「脱炭素の救世主」電気自動車はなぜ失速したのか フォルクスワーゲンの失速で分かった普及への高い壁(東京新聞 2024年9月14日 12時00分)
次世代自動車の本命と言われる電気自動車(EV)の動向が変調を来している。日米欧の主要各社が意欲的な従来の計画を縮小・撤回するなど、軌道修正が相次いでいるのだ。少し前まで、脱炭素の救世主のようにもてはやされていたが、勢いがあるのは中国勢などごく一部。既存メーカーは苦戦が目立つ。曲がり角に立つEVの現在地と将来図は。(山田祐一郎、森本智之)
フォルクスワーゲン「工場閉鎖」検討の衝撃
今月、独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が同国内の工場閉鎖を検討していることを明らかにし、関係者に衝撃が走った。
「欧州の自動車産業は非常に厳しく、深刻な状況だ。製造拠点としてのドイツは競争力に後れを取っており、断固として行動しなければならない」。オリバー・ブルーメ最高経営責任者(CEO)は声明でVWが置かれた状況をこう説明した。4日に経営陣がウォルフスブルクの本社で従業員に説明すると、従業員側は強く反発したという。
VWの年次報告書によると、グループの全世界での従業員数は約68万人で、このうち約29万人がドイツ国内で雇用されている。閉鎖の検討対象は、同国内に計10カ所ある車両工場と部品工場の各1カ所とされる。国内工場が閉鎖されれば1937年の創業以来初。海外メディアは閉鎖で数千人規模の雇用が失われる可能性があると報じた。
独最大手メーカーが自国工場の閉鎖まで検討する異例の事態。「それだけ経営の根幹が揺らいでいる。経営不振の要因の一つがEVに極端に傾斜した戦略だ。経営陣の責任問題になるのでは」。東海東京インテリジェンス・ラボの杉浦誠司シニアアナリストが言う。
ディーゼル車を重視してきたVWだが、2015年に排ガス規制を逃れる不正が発覚。EVシフトにかじを切り、30年に世界販売の5割をEVにする目標を掲げた。世界最大の自動車市場でEVを推進する中国市場を得意としてきたが、比亜迪(BYD)など新興の中国勢に押され、販売台数は減少している。
ヨーロッパのEV市場も急ブレーキ
欧州のEV市場全体も成長に急ブレーキがかかる。欧州自動車工業会によると、1〜6月のEV販売は前年同期に比べ1.6%増で、伸び率はその前の年(45.0%増)から大幅に鈍化。EV購入時の補助金を廃止したスウェーデンやドイツではマイナスに転じた。
「欧州では企業が従業員に貸与する『カンパニーカー』が需要の多くを占めるが、一巡した感がある。一般消費者が購入するには補助金があっても価格が高い」と杉浦氏。「VWの無理な販売目標と、経営の土台となっていた中国での不振が重なり、コストが高い本国工場を閉鎖せざるを得ないと決断したのだろう」
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの土田陽介副主任研究員は「今回のVWの問題は、ドイツの自動車産業に陰りが生じていることの象徴的な存在となっている」とドイツの産業空洞化を懸念する。
中国政府からの補助金を受けて安値攻勢を仕掛けるBYDなど中国製EVに対し、EUは最大36.3%の追加関税を課すことを決めた。現在の構図を土田氏が解説する。「人件費や原材料費で競争力があるのは中国。欧州の一部の国は中国メーカーを誘致している。もともと中国を見据え、自分たちでEVを造らなければならない状況なのに、価格が高すぎて自国のメーカーが手を引いた。その結果、中国メーカーに頼るという逆転現象に陥っている」
ボルボもGMもフォードもトヨタも
軌道修正を図っているのは、VWだけではない。
同じ欧州ではスウェーデンのボルボ・カーが9月、2030年までに全ての車種をEV化する目標を撤回。ローワン最高経営責任者(CEO)は「電動化への移行が直線的でないのは明らか」と述べた。米国でも、ゼネラル・モーターズはEVの生産開始時期を延期し、フォード・モーターは新車投入計画を撤回した。日本国内でも今月、トヨタ自動車が26年のEVの世界生産台数を100万台弱に縮小することが明らかに。掲げていた26年のEV販売目標150万台は事実上困難になった。
そもそも各社がエンジン車から脱却し、EVシフトを進めてきたのは、世界的な課題となっている脱炭素社会実現のためだ。欧州を中心に各地では排ガスなどに対して厳しい環境規制が導入され、徐々に強化されている。規制をクリアするには、電動車の拡大が不可欠であり、中でも走行中の排ガスゼロのEVは切り札と見なされてきた。「脱エンジン」は世界の潮流で、EV専業の米テスラの株式時価総額は20年にトヨタを抜いた。
EVまだまだ高額…補助金打ち切りが響く
国際エネルギー機関(IEA)によると、EVと、エンジンを併用するプラグインハイブリッド車(PHV)の昨年の新車販売台数は約1400万台で過去最多を更新した。一方で、各国で伸び率は鈍化。好調だったテスラの24年上半期の販売台数も、前年同期比6.5%減と、マイナスに転じ、減速感は否めない。
失速の原因は何か。ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表は「新しいテクノロジーの商品に飛び付く『アーリー・アダプター層』の買いが一巡したことに加え、欧州を中心に購入補助金が打ち切られたことなどが大きい」とみる。
EVはエンジン車と比べて高額で、これまでも普及の障壁になってきた。コンサル大手ローランド・ベルガーの貝瀬斉パートナーは「価格の問題をクリアしてきたのが補助金だった。今回の失速は、補助金の打ち切りが大きく、(EVの世界一の市場である)中国でも足元は陰りが見えている。ただ補助金はあくまで普及の初期段階の一時期的なもの。今回の減速を見て各国政府が復活させるかどうかは見通せない」と話す。
伸びるハイブリッド車、消費者心理を反映
かねてEVは、充電設備などのインフラが十分整っていないことや、エンジン車に比べ、1度のフル充電で走れる航続距離が短く、燃費ならぬ「電費」に対する消費者の不安などが弱点とされてきた。今回のEV失速の陰で、電池が切れてもエンジンで走行できるPHVや、ハイブリッド車(HV)の販売が伸びていることも、消費者心理を反映している。
自動車評論家の国沢光宏氏は「業界は一気にEVシフトを進めようとしたが、ユーザーがついて来られなかった」と指摘し、こう見通す。「ただ流れを止めるわけにはいかない。今回の減速は速度調整のようなものだ。メーカー各社は伸びたり縮んだりする需要をにらみ、PHVなどを投入しながら、EVへの完全移行を図っていくことになる」
先の中西氏は「現在のEVは、ガソリンタンクとエンジンを電池とモーターに置きかえただけのようなもので、EVとしての出来はまだまだ。これから電池の質は上がり、電費も良くなることが期待されている。価格も下がっていく」と予測した上でこう続ける。
「環境規制をクリアしていくには、メーカーはEVを普及させるしかない。だが、一気に進むわけではなく、普及しては、踊り場を迎えを繰り返して徐々に進んでいくだろう。一筋縄でいくとは思わないが、市場が右肩上がりであることは間違いない」
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デスクメモ
この夏、訳あって十数年ぶりに車を買った。EVも検討したものの結局は中古のガソリン車に。月並みだが、充電インフラが不安で価格にも二の足を踏んだ。脱炭素への意識が低いと言われれば返す言葉もない。が、これらの不安・不満を乗り越えた先にEVの未来があるのだろう。(岸)