“最強の味方”のはずが…ロケットスタートの高市首相に立ちはだかる「まさかの壁」

トランプ氏との日米首脳会談に臨んだ高市氏 政治・経済

“最強の味方”のはずが…ロケットスタートの高市首相に立ちはだかる「まさかの壁」(DIAMOND online 2025年10月31日 5:00)

清水克彦: 政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授

トランプのハートをわしづかみした高市首相

10月28日午後4時すぎ。アメリカ海軍横須賀基地で、トランプ大統領(79)は、軍関係者を前に、高市早苗首相(64)を、「この女性は勝者だ。私たちはとてもいい友人になった」と持ち上げてみせた。

首相に就任して1週間でトランプ氏との日米首脳会談に臨んだ高市氏。この言葉を引き出せただけで、初の顔合わせは大成功だったと言っていい。

高市氏からすれば、トランプ氏と「ドナルド!」「サナエ!」と呼び合う関係を築くことによって、国際社会に向け、「私は安倍晋三元首相の後継者」であることをアピールできた。

自民党内に向けても、石破茂前首相(68)以上に基盤が弱い高市氏は、トランプ氏を後ろ盾にすることに成功した。

笑顔を絶やさない半面、会談で言うべき点ははっきり言う高市氏の姿勢、それに、アメリカ軍兵士たちの歓声と拍手に右手を何度も突き上げて応える姿は、トランプ氏を2016年の大統領選挙から見続けてきた筆者から見て、「トランプ好み」に映る。

他方、1年後に中間選挙を控え、「日本からカネを引き出した」という実績が欲しいトランプ氏にとっても、高市氏との会談で、関税合意の実行やレアアースの供給に関する文書の調印ができ、ノーベル平和賞に推薦するとまで称えられ、日本のトップ企業との間でも対米投資の確約にこぎつけたことは、ほぼ満点の結果と言えるのではないだろうか。

高市首相の外交姿勢はタカ派色を抑えた「和製メローニ」

トランプ氏との会談を成功させた高市氏は、韓国・慶州で臨んだ日韓首脳会談で、タカ派色を封印し、左寄りの支持層に支えられている李在明大統領(60)との間で、両国の関係を未来志向で安定的に発展させることで一致した。

本稿は、日中首脳会談前に書いているが、ASEAN首脳会合から始まった一連の高市外交で感じたのは、高市氏が、イタリアの首相、ジョルジャ・メローニ氏(48)に似ていることだ。

メローニ氏は、ムッソリーニ精神を受け継ぐネオファシスト系の組織を皮切りに政治の道に入った女性で、2022年、下院選挙で右翼政党「イタリアの同胞(FDI)」を率いて勝利し首相の座に就いた人物である。

しかし、就任するや「極右」のイメージとは異なり、EU諸国と緊密に連携する協調路線を打ち出し、G7諸国の中でイタリアだけが加わっていた中国の巨大経済圏構想「一帯一路」からの離脱まで宣言した。

トランプ氏に対しては、トランプ氏の語調をまねて「西洋を再び偉大にする」と述べ、「偉大な指導者で友人」と一目置かれる存在にまでなった。

メローニ氏の根幹にあるのは、イタリア経済復活のため実利を取る外交姿勢である。それは、東南アジア諸国、日米、日韓と続いた首脳会談で、常に笑顔で友好的な雰囲気を醸し出し、「まず人間関係を構築する」という実利を狙った高市氏と重なる。

高市氏は、「サッチャー・ブルー」と呼ばれる青系のスーツを勝負服として多用し、「和製サッチャー」を目指していることで知られるが、協調と主張を織り交ぜる外交姿勢は「和製メローニ」そのものだ。

ただ、各国との関係をどう深化させていくかはこれからだ。また、メローニ氏のように国内問題で堅実な政権運営、なかでも財政運営ができるかと言えば未知数で、前途には大きな壁が立ちはだかっていると言わざるを得ない。

「ゴジラが来た…」 戦々恐々の財務省職員たち

高市内閣の顔ぶれが明らかになり、旧大蔵省出身の片山さつき氏(66)が財務相に起用された10月21日の夜、筆者に1通のメールが届いた。

送信者は財務省の職員。長文のメールを抜粋すると以下のようになる。

「うち(財務省)の主計局あたりじゃあ、今頃、ゴジラが来たかのような驚きが拡がっているよ。自民党が国民民主党と連立して、玉木雄一郎財務相(56)の誕生を恐れていたのに、もっとやばい。主計官を経験してきた片山さんは財務省の手の内を知り尽くしている」

さまざまなメディアで報道されているように、高市氏は、アベノミクスを彷彿とさせる積極財政論者だ。

その決意の表れが、片山氏の財務相への起用であり、そしてまた、積極財政派で作る議員連盟で会長を務めてきた城内実経済安保相(60)の成長戦略・経済財政相への横すべり人事だった。

前述の財務省職員は続ける。

「経済産業省出身の今井尚哉氏(67)が首相の知恵袋的な内閣官房参与で、政務担当秘書官の1人が、今井氏の後輩で同じ経済産業省出身の飯田祐二氏(62)。これだけでも財務省にとっては腹立たしいのに、高市―片山―城内体制は宣戦布告ですよ」

