安倍元首相銃撃事件、罪心理学者はどう見る

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安倍元首相銃撃「過去の事件と同じ系譜」 犯罪心理学者の桐生氏

「過去の事件と同じ系譜」 犯罪心理学者の桐生氏―安倍元首相銃撃(JIJI.COM 2022年07月18日07時12分)

安倍晋三元首相銃撃事件で、逮捕された無職山上徹也容疑者(41)は「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)のトップを狙ったが実行に移せず、関係が深い安倍氏を標的にした」と供述した。東洋大の桐生正幸教授(犯罪心理学)は、昨年12月の大阪市クリニック放火殺人など近年の大量殺人事件を挙げ、「個人的な恨みの解消を理由にしている点で同じ系譜だ」と指摘する。

桐生氏は、山上容疑者が安倍氏と旧統一教会を短絡的に結び付けている点に着目。「大阪の事件はクリニック全体を自身の問題解決の象徴と見なしていた。今回の事件も安倍氏を個人ではなく象徴と捉えている」と共通点を挙げる。

その上で、インターネットの偏った情報によって本人のゆがんだ認知が強化された可能性を指摘。2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件では、被告がネット検索で京アニが自分の作品を盗作したと思い込んだことが事件につながったとの見方を示し、今回の事件でも「本人が検索するほど、安倍氏と宗教の結び付きを強化させるような情報だけが目に飛び込んできたのだろう」と推測する。

桐生氏は京アニ事件など個人的な問題解決のために起きた近年の無差別殺傷事件を「日本型ローンウルフ(一匹オオカミ)テロ」と定義する。欧米の「ローンウルフ型テロ」は差別に苦しむイスラム系移民らが単独で実行するのに対し、日本型には政治、思想的な意味合いがなく幼稚な点に特徴があるという。桐生氏はこうした事件への対策として、「まずは動機面に着目し、捜査機関が近年起きた大量殺人のデータを集め、犯罪傾向を見ることだ」と語る。

こうした凶悪犯罪に備えるため、例えば電車内で凶器を持った人が現れた際に乗客がどう対応すべきかなどを学ぶ「防犯訓練」を防災訓練と一緒に実施することを提案する。桐生氏は「パニックにならず、被害を抑えるために対策を練ることが重要。事件を人ごとではなく自分自身の問題として考えることが大切だ」と強調した。

理不尽、無差別襲撃に「5つの動機」

理不尽、無差別襲撃に「5つの動機」 池田小で受け継がれる教訓とは【時事ドットコム取材班】(JIJI.COM 2022年7月18日)

多数の人を無差別に狙った襲撃事件が相次いでいる。「人生がうまくいかない」「死刑になりたい」。自分の境遇に絶望し、破滅を望んで事件を起こしたケースも多いとみられるが、こうした他人を道連れにしようとする行為は「拡大自殺」とも呼ばれる。理不尽な事件を未然に防ぐため、また、被害を避けるためにできることはあるのだろうか。

動機に「5つのパターン」

無差別殺傷事件を起こした人物の境遇や動機について、共通点を探った研究報告がある。2000~2010年に判決が確定した52人を対象に、法務総合研究所が犯行実態や背景をまとめた「無差別殺傷事犯に関する研究」だ。

研究によると、無差別事件を起こした52人のうち、犯行時の月収が20万円を超えていたのは3人しかおらず、40人(約77%)が無収入、もしくは10万円以下だった。同居する結婚相手や異性の交際相手がいたのは2人だけで、犯行時に「親密」または「普通」の友人がいたのも10人(約19%)にとどまるなど、「社会的に孤立して困窮型の生活を送っていた人物」が多いーとの傾向がうかがえたという。

また、犯行前に「自殺」を試みていたケースは約44%に上り、52事件全てが「単独犯」という共通点も見られた。

動機は ①自分の境遇への不満(22人)②親や上司など特定の人への不満(10人)③社会生活に行き詰まり、刑務所に逃れるため(9人)④自殺の踏ん切りをつけるため・死刑にしてもらうため(6人)⑤殺人に対する興味や欲求を満たすため(5人)の順に多く、➀~⑤のいずれか複数が合わさっていたり、動機不明だったりするケースもあった。

格差への「復讐」

立正大で犯罪学を研究する小宮信夫教授は、こうした無差別事件が起こるメカニズムについて、「たとえお金や仕事がなくても、友人や恋人、家族といった大切な人がいれば、犯罪を思いとどまるブレーキになる。そうした社会とつながる糸が1本、1本切れていき、本人にとって事件を起こすメリットがデメリットを上回ってしまうと、無差別犯罪に逃げることがある」と解説。「自分はもう失うものがない負け組だ」と思い込んだ人物が、命と引き換えに「勝ち組」や格差社会そのものに復讐しようとする側面もあり、「勝ち組と負け組の格差が広がるほど模倣され、連鎖する」と語る。

「勝ち組」や「社会」は攻撃対象としては漠然としているため、代わりに「なりたかった自分」を象徴する嫉妬やあこがれの対象が標的になることもある。36人が犠牲になった京都アニメーション放火事件や、東大前で発生した受験生襲撃事件を例に挙げた小宮教授は「こうした事件も『標的の置き換え』で説明できる」と言う。

