房総の水産業支えた拠点、いまや絶景スポットとして若者に人気 千葉県南房総市「岡本桟橋」(産経新聞 2025/5/12 12:00)
千葉県の房総半島南端に近く、全国有数の漁場として知られる南房総市に、多くの観光客が訪れるフォトスポットがある。大正10(1921)年ごろに整備されたという「岡本桟橋」だ。全国でも珍しい木製の桟橋で、昭和30年代半ばまで漁港としての役目を果たしていた。いまなお当時の面影を残し、幻想的な雰囲気を味わえる絶景スポットとして人気を博している。
漁師や行商人らでにぎわう
春の夕暮れ時、富浦湾にまっすぐ伸びる桟橋で、多くのカップルらがたたずんでいた。手に持つのは釣りざおではない。スマートフォンだ。「本当にきれいな景色だね」「来てよかった」。夕日に照らされ、写真撮影をする一人一人の顔に笑みがこぼれた。
昭和時代は地元で盛んな水産業の拠点だった。桟橋のたもとに設置された岡本共同販売所で、競りが繰り広げられていたと伝わる。漁師のほかにも行商人らが行き交った。銭湯なども立ち並び、にぎわった。
「桟橋は船着き場で、漁船がたくさん停泊した。水揚げされた鮮度の良いアジやサバ、タイが木のかごに入り、リヤカーに積まれた様子や、人がかごをかつぎ、販売所に運ぶ光景をよく覚えている」
地元の岩井富浦漁業協同組合の鈴木直一組合長(77)は、自身の幼少期の桟橋をこう振り返る。「男性も女性も一緒になって手伝い合う、大人たちのたくましさがあった」
桟橋は昭和36年、漁港移転に伴い、お役御免になった。街は様変わりした。
次世代にも引き継ぎたい
現在、桟橋の周辺には閑静な住宅街が広がるが、商店はほとんど見当たらない。昭和のころに見られたかつてのにぎわいは失われた。それでも桟橋は修復を繰り返しながら、台風による大波などの被害も乗り越えて歴史を刻んでいる。
好天の日には遠くに富士山が見えるほどだ。そんな景色の良さが注目され、二宮和也さん主演の映画「アナログ」のロケ地になった。交流サイト(SNS)での投稿も話題となり、2010年代以後は連日、若者らが集まるようになった。
観光地化した桟橋を、地元住民らのボランティアグループが支える。平成27年からは、近くにある浜辺の清掃や植栽の入れ替え、ベンチの設置に取り組む。
その一人、鈴木隆さん(81)は「戦後、自分が子供のころはよくここで相撲を取ったりして遊んだ。景色の良さが注目されることで、投稿者に新たな魅力を引き出してもらい、感動してもらえるのはうれしい」と話す。
かつてはゴミのポイ捨ても散見されたが、「近年は観光客のマナーも相当良くなった」という。「今後もボランティアを続け、美しい桟橋の景色を守りたい。次世代にも引き継ぎたい」と語る。
日没後、桟橋の裸電球が点灯し、橋を優しく照らしていた。薄明(はくめい)の空の下、水平線の先にはうっすらと富士山が見えた。波のさざめきに耳を澄ましながら、昭和を感じさせるノスタルジックな気分に浸ることができた。
(松崎翼、写真も)
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■ガイド 千葉県南房総市富浦町原岡210の1。車の場合は、富津館山道路の富浦ICから約7分。東京都心から2時間程度。駐車場は無料。鉄道の場合は、JR内房線の富浦駅から徒歩約15分。公衆トイレが設置された。近くには、地元の海の幸を味わえる「道の駅とみうら」などがある。
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松崎 翼
東京編集局千葉総局記者
兵庫県出身。平成28年入社。初任地は新潟支局。東京社会部では凶悪事件を扱う警視庁捜査1課などを担当。その後、東京経済部で金融・財政政策担当。令和5年11月から千葉総局。分野を問わず取材