<社説>石破新政権発足 論戦なき解散認められぬ(北海道新聞 2024年10月2日 4:00)
国会はきのう自民党の石破茂総裁を新首相に選出した。
石破首相は新内閣発足の後、就任の記者会見で衆院を9日に解散し、総選挙を15日公示、27日投開票の日程で行うと正式表明した。
政権発足の勢いを駆って「ご祝儀相場」の支持があるうちに、できるだけ早く解散に持ち込むのが有利と判断したのだろう。そうであれば党利党略と言わざるを得ない。
首相は総裁選で、衆院選前に一問一答の予算委員会などで論戦を行う必要性を訴えていたはずだ。これでは有権者に十分な判断材料を示すことは難しい。
党人事や組閣でも長老や解散したはずの旧派閥に配慮する姿勢が目立つ。裏金事件や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への対応はうやむやなままだ。
首相への期待はこれまで「党内野党」として執行部への批判もいとわない改革姿勢にあった。ところが、総裁選後に見えてきたのは旧態依然とした自民党型政治や自己保身ばかりだ。
首相は議会制民主主義を軽視した性急な解散を思いとどまり、国会で腰を落ち着けて議論すべきである。
内向きの姿勢際立つ
党の新執行部の要は森山裕幹事長だ。菅義偉元首相や公明党などのほか、首相が対立してきた麻生太郎元首相とも良好な関係を保つ。党内基盤が弱い首相は、森山氏の幅広い人脈や調整能力に期待したのだろう。
重要な解散時期の判断についても、森山氏の進言を受け入れたとされる。首相の決断力に早くも疑問符がついた形だ。
首相は、麻生氏を党の最高顧問に迎え、副総裁には菅氏が就任した。林芳正官房長官を続投させ、岸田文雄政権からの継続性を強調した。
総裁選で決選投票を争った高市早苗氏には総務会長を打診して断られた。実力者に配慮した「挙党体制」で、政権を安定させたい狙いなのだろう。第2次安倍晋三政権を支えた権力構図がそのまま残りかねない。
内閣の顔ぶれは論功行賞の印象が強い起用も多く、女性は2人と少ない。内向きの姿勢ばかりが際立ち、何を目指す内閣だと国民に訴えたいのか見えてこない。首相は会見で「納得と共感の内閣」と強調したが、独自色は乏しいと言うほかない。
変節ぶりが目に余る
首相は総裁選で早期解散を明言した小泉進次郎氏に対し「なってもいない者が言及すべきではない」「世界情勢がどうなるか分からないのにすぐ解散するという言い方はしない」などと批判的な姿勢を示してきた。
にもかかわらず、舌の根も乾かぬうちに言動を翻したのは変節との批判を免れない。
しかも衆院選の日程は首相就任の前日に発表している。まさに「なってもいない者」による異例の表明ではないか。
首相は総裁選を通じ「誠実」「謙虚」などの言葉を繰り返してきた。スローガンとして「ルールを守る」を掲げていた。
その言葉が空虚に響く。
有権者の審判を経ずに就任した首相がいずれかの段階で信を問わねばならないのは当然のことだが、今回の決定はあまりにも拙速だ。
地震後に記録的な豪雨被害に見舞われた能登半島の自治体は、復旧作業と同時に選挙事務を早急にこなさなければならず、混乱するのは必至だろう。
アジア版の北大西洋条約機構(NATO)構築や核兵器を日本で運用する「核共有」の検討など、外交・安全保障の政策は突出しており、極めて危うい。
総裁選で公言した選択的夫婦別姓の導入や金融所得課税の強化など、実現の見通しをたださなければならない課題も多い。
衆参両院の代表質問と党首討論だけでは不十分であり、予算委の議論は欠かせない。
疑惑解明も後退した
首相の対応のぶれは最大の焦点である裏金問題でも際立つ。
総裁選の出馬会見の際に言及した裏金議員の選挙での非公認の可能性については「党の選対本部で適切に議論し判断する」などとトーンダウンした。
裏金事件の再調査の必要性についても「知識を持たないまま軽々なことを申し上げない」とかわしている。
裏金はその実態が分からないことだらけだからこそ、再調査が必要なのだ。そこで足踏みをするようでは、政治不信は強まる一方だろう。
旧統一教会を巡る問題も構図は同じだ。
2013年に当時首相だった安倍氏が教団の会長らと自民党本部で面談したとされる疑惑が写真付きで報じられたことについて、首相は「写真が出たからどうのこうのということにはならない」と再調査を拒否した。
こうしたのれんに腕押しの対応は、退陣に追い込まれた岸田氏と何ら変わらない。
首相は本当に政治に対する国民の信頼を取り戻すつもりがあるのか、疑わざるを得ない。