孤立や貧困、自殺願望といった特徴に当てはまる人が直ちに無差別殺傷事件を引き起こすわけではないと強調しつつ、「遠回りなようだが、こうした社会問題を解消することが無差別殺傷を抑止する一番の近道なのではないか」と続けた。

素早い共有で被害ゼロに

では、無差別事件に巻き込まれそうになったとき、被害を最小限に食い止めるためにはどうしたらいいのだろうか。手掛かりになりそうなのが、2021年11月に宮城県登米市の「豊里こども園」で起きた刃物男侵入事件だ。無職の男が園の柵を乗り越え、刃渡り12センチの刃物で職員に切り掛かったが、職員4人が連携して素手で取り押さえ、けが人は出なかった。逮捕された男は「子どもを殺す目的で侵入した。2人以上殺して死刑になるつもりだった」と供述した。

事件当日、園の周辺をうろつく男を発見した職員らは、アイコンタクトや身ぶり手ぶりで不審者が現れたことを共有。すぐに「雨が降りそうだから中に入ろうか」と言って、庭で遊んでいた園児約70人を建物内に誘導した。

園では、不審者が現れた場所を知らせる「いかのおすしが〇〇に届きました」という合言葉を決めるなど、普段から防犯訓練を徹底しており、男が柵を乗り越えたときには大半の園児が建物内に避難済みだったという。

このケースでは、➀緊急事態に備えた園のマニュアル通りに短時間で園児を避難させたこと➁不審者情報を素早く共有し、複数人で立ち向かえたことーなどが功を奏したと言えそうだ。園のマニュアルは「犯人と対峙しない」ことを前提としており、さすまたや防犯スプレーを備えていなかったが、立ち向かった男性保育士らは「逃げてしまったら子どもたちに危害が及ぶと思った」と振り返っている。

池田小で続く「実戦訓練」

2001年に通用門から侵入した男に児童8人が刺殺されるなどした大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)は「学校安全の手引き」と題された危機管理マニュアルをウェブ上で公開し、改訂を重ねている。

「我々教職員は、できるだけのことを精一杯やった。しかし、『冷静に判断し最善のことができたのか』という問いに対しては、できなかったのが現実」 「児童の安全を守るのは建物や設備、機器ではなく、そこにいる人間なのである」ー。こうした前文から始まるマニュアルには、事件当時の痛切な後悔と教訓が書き連ねられている。

「開かれた学校」を目指し、門を開放していたこと。すぐ運動場に遊びに行けるようにと、教室に自由に出入りできる構造だった校舎。犯人とすれ違った教員が、不審者と認識できなかったこと。警察や消防への通報に時間がかかり、組織的な避難誘導や救命活動ができなかったこと。さまざまな反省を踏まえ、「顔写真付きIDカードのチェックを徹底する」「1m定規を教室の出入り口近くに常に置いておく」などと、具体的な対策が盛り込まれた。

襲撃した男=死刑執行=が公判で「門が閉まっていたら、乗り越えてまでやっていない」と発言したことなどを踏まえ、池田小は正門に警備員を常駐させ、フェンスには赤外線警報装置、校内には約300の非常ボタンを設置した。年5回の防犯訓練は、不審者役の侵入経路や居場所を教職員に伝えずに開始するなど、徹底して「実戦」を想定して実施している。

「実際に緊急事態を想定して動き、自分たちで何ができるのか、何ができないのかを肌で感じ取ることが大事だ」。こう話す真田巧校長は、現在の池田小で唯一、事件を直接知る教員だ。年15時間の「安全科」の授業を実施し、災害や交通安全など、さまざまな身の回りの危険について児童と考える機会を作っているという。

真田校長は「学校の安全は、何か特別なことを一つやれば保障されるというものではない。職員全員が児童一人ひとりの命を預かっているという共通認識を持ち、小さな気づきと改善を一つ一つ積み重ねていくしかない」と語った。

近年、犯罪者の動機や背景の分析だけでなく、犯罪の機会そのものをなくすことで事件を防止する「犯罪機会論」が注目されている。池田小事件でいえば、門を開放していたことや、侵入者に気付きにくい施設構造を見直すことで、犯罪を防ごうという考え方だ。犯人と対峙(たいじ)する「マン・ツー・マン」でのディフェンス状態に陥らないよう、まずは犯罪のチャンスを生まない環境を作る「ゾーン」のディフェンスを重視して対策を進めるべきだ。

自分の破滅を恐れない「自爆テロ型」の事件から一般人が身を守るのは至難の業で、基本的には銃を持った警察官にしか制圧できない。「マン・ツー・マン」での抑止を推し進めるなら、究極的には米国のような銃社会が理想ということになってしまう。現在は、緊張すると皮膚に現れる微振動をカメラで検出し、群衆の中から犯罪リスクの高い人物を検知する技術が確立されている。こうした手法を試験的に導入し、実際の犯罪抑止効果を検証していくことも必要ではないか。

豊里こども園の例からも分かるように、リスクマネジメントの基本は「最悪に備えて行動する」ということ。社会に格差がある限り、無差別事件はいつ起きてもおかしくない。不特定多数の人が集まる施設や電車内では、事件やトラブルの発生をすぐに察知し、対応できるような心構えをすることが大切だ。(2022年1月30日掲載)