ロシアのプーチン大統領が国民に演説 予備兵など部分的動員を発表(2022年9月21日)
中村逸郎教授 ロシアの部分動員令発令の影響「今度はロシア国内でプーチンを敵にする市民が出て来た」
中村逸郎教授 ロシアの部分動員令発令の影響「今度はロシア国内でプーチンを敵にする市民が出て来た」(スポニチ 2022年9月23日 15:21)
ロシア政治を専門とする筑波学院大・中村逸郎教授が23日、フジテレビの情報番組「めざまし8(エイト)」(月~金曜前8・00)に出演。ロシアのプーチン大統領が21日に、ウクライナでの軍事作戦の劣勢挽回を図る部分動員令を出したことを受け、侵攻や動員令に抗議するデモがロシア各地で行われたことに言及した。
予備役の招集は既に開始されている。プーチン氏は反戦機運の高まりを懸念して総動員は避け、30万人規模の予備役を対象とする部分動員令としたが、市民は「無益な戦争」(予備役の男性)に動員される恐怖を口にし、国外脱出の片道航空券が売り切れる事態も起きている。
中村氏は「これまでプーチン大統領は、ウクライナだとか欧米を相手にして戦争、軍事作戦を展開してきたんですけども、今度はロシア国内でプーチンを敵にする市民が出て来たということで、これもプーチン大統領にとっては誤算の一つになってきているなということです」と指摘した。
「部分的動員」という賭けに出たプーチンの苦渋 米欧はロシアの核使用示唆に強力な報復を警告
「部分的動員」という賭けに出たプーチンの苦渋 米欧はロシアの核使用示唆に強力な報復を警告(東洋経済ONLINE 2022/09/23 4:30)
吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長
プーチン大統領が2022年9月21日、ついに「部分的動員」という大きな賭けに出た。兵力不足が露呈したロシア軍がウクライナ軍の巧妙な反攻作戦で崖っぷちに追い込まれた中、30万人規模の予備役投入で戦局の好転を図った苦肉の策だ。
しかし、予備役の戦線投入は早くて数カ月先とみられ、戦況をただちに有利に転換する可能性は低い。おまけにこれまで「戦争は支持するが、従軍はお断り」と考えてきたノンポリのロシア国民の間で、「プーチン離れ」が進む兆候もすでに出始めている。今回の決定がプーチン氏にとって逆噴射する可能性もある。
ためらいがちな「部分的動員」発令
今回のプーチン氏の決定は、「ためらい」の色が濃いものだった。当初前日の2022年9月20日夜に行われると言われていた国民向けの声明は延期され、モスクワ時間の同21日朝にテレビ放送された。もともと大統領は、政権内で「戦争党」とも呼ばれる強硬派や民族派が求めていた国民総動員には消極的だった。クレムリンが独自に秘密裡に行う世論調査で否定的な意見が強かったからだ。
しかし、東北部ハルキウ(ハリコフ)州の要衝イジュムがウクライナ軍の奇襲によってあっという間に陥落するなど日々悪化する戦局に対し、クレムリン内では何らかの手を打つべきとの圧力が高まった。一方で大統領の個人的友人でもある新興財閥の中では「平和党」と呼ばれるグループがいて、総動員に反対していた。
このままでは政権内に大きな亀裂が走ることを恐れたプーチン氏は結局、両派の主張の間をとった妥協策として今回の部分的動員になったとみられる。
「戦争党」には政権ナンバー2のパトルシェフ安全保障会議書記やメドベージェフ前大統領、ウォロジン下院議長など大物政治家が揃っている。平和党と比べ、政治的権力は圧倒的に強い。今回の決定でプーチン氏は政権内でのガス抜きを図ったと言えよう。
しかし、実際の戦局を好転させるだけの結果を出せるかとなると疑問が残る。30万人の予備役招集は発表当日から有効とされたが、いくら軍務経験者といってもこれから訓練をし、装備・軍服を配備し戦線に送れるようになるには今後数カ月かかるとの見方が一般的だ。現在ウクライナに派兵されているロシア軍は20万人以下とみられ、それから比べると30万人という規模はかなりのものだ。
一方でウクライナ軍は、2022年末から2023年初めにかけての冬季期間中でのロシア軍への決定的勝利を目指して反攻作戦を急いでおり、ロシア側の動員が間に合わない可能性もある。おまけにロシア軍の東部・南部での士気低下や指揮系統のマヒは隠しようもないほどだ。予備役が配備されても一度壊れた態勢が回復するとはとても思えない。
