加谷珪一
もう元には戻れない日本経済…崩壊したコロナ以前の「前提」と、来るべき未来の姿とは?(Newsweek 2023年05月10日(水)19時06分)
<コロナをきっかけに基本構造が大きく様変わりした日本経済が、これから目指すべき「新しい資本主義」の姿を探る>
コロナ危機を経て、日本の資本主義が大きく変わろうとしている。経済の基本構造が変われば、個人の生活も変わらざるを得ない。日本経済はどこに向かおうとしているのだろうか。
このところ人手不足が極めて深刻な状況となっている。コロナをきっかけに高齢者の退職が進んだことに加え、ビジネス環境の変化によって、若年層が条件の悪い仕事を強く忌避するようになったことが原因である。
これまでの日本はブラック労働が当たり前であり、低賃金でいくらでも労働者を雇えるというのが企業にとっての常識だった。以前から人手不足の問題は指摘されていたものの、高齢者の就業率上昇と外国人労働者の受け入れによって何とかしのいできたのが現実である。
だが、日本人労働者の意識が大きく変わったことや、一気に進んだ円安によって日本人の相対的な賃金が低下したことで、外国人を安易に雇う仕組みが事実上、崩壊し、低賃金で外国人を酷使することが難しくなった。日本の企業社会における従来の常識はまったく通用しなくなったといってよいだろう。
法律の存在は先進諸外国と同水準なのに……
国民からの切実な声を受け、政府のスタンスも変化している。日本には労働基準法や下請法、独占禁止法など、先進諸外国と同水準の労働者や零細企業を保護する法体系が存在していたが、企業の論理を優先するとの観点から、法の執行は事実上、抑制されてきた。
ところが、公正取引委員会が相次いで下請けたたきの指導に乗り出したり、残業時間を制限する法改正が相次ぐなど、労働者保護、零細企業保護を強化する動きが活発になっている。
また、各国から奴隷制度と批判され、日本の恥とも言われた技能実習制度の見直しが決まったり、春闘において経済界に対して強く賃上げ要請するなど、政府による企業活動への介入が強まっている。
一方で、コロナ危機以降、日本でもいよいよインフレが深刻化しており、消費者の生活水準はさらに低下している。とりわけ不動産価格の大幅な上昇が続き、首都圏の新築マンションの平均価格が単月で1億円を突破するなど、もはや庶民では新築マンションを購入するのはほぼ不可能となりつつある。
薄利多売ビジネスが維持できた要因
これまでの日本社会は、労働者に対して低賃金、長時間労働という滅私奉公を要求する代わりに、物価が安く、ギリギリで持ち家を買える環境を提供するという、ある種の契約関係で成り立ってきた。これらは薄利多売の従来型ビジネスを維持することと表裏一体であり、ある意味で全員が共犯者となり、変化を拒む要因になっていたと見なすことができる。
だが世界経済は日本の事情とは関係なく成長を続けており、変化を拒絶したことで日本社会は急激に貧しくなった。一連の出来事は、個別要因で発生しているように見えるが、全ては水面下でつながっている。無理を重ねて現状維持を続けた社会が、コロナという感染症をきっかけに持ちこたえられなくなっているのだ。
このまま何も手を打たなければ、変化に適応できた一部の層とできなかった層に二極分化することは目に見えている。低付加価値で規模だけを追う従来型の資本主義から、高付加価値で質を追う新しい資本主義への転換が必要であり、これこそが岸田政権が目指す「新しい資本主義」ではないだろうか。