ロシアのプーチン大統領とはどんな人物なのか。軍事ジャーナリストの黒井文太郎さんは「21世紀最悪の大虐殺者となることは間違いない。すでに直接的には約7万人、間接的な殺人幇助も含めると30万人の犠牲者が出ている。そのなかにはロシアの民間人も含まれる」という――。
※本稿は、黒井文太郎『プーチンの正体』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
万単位の規模で民間人が犠牲になったウクライナ
ウクライナ侵攻では、開戦直後から激しい戦闘で凄まじい数の命が奪われた。
2022年4月4日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、それまでのウクライナの民間人の死者は少なくとも1430人。実際には、はるかに多いだろうと発表した。
前日の4月3日には、ロシア軍が撤退したキーウ北方の街ブチャで多くの惨殺死体が発見されている。ブチャ市長はロイター通信に対し「300人以上が殺害された」と証言している。ブチャ以外でも同様の住民殺戮が行われたとの情報もあり、4月5日にはウクライナ当局が「キーウ周辺で410人の民間人遺体を発見」としている。
他方、南部の港湾都市マリウポリはロシア軍に包囲され、連日砲撃を受けてきたが、市当局は3月28日に「死者は約5000人」と発表している。こうした数字がどれだけ正しいかは不明だが、少なくともウクライナで同時点で数千人の民間人が犠牲になっていたことは、間違いない。開戦2カ月後の4月下旬では、残念ながら万単位の死者数になっていると思われる。
また、ロシア軍による犠牲者ということでは、民間人以外にウクライナ軍の犠牲者もいるが、こちらはウクライナ当局が厳重な情報秘匿を徹底しており、何人が死んだのか一切不明である。
ロシア軍の戦死者も2万人に上ると推定される
対するロシア軍の戦死者数も不明だが、3月21日にロシア紙サイトが「約9800人戦死」と報じ「すぐに削除」された。3月24日にはNATO当局者が「ロシア軍の戦死者が7000~1万5000人」としていた。
また、4月21日にはロシアの親政府系メディア「レアドフカ」がロシア国防省のオフレコ会見の内容を誤ってネットに流出させてしまったのだが、それによると正確な数字は統計不可能ながら、わかっているだけでロシア軍の戦死者は1万3000人以上、行方不明者が約7000人とのこと。合わせて2万人近い死者ということになりそうだ。
開戦から2カ月で凄まじい数の戦死者推定だが、ウクライナ軍もやはりかなりの戦死者が出ていることは疑いない。ロシア軍と同じくらいの戦死者が出ていてもおかしくはないのだ。
以上はいずれも、プーチンがこの「恥ずべき侵略」を始めなければ、死なずに済んだ貴い命だ。つまり開戦2カ月ですでにプーチンは、おそらく3万人以上のウクライナ人を殺害したのだ。
首相就任直後から10年間も無差別攻撃を続けた
もっとも、プーチンがこれまでに「殺害してきた人々」はこれだけではない。主な殺人歴を以下に挙げる。
▽第二次チェチェン戦争
プーチンは1999年に首相に就任し、すぐにチェチェンへの侵攻を開始した。その攻撃は一般住民もろとも町村を無差別攻撃するもので、プーチンはそれを10年間も続けた。
この第二次チェチェン戦争での民間人の死者数は、統計した団体ごとにさまざまな推定値がある。4万~5万人という推定が多いが、もっとも少ない推定値は中立的立場の国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」の調査で、民間人の死者が約2万5000人、さらにおそらく死亡したであろう行方不明者が5000人いるとされている。つまり、少なくとも3万人以上の民間人が殺害されたとみていいだろう。
それに加え、チェチェン独立派の兵士も計1万数千人が戦死したとみられる。つまり、プーチンが命令した戦争により、少なくとも4万数千人以上が殺害されたのだ。
国内外で暗殺されたプーチン批判派は100人超
▽モスクワ「自作自演」連続テロ
旧KGBの後継組織である連邦保安庁(FSB)長官だったプーチンは1999年8月9日に首相代行、同月16日に首相に任命されて実権を握るが、そのわずか半月後の8月31日にモスクワ中心部のショッピングモールで爆弾テロが発生。さらに翌9月半ばにかけてモスクワの集合住宅ほかロシア各地で計5回のテロが起き、計295人が殺害された。
のちに内外の勇敢な記者たちの調査により、これらのテロはチェチェン侵攻の口実とするためにプーチンがFSBに命じてやらせた可能性がきわめて高いとされている。つまり自作自演テロで、プーチンはロシア人同胞を含む無関係の民間人295人を殺戮したと考えられるのだ。
▽反対派の暗殺
プーチン政権発足以降、反対派の新興財閥(オリガルヒ)、政治家、記者らの殺害・殺害未遂および不審死があとを絶たない。こうしたプーチン批判派で、ロシア国内で殺害された人数は数十人になる。記者以外の人物、さらにロシア国外にいた人物の殺害まで含めると、おそらく100人を超える人数になるだろう。