さらに言えば、外交・安全保障の司令塔である国家安全保障局長に、かつて安倍外交に深く関わった市川恵一氏(60)を、10月10日、石破前内閣が出した駐インドネシア大使の辞令を取り消してまで起用したのは、中国の動きを見据え、何としてでも「防衛3文書」を改定し、防衛力の強化に踏み切るためだ。

このように、強引と思われるような人事でも適任と思えばやってのけるところが高市氏の強みであり、ときにハレーションを引き起こしかねないリスクもはらんでいると感じるのである。

「安倍3.0」最大の壁は後見人の麻生副総裁か

焦点は、この考え抜かれた布陣で、高市氏が「安倍3.0」とも呼ばれる積極財政を推し進め、「強い経済」を取り戻せるのかという点だ。結論を言えば、それほど甘くはない。

「意外や意外、高市氏の後見人で首相誕生の立役者でもある(自民党の)麻生太郎副総裁(85)が壁になるんじゃないの」(旧安倍派・衆議院議員)

振り返れば、麻生氏は2012年12月の第2次安倍内閣誕生以降、菅義偉内閣の2021年10月まで長期にわたり財務相を務めてきた。その間に消費税増税を実現させ、財務省にいい思いをさせてきたほか、菅氏との政争では財務省の力を拠りどころにもしてきた。

そもそも麻生氏は財政再建派だ。財務相時代、記者会見で何度か耳にしたが、「国の借金を増やさず、税収に見合った支出を」が基本的な考え方で、高市氏とは異なる。

加えて、麻生氏が自民党幹事長に押し込んだ鈴木俊一氏(72)は麻生氏の義弟であり、前財務相であることも忘れてはならない。

その麻生氏らが、前述した飯田氏とは別に政務担当秘書官として送り込んだのが、一般的には名前も年齢も知られていない自民党職員の橘高志氏である。

橘氏は、高市氏が政調会長時代、支える役割を担ってきた人物ではあるが、麻生氏が財務省の意向を受けて、高市氏の動きを知るために、首相官邸に送り込んだ連絡役と見ることもできる。

また、高市氏を支える秘書官の1人には、財務省から主計局出身の吉野維一郎氏(56)が送り込まれた。吉野氏は1993年入省組で、国民民主党の玉木氏とは同期。将来の事務次官候補の1人とされる人物である。この吉野氏もまた、高市氏を支えつつも、麻生氏と連携しながら積極財政に歯止めをかける役割を担う可能性が高い。

物価高対策をめぐる高市氏と財務省の暗闘が始まる

外交はうまくこなしても、財源が問題となる政策に関しては、これまで述べてきたような対立の構図が大きな壁となる。改めて整理しておく。

○積極財政派=高市首相、片山財務相、城内経済安保相、今井内閣官房参与、飯田秘書官(政務)
○財政再建派=麻生副総裁、鈴木幹事長、橘秘書官(政務)、吉野秘書官(事務)

両派による暗闘は必至の情勢だが、高市氏の経済ブレーンで元大蔵官僚の経済学者、本田悦朗氏は、筆者の問いに語る。

「財務省が主張するプライマリーバランス(政策経費を税収で賄えているかどうかを示す指標)と我々が主張している話は違う。我々は税収と財政全体、経済成長によるGDPの上振れを見ながら、10兆円程度の財政余力はありますよと高市氏に提言しているんです」

ただ、「ガソリン税と軽油引取税の暫定税率廃止」や麻生氏も賛成する「防衛費の増額」だけならまだしも、「大規模な物価高対策」「年収の壁引き上げ」、それに自公維3党で基本合意した「高校授業料無償化」などは簡単な話ではない。

さらに、自民党と日本維新の会とで合意した「大阪副首都構想」を実現させようとすれば、4兆~8兆円も支出が増えることになる。

トランプ氏と約束した防衛費増額に関しても、GDP比2%(10兆円規模)に増額するとすれば2兆円以上は必要で、今度は野党が黙っていない。

すでに議論が始まっている「金融所得課税」(投資信託、株式、預金などの金融商品から得た所得にかかる税金)の引き上げをはじめ、固定資産税の見直しなど、財源確保のための財務省の巻き返しは避けられそうにない。

麻生氏が目指すのは「1月解散で自民党単独政権」

こうした中、自民党内では、「高市内閣の支持率が60~70%と高い間に衆議院を解散すべき」との声が上がり始めた。

「麻生氏の狙いは、公明党を斬って自民党単独政権を復活させること。解散の時期?維新がどこまで抵抗するかだけど、あるとすれば、来年1月の通常国会前かな」(前述の旧安倍派衆議院議員)

といった声もあるが、そうなれば、物価高対策がおざなりになる。政治もさらに不安定し、高市内閣も短命で終わるリスクが生じる。

高市氏の著書『美しく、強く、成長する国へ。私の「日本経済強靱化計画」』(ワック)には、「国家経営のトップが明確な国家経営理念と強い信念を持ってリーダーシップを発揮し、産学官が連携して本気で取り組めば、克服できることばかり」というフレーズが出てくる。

その言葉どおり、高市氏には、財務省による画策や自民党内からの圧力に負けない、揺るぎのない理念と信念で、「働いて働いて働く」首相であり続けてほしいと願っている。

(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水克彦)