牛の「ゲップ」で地球の気温が上がる”衝撃事実” 世界各地で広がる「地球温暖化」ビジネスの今

牛の「ゲップ」は地球温暖化につながるようです 社会

牛の「ゲップ」で地球の気温が上がる”衝撃事実” 世界各地で広がる「地球温暖化」ビジネスの今(東洋経済ONLINE 2022/11/24 13:00)

森さやか NHK WORLD-JAPAN 気象アンカー

地球温暖化が進む今、二酸化炭素を炭酸水の材料にするコカ・コーラHBC、「成層圏エアロゾル注入法」に注力するビル・ゲイツ、地球温暖化にもつながる「牛のゲップ」に税を課そうと試みるニュージーランドなど、企業や国がさまざまな取り組みに力を入れています。NHK WORLD-JAPAN気象アンカーであり、『お天気ハンター、異常気象を追う』を上梓した森さやかさんが、これらの取り組みについて解説します。

ここ数年、いまだかつてないペースで地球温暖化が進み、異常気象が頻発している。

熱にうなされる地球に、特効薬を打とうという話がある。近未来的な科学テクノロジーを駆使して気候を操作し、地球を冷ます作戦である。こうした研究分野を、「ジオエンジニアリング(気候工学)」という。「鳴かぬなら/鳴かせてみよう/ホトトギス」で知られた戦国武将がいたが、気候工学は「やまぬなら/とめて見せよう/温暖化」といったところだろうか。課題は多いが、温暖化対策の奥の手として、欧米を中心に熱い視線が注がれている。

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二酸化炭素を炭酸水の材料に

具体的にはどのような方法があるのだろう。

まず、大気から二酸化炭素を取り除く方法がある。特別な機械を作って、直接空気から二酸化炭素を回収する方法のほか、海に鉄分のサプリを撒いて植物プランクトンを繁殖させ、光合成の促進を狙うという間接的なやり方もある。

では、回収した二酸化炭素はどうするのか。

海底に埋めるという方法もあるが、そこに商機を見いだす企業もある。まずスイスのコカ・コーラHBC社は世界で初めて、大気中から集めた二酸化炭素を炭酸水の材料にして活用している。

こうした不要なものは飲んでしまおうという潔い試みのほか、二酸化炭素を世界一美しいものに変えてしまおうという企業もある。宝石会社のイーサー・ダイヤモンズ社は、スイスのごみ焼却場から出た二酸化炭素を見事な人工ダイヤモンドに変身させている。人々を虜にする金剛石も、元をたどれば炭素である。

いったい、いくらで買えるのか。同社のホームページをのぞいてみると、1カラットの婚約指輪で6000ドル(現レートで約85万円)以上する。思ったより高額な印象だが、このダイヤモンドは二酸化炭素をリサイクルするという意味合いだけではなく、過重労働や自然破壊など、ダイヤモンドの採掘から販売に至るまでの数多くの問題を解決する一手にもなるという。

強いていえば、CO2からできた宝石をもらった人のリアクションが気になるところだが、いまはやりのSDGsを地で行っているアイデアといえるだろう。

ビル・ゲイツが注力する「成層圏エアロゾル注入法」

次に、気候工学には太陽光を遮る方法がある。中でも注目されているのが、飛行機やバルーンなどを使って上空に微粒子を撒いて、太陽光を反射させる「成層圏エアロゾル注入法」である。

着想の元となったのは、大規模な火山噴火である。火山灰や噴煙が高度20キロ以上の「成層圏」に達すると、空中に漂った微粒子(エアロゾル)が太陽光を遮り地球の平均気温を下げる。実際、1991年にフィリピンのピナツボ火山が噴火したときは地球の気温が0.5℃下がり、それが「平成の米騒動」につながったという説もある。

このエアロゾル注入法を現実のものにしようと働きかけている1人が、ビル・ゲイツ氏である。母校ハーバード大学が指揮監督するプロジェクトに、多額の資金を援助している。

2021年6月には、スウェーデンでその前段階としての実験が行われようとしていた。ところが寸前で先住民や環境保護団体から待ったがかかり、計画は頓挫、延期を余儀なくされた。

本当に危険な実験なのだろうか。その実、リスクも伴うという。「終端ショック」などと呼ばれるもので、もし途中で作業をやめてしまうと、急激に気温が上がってしまう可能性があるという。

ただ一方で、方法次第では悪影響を減らすことができるともいわれ、ハーバード大のフランク・コイチュ教授は、「この研究をしないリスクのほうが、研究をやるリスクを大きく上回る」と断言している。