また、軍用神経剤「ノビチョク」で暗殺未遂に遭った民主化運動指導者のアレクセイ・ナワリヌイ(2020年)や元情報機関員セルゲイ・スクリパリ(2018年)のように、殺害されないまでも暗殺未遂に遭った人数を含めると、その数はさらに何倍にも膨れ上がるだろう。
ウクライナ侵攻後も続けているシリアへの無差別空爆
▽シリア空爆
2011年3月に始まったシリア紛争で、プーチン政権は反独裁を叫ぶシリア国民を殺戮するアサド政権に圧力をかける国連安保理決議をことごとく拒否権で潰し、アサド政権への軍事支援を続けた。
また、2015年9月からは直接ロシア軍を派遣し、反体制派エリアへの無差別空爆を開始した。ロシア軍は病院、学校、市場、民家を破壊し、民間人多数を殺害し続けた。「ダブルタップ攻撃」といって、同一の地点を時間差で攻撃することにより、1発目の攻撃での被害者を救助するために集まった人々をさらに殺害するということまでやっている。
シリアでのそうした攻撃はウクライナ侵攻後も変わらず続けているが、ロシアは一貫して「テロリストのみ攻撃している」と主張している。ウクライナでやっていることと同じだ。
間接的な殺人幇助で20万人以上の民間人が犠牲に
ロシア軍がシリアで殺戮した民間人の人数は、NGO「シリア人権監視団」(SOHR)によれば少なくとも8700人(2021年6月時点)、NGO「暴力記録センター」(VDC)によれば6900人(2022年2月時点)とのことである。
ちなみにVDCは戦闘員を含めたロシア軍による殺害総数を7360人と統計している。「テロリストのみ攻撃している」と言いながら、実際には民間人ばかり殺害していることになる。
それだけではない。プーチンはこうした直接的な殺人だけでなく、間接的な殺人幇助も行っている。前述したようにロシアが国連安保理決議を葬ったことにより、アサド政権は延命し、多くの民間人を虐殺した。その人数は前出SOHRによれば判明しているだけで13万人以上、不明者はさらに数万人規模という。もう一つの有力なNGO「シリア人権ネットワーク」(SNHR)の統計では、20万人以上に及ぶ。
この膨大な数の民間人犠牲者も、プーチンが殺したといって過言ではない(さらに反体制派兵士も8万人以上を殺害している)
ロシア軍の代わりに紛争国で殺戮を行う民間軍事会社
▽GRU指揮下の民間軍事会社「ワグナー」の暗躍
ロシア軍情報機関GRUが、ロシア軍が表立って行動できないときに、軍のダミーとして使っている民間軍事会社が「ワグナー・グループ」だ。所有者はプーチン側近の政商でクレムリンと直結している。
このワグナーはシリア、ウクライナだけでなく、リビア、中央アフリカ、南スーダン、モザンビーク、マダガスカル、マリなどに派遣されている。ワグナーは汚れ仕事を請け負うことが多く、それらの国でも独裁的な権力者もしくはいずれかの政治勢力の側に参加し、現地の反対派を弾圧する任務に就くことが一般的だ。その過程でおそらくそれなりの人数の現地住民を殺戮しているが、その活動は秘匿されている。
2022年4月5日、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」が「マリで3月末に約300の民間人が、マリ政府軍と外国人戦闘員に殺害された」との報告書を発表した。この外国人はロシア人だったとの目撃証言があり、おそらくワグナーと思われる。
ウクライナ東部では侵攻前にすでに1万人が死亡
▽ドンバス地方侵略
ロシア軍によるウクライナへの不法な侵略行為は、2014年から継続している。最初はクリミア半島に軍を派遣して占領したが、その後ロシアに一方的に併合したと主張している。
さらに、その勢いでウクライナ東部のドンバス地方に非公式に軍および軍情報機関を投入し、地元の親ロシア派を前面に立てて一部を占領した。その後のウクライナ軍との戦いの過程で2022年1月までにすでに約1万4000人が死亡している。これらの犠牲もすべてプーチンに責任がある。
以上のように、2022年2月に開始されたウクライナ侵攻よりずっと以前から、プーチンは数々の殺戮に手を染めてきた。ざっと計算すると、すでに推定で7万人近い殺戮に直接の責任がある。プーチンの事実上の配下のようになっているシリアのアサド大統領による殺戮の責任も加えれば、プーチンはなんと30万人をはるかに超える人々を殺してきた21世紀最悪の大虐殺者といえる。
プーチンは1999年以来、殺戮を続けている。ウクライナ侵攻以前に、すでにヒトラーやスターリン、毛沢東、ポル・ポトといったカテゴリーの人間だったのである。
黒井 文太郎(くろい・ぶんたろう)
軍事ジャーナリスト
1963年生まれ。横浜市立大学卒業。週刊誌編集者、フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ)、『イスラムのテロリスト』『日本の情報機関』(以上、講談社)、『インテリジェンスの極意!』(宝島社)、『本当はすごかった大日本帝国の諜報機関』(扶桑社)他多数。近著に『プーチンの正体』(宝島社新書)がある。