10月17日の日報抄(朗読付き:FM KENTO)…新潟日報

2018年9月21日、谷村新司は1年ぶりに再び上海でコンサートを開いた 社会

10月17日の日報抄(朗読付き:FM KENTO)(新潟日報 2023/10/17 6:00 最終更新: 2023/10/17 13:35)

〈我(われ)も行く 心の命ずるままに〉。訃報が伝えられたシンガー・ソングライター谷村新司さんが歌った「昴(すばる)」の一節だ。歌詞の通り、心のままに下した決断があったという

▼長年続けてきたコンサートツアーをやめる、妻と運営していた事務所も畳む。「それまでのルーティンを1回ぜんぶ白紙にしたんです」。今から20年前、2003年のことだ。雑誌のインタビューでこんなふうに話している

▼仕事を言い訳に、自分の大切なものを犠牲にしていたと考えるようになった。仕事は何もなくなった。でも「何もないということは、何でもできるということ」。不安もあったがワクワクする気持ちが湧いたという

▼そんな時に舞い込んできたのが中国の上海音楽学院で教授に就いてほしいという依頼だった。天命と思って引き受けた。現地では技術や理論ではなく音楽に対する姿勢を伝え、日中の架け橋になった

▼歌手としての活動は「趣味になった」と冗談めかして言った。好きなことだからこそ、どこまでも真剣にやるという意味だった。中越地震復興祈念ライブなどで本県を何度も訪れた。被災者と一緒に「いい日旅立ち」を熱唱して励ました。中山間地と都市をつなぐ活動にも熱心に取り組んだ

▼「昴」では冒頭に紹介したフレーズに続いて、こんな歌詞もある。〈いつの日か誰かがこの道を〉。谷村さんが開いた道を歩く人がきっといるはずだ。目を閉じれば、あの歌声が響いてくる。〈我は行く さらば昴よ〉。さらば。安らかに。

『昴』は中国でも広く知られている