造シェアの半分以上を占めていた日本のように、半導体産業を盛り上げたいと考えていたのです。
ファウンドリーというビジネスモデルを思いつく
TSMCはファウンドリーというビジネスモデルですが、そもそもこの半導体を受託生産するというビジネスモデルを考え出したのは、モリス・チャンなのです。
彼は、日本のように半導体産業を盛り上げたいと考えていましたが、当時台湾には半導体を設計できる技術がなかったため、「他社が設計した半導体を製造する業務だけを担う」というファウンドリーという企業スタイルに行き着きました。
当時としてはまだ誰もやっていなかったことなので、このような発想に投資してくれる企業はなく、日本の半導体企業を含めて、あらゆる企業に出資を断られています。
そのなかで唯一賛同してくれたオランダのフィリップスによってTSMCは設立されたのです。
まとめ
ここまで、半導体を製造する半導体ファウンドリー・TSMCについて、その凄さや現状を解説しました。
IT技術の進化と普及に伴い、半導体の需要はどんどん高まっており、またその進化にも期待が注がれています。
特に、新型コロナウイルスの流行は電子機器が必要とされるシーンがより増えたこともあり、需要が供給量を上回っている状態です。
そんな中でトップシェアを誇るTSMCは、その時価総額からも分かるように、世界レベルのトップ企業と言えるでしょう。
日本に工場の新設も決定しており、今後さらに話題に挙がるシーンが増えると考えられるので、しっかりチェックしておきましょう。