現在ウクライナ軍は現在ドネツク州陥落に力点を置いており、隣のルハンシク(ルガンスク)州にはもはや重点を置いていない。ロシア軍の士気があまりに低いからだ。ドネツク州でロシア軍部隊は要衝のバフムトへの攻撃を続けているが、ウクライナ側は「無駄な攻撃」と嘲笑している。軍事的に攻略が不可能なためだ。
しかしプーチン氏はドネツク州の早期の全面的制圧を軍に厳命しており、ロシア軍の現地司令官は「不可能であることをプーチン氏に報告できずに惰性で攻撃しているだけ」とウクライナ側はみている。さらに、ミサイルなどの主力兵器の不足も決定的だ。兵力だけ増やしても戦死者を増やすだけとの批判がウクライナ側からも出ている。
部分動員が国内政治にもたらすリスク
今回の部分動員の発表と合わせ、プーチン氏はロシアへの編入を問う「住民投票」がウクライナ東部や南部の計4州で2022年9月23日から27日までの日程で実施されることを初めて認めた。編入支持が「圧倒的多数」で承認されることは確実で、プーチン氏は新たな領土拡大という戦果を誇示する狙いだろう。
しかし、部分動員という折衷的措置であっても、より広い層の国民を戦場に駆り出すことになる今回の決定は、プーチン氏にとって国内政治的にも大きなリスクをもたらした。多くのロシア国民、とくにモスクワやサンクトペテルブルクといった大都市の住民の多くは、自分たちが戦場に送られない限りにおいて、侵攻を支持するという消極的支持派だからだ。
プーチン政権の内部事情に精通する元クレムリンのスピーチライターで政治評論家のアッバス・ガリャモフ氏は「プーチン氏が国民との社会契約を破った」と指摘する。つまり、社会契約とは「プーチン政権はこれまで志願兵の募集を地方中心で行って、都市部住民にはほとんど触らずに来た。彼らには快適な生活を保障する代わりに、戦争への支持を集めてきた」ことだと説明する。
戦争中も都市部の住民は旅行したり、通常とほぼ変わらぬ生活を謳歌している。この平和な生活が破られることで、今後国民の間で政権への抗議の機運が広がる可能性も出てきた。同時に既にモスクワなどでは招集される前に国外に脱出を図るパニック的動きが出ている。
一方でウクライナ側としては、ロシア軍の追加派兵によって早期勝利への青写真が狂うことを警戒している。今後米欧に追加の軍事支援を求めることになるだろう。
同時に、ウクライナは巧妙な戦略を別途に検討し始めている。それは、前線のロシア将兵に対し、投降と同時にウクライナへの亡命を呼び掛ける作戦だ。戦線ではすでに投降の動きが出始めている。これを受け、ロシア議会では投降を処罰する法が制定された。
このため、ウクライナ軍はロシア兵に対し、プーチン体制がなくなり、徴兵も投降への処罰もなくなるまでウクライナに留まることを許す方針だ。戦死や投獄よりマシと考えるロシア兵が出てくる可能性はある。
米欧はプーチン執務室への報復も示唆
今回、国際的に衝撃をもたらしたプーチン氏による核兵器使用の警告について、アメリカをはじめとする西側は警戒しつつも、ロシアに対し、水面下で強く警告している。軍事筋によると、2022年3月の段階で米欧は核をウクライナに使用した場合、ロシア軍核部隊のみならず、「使用を決定した場所」、つまりプーチン氏の執務場所も核で報復攻撃するという警告をバックチャンネルを通してしている。今回のプーチン発言後も同様の警告をしたとみられる。
それでもプーチン氏が核使用に踏み切る可能性があるのか否か。それは本人にしかわからない。しかし、通常戦で苦境にあるクレムリンが核の脅しで米欧やウクライナを威嚇し、自国に有利な形での交渉開始を迫る戦略の可能性が高いと筆者はみる。国際社会は冷静に行動すべきだ。
◇
吉田 成之(よしだ しげゆき)
新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長
1953年、東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。1986年から1年間、サンクトペテルブルク大学に留学。1988~92年まで共同通信モスクワ支局。その後ワシントン支局を経て、1998年から2002年までモスクワ支局長。外信部長、共同通信常務理事などを経て現職。最初のモスクワ勤務でソ連崩壊に立ち会う。ワシントンでは米朝の核交渉を取材。2回目のモスクワではプーチン大統領誕生を取材。この間、「ソ連が計画経済制度を停止」「戦略核削減交渉(START)で米ソが基本合意」「ソ連が大統領制導入へ」「米が弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの脱退方針をロシアに表明」などの国際的スクープを書いた。