<社説>終戦から78年 軍拡の道歩んではならぬ…北海道新聞

終戦から78年 軍拡の道歩んではならぬ 政治・経済

<社説>終戦から78年 軍拡の道歩んではならぬ(北海道新聞 2023年8月15日 05:00)

昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、軍事力を増大する動きが世界中で強まっている。

力に力で対抗する論理の台頭が対話による解決の道を閉ざし、むしろ軍事衝突と戦禍のリスクを高めていると言わざるを得ない。

日本でも朝鮮半島や台湾周辺の緊張の高まりを背景に防衛力の増強が図られている。戦前の軍備拡大路線の轍を踏むことになりはしないか。懸念は拭えない。

近代日本は軍事力増強の歴史だった。その結果、国家を戦争へと傾斜させ、国を破滅させたことを忘れてはなるまい。

岸田文雄政権は昨年末、日米同盟の強化や相手のミサイル拠点などをたたく敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有を明記した「国家安全保障戦略」などの安保関連3文書を閣議決定した。

ひとたび戦端が開かれたら双方の犠牲は避けられず、国民生活をも破壊することは、膠着状態のウクライナ情勢からも明らかだ。

力に訴えるだけでは平和を実現することは困難である。それが、日本だけで310万人、アジア地域で2千万人もの犠牲者を出した先の大戦の教訓ではなかったか。

歴史は過去の失敗に学び、過ちを繰り返さないためにある。終戦から78年。悲惨な敗戦を直視し、改めて非戦を誓う機会としたい。

■力への過信は危うい

太平洋戦争開戦の指揮を執った杉山元・陸軍参謀総長は、物資不足は作戦で補うことができると述べていた。軍事力を過信した判断の誤りというほかない。

ロシアや欧米列強の脅威論に基づく1907年(明治40年)の帝国国防方針は自衛の名の下、国境線の外に勢力圏としての「利益線」を敷き、朝鮮半島の確保を基本戦略とした。

中国の海洋進出や北朝鮮の核開発を見据えた反撃能力を掲げる安保3文書は、勢力拡大の意図はなくとも、力による解決を図る点で帝国国防方針に似通う。

自民党の麻生太郎副総裁が台湾有事を念頭に日台米の「戦う覚悟」を強調した。核抑止への依存など、力の盲信が正確な情勢分析を阻害し、判断を誤らせることを先の大戦から学ぶべきだろう。

日本近現代史が専門の山田朗・明治大学教授は「戦前の日英同盟、日独伊防共協定は日本を大陸侵略や無謀な開戦へと向かわせた」と述べ、軍事同盟に伴う軍拡路線の危険性を指摘する。

日米同盟を強化して防衛力増強を図るのではなく、粘り強く安定を模索する外交に活路を見いだすべきである。

■戦前の教訓を生かせ

忘れてはならないのは、戦前の軍備偏重が国民生活を疲弊させたことだ。国家予算に占める軍事費の割合は一時、50%に迫った。

二・二六事件で暗殺された高橋是清蔵相は、国民経済を後回しにしては軍備も役に立たないとして軍部の増額要求に抵抗した。

防衛費大幅増を優先するあまり、少子化対策などの財源確保が後回しにされる今日の論議に不安を禁じ得ない。

6月に成立した防衛財源確保特別措置法は増税論議を先送りし、当面の不足分については赤字国債で補うべきだとの声も上がった。

軍備膨張と際限のない軍拡競争を招いた反省から、戦後は防衛費への国債発行を封じてきたのではなかったのか。軍拡は諸外国の警戒心を刺激し、外交による解決を困難にするだけである。

戦後日本は戦禍の反省に立ち、戦争放棄を掲げた憲法の下で国際平和を希求してきたはずだ。平和主義に基づく専守防衛の原則を堅持しなければならない。

■体験継承する学びを

敗戦時、機密書類の焼却が命じられた中、処分を免れた資料がある。参謀本部の内部資料を持ち出し、隠した「機密戦争日誌」である。

次代に残し、伝える責務を感じた将校がいたのだろう。力に頼り、外交を軽視する軍部の姿勢を浮き彫りにした使命感が伝わる。

戦争体験者の減少に伴い、歴史学に基づく蓄積を特定の主張に都合よく書き換える動きが顕著となっている。憂慮すべき事態だ。

国は2014年の教科書検定基準改定で政府見解の尊重を定め、翌年の検定で慰安婦や沖縄戦集団自決の強制性の記述が後退した。

侵略や加害の歴史をありのままに知ることは戦争回避の原動力となる。人権など普遍的価値に基づく学びを深め、歴史を否定する試みにあらがう必要があろう。

「悪魔の飽食」で旧日本陸軍の人体実験を取り上げるなど非戦を訴え続けた作家森村誠一さんは生前、「戦争体験とは、人類の天敵を知ることだ」と説いていた。

その経験を語り伝え、後世の戒めとすることはすべての世代の責務である。