やってダメだったらどうするんだと言う反対派、やってみなくちゃわからないよと言う推進派、どちらにも分がありそうである。ちなみにアメリカ政府は気候工学の研究に多額の予算をつけ、積極的に後押しすると発表している。

でももう少し安全な方法はないのだろうか。雲に目を付けた研究がある。雲の中でもとりわけ太陽光を跳ね返す、白くて大きな雲を人工的に作ろうというものである。

材料はいたってナチュラルで、船の上から雲に向かって海水を吹きかける。そうすることで舞い上がった塩の粒子が雲の核となり、密度の濃い白く輝く雲を作ることができるのである。

まさに「雲のホワイトニング」である。すでに何度か実験が行われていて、豪州グレートバリアリーフなどでは、サンゴ礁の白化現象を和らげるといううれしい副作用も期待できるという。

世界初の牛の「ゲップ税」

こうして人類は知恵を絞り、最先端技術を使った奇策をひねり出し、地球の将来を考えている。しかし、道徳面や資金面での課題は多い。そこで動物たちに手を貸してもらおうという牧歌的な戦略も企てている。協力を仰ぐのは、温厚従順な牛たちである。

牛のゲップは温暖化の犯人の一味として、やり玉に挙げられることが多い。牛は4つの胃を持ち、食べ物が口と胃の間を行ったり来たりするうちに、微生物がエサを分解しメタンを発生させる。

メタンは、二酸化炭素の25倍以上の温室効果を持ち、家畜が出すメタンの総量は、世界で出される温室効果ガスの4%も占めるそうである。

そのゲップを野放しにしてはならないと、ニュージーランドは世界に先立ち「牛のゲップ税」の導入を本気で検討している。2025年から牛のゲップ量に応じて税金を納めることになるかもしれないという。

徴収した税金は、ゲップ控えめな牛の品種改良だとか、メタンを抑制する牛用マスクの開発費用などに充てられる。酪農家のほうも、努力次第でご褒美が手に入るようで、海藻などを混ぜた特別食を与えてメタンの排出量を減らす工夫などをすれば、補助金がもらえるという。

ところで牛の尿は、土と混ざると二酸化炭素の300倍もの温室効果を持つ一酸化二窒素を発生させる。そこでニュージーランドのオークランド大学リンゼイ・マシューズ教授は、牛がきちんとトイレで用を足せるよう教え込む実験を行った。

牛の鳴き声の「ムー」、トイレの英語名「ルー」を掛け合わせ、「ムールートレーニング」と名付けた。振動する首輪、嫌な音が出るヘッドフォンに水しぶきなど、失敗すると罰を与え、反対にうまくいくと砂糖水を与えるという訓練を週3回10日間続けたら、大半の子牛がトイレに駆け込むようになった。

牛肉を食べることも罪? ミートレス時代の肉

ゲップにおしっこと、牛の排出物が温暖化を促進しないように対策が取られ始めている昨今、牛肉を食べること自体も、罪の意識を感じるような時代に突入し始めている。

なんせ牛は大食漢で、たとえば鶏肉1キロを生産するのに必要な穀物はトウモロコシ換算で4キロ、豚肉なら6キロ、牛肉なら11キロにも及ぶ。そのうえ、使われる水の量も桁違いであるから、牛肉ステーキを頬張る代わりに、チキンステーキ、はたまた豆腐ステーキを食べれば環境負荷も小さくすることができる。

そこで近年、植物性の原料を使った「代替肉」や、細胞を培養して作る「培養肉」などの開発が進んでおり、先ほどのビル・ゲイツ氏もそうした産業に出資して後押しをしている。

このように、気候を操る技術を磨き、牛にも苦労を強いて、とりあえず温暖化対策の準備を加速させているが、肝心の人間自身が二酸化炭素の排出量を減らすという根本的な努力を怠っては、元も子もない。

こんな言葉がある。「宇宙船地球号に乗客はいない。いるのは、乗務員だけだ。」(カナダ人文明批判家、マーシャル・マクルーハン)。傍観している暇はない。1人ひとりが行動すべきときが来ている。

森 さやか(もり さやか) NHK WORLD-JAPAN 気象アンカー
南米アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ、横浜で育つ。2011年より現職、英語で世界の天気を伝えるフリーの気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に『竜巻の不思議』『天気のしくみ』(共著/共立出版)。最新刊に「お天気ハンター、異常気象を追う 」(文春新書)、月刊誌『世界』での連載をまとめた『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)。「Yahoo! ニュース個人」では最新の天気記事を執筆。