「急激に進んだ円安」は、2023年どこまで揺り戻すのか? 今年の1ドル=150円を予想した筆者が「ドル円相場」を考える

「急激に進んだ円安」は、2023年どこまで揺り戻すのか? 政治・経済

「急激に進んだ円安」は、2023年どこまで揺り戻すのか? 今年の1ドル=150円を予想した筆者が「ドル円相場」を考える(現代ビジネス 2022.12.07)

加谷珪一 経済評論家

一時、1ドル=150円に達したドル円が、今度は一時、135円を割り込むなど、為替の乱高下が続いている。日本円はもはや新興国通貨と同じような値動きになっているが、本来、ドル円はどの程度の水準が適正なのだろうか。また、来年の為替市場はどう推移するのだろうか。

市場は「オーバーシュート」するもの

2022年の為替市場は、歴史的な円安となった。年初、1ドル=115円だったドル円相場が、10月末には1ドル=150円を突破するなど、半年で価値が3分の2に下落するという、これまでにない展開を見せた。11月には逆に円高に戻しており、現在は1ドル=136円台で推移している(12月6日時点)。

筆者は2022年春の段階から、日米金利差が拡大するとの予想から、年内に1ドル=150円に到達する可能性が高いと繰り返し主張してきた。実際、その通りになったわけだが、1ドル=150円というのは、日本経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)からすると、やや行き過ぎである。

市場というのは、一旦、勢いが付くとオーバーシュートするものであり、売りが売りを呼ぶ展開になることは容易に想像できる。ある程度の水準に達すると、今度は逆方向に動きが変化することも珍しくなく、150円がトレーダーにとってひとつの節目だったことを考えると、円高への揺り戻しも想定の範囲ということになるだろう。

では、実際のところ、日本円はどの程度の水準が妥当なのだろうか。

現在、進んでいる円安の直接的な原因は、日米の金融政策の違いによって生じた金利差である。米国は量的緩和策を終了し、すでに金利の引き上げフェーズに入っている。一方、日銀は大規模な緩和策を継続中であり、市場には大量の日本円が供給されている。米ドルは供給量が減り、日本円は供給量が増えているので、相対的にドルが買われやすく、円は売られやすくなる。

加えて米国は深刻なインフレに悩まされており、景気を犠牲にしても金利を上げ、インフレを抑制したい意向である。米国の金融引き締めは当分の間、継続する可能性が高く、日本円は売られやすい状況が続く。問題はどこまで日本円が売られるのかだが、筆者は春先から主張している通り、1ドル=150円が大きな目安と考えている。その理由は、この水準を超えて円安になると、実体経済との乖離があまりにも激しくなるからである。

1ドル=150円がひとつの到達点

為替の変動には様々な要因があり、いくらの水準が妥当なのか判断するのは極めて難しいが、企業の生産活動が大きなファクターとなっているのは間違いない。筆者が注目しているのは、製造業における生産コストである。

日本企業は、製造コストを低く抑えるため、中国などアジア地域に工場を移転してきた。企業が生産を1単位増やすために必要な追加コストのことを単位労働コスト(ユニット・レーバー・コスト:ULC)と呼ぶが、これまで中国のULCは、日本よりも圧倒的に安かった。ところが中国の人件費高騰に加え、最近では円安が加わっており、日本と中国のULCは拮抗し始めている。

仮に1ドル=150円を超えると、ドルベースで見た場合の日本と中国のULCは完全に逆転する。ULCはどこの国で生産を行う方が有利なのかを示す指標であり、1ドル=150円という水準は、日本が中国よりも安価に製品を製造できることを意味している。

日本は低賃金が続き、円安が加わっていることから、以前と比べて製造コストが劇的に安くなった。だが、日本が中国よりも低賃金で安価な国というのは、現時点ではやや行き過ぎと考えてよいだろう。そうなってくると、製造業の活動を基準にした場合、1ドル=150円を超えた円安というのは少々考えづらいことになる。

全世界で同一の製品を展開しているアップルの価格設定を見ても、同じことが言える。2022年9月に発売されたiPhoneの最新モデルiPhone 14 (128GB)の米国価格は799ドル、日本での価格は11万9800円だった。両製品の価格から為替レートを計算すると約150円になる。アップル社も150円程度のレートを想定していると考えてよいだろう。

とりあえず、150円が高値の目安だとすると、日本円はどこまで戻すのが妥当だろうか。

足下では急激な円高が進んでいることから、一気に、以前の水準まで戻るとの予想も出ているが、冒頭に述べたように市場というのは時に行き過ぎた動きを見せる。特に日本円はユーロなど主要通貨と比較して市場が脆弱であり、乱高下しやすい。

短期的な取引を行う投資家にとって150円というのは大きな心理的な節目であった。この水準に達した後は、短期的に逆向きのポジションを取るケースも多く、150円を突破した段階で 一気に相場が逆向きに動いたこと自体はそれほど不思議ではない。

日銀が金融政策を変更しない限り…

だが、この円高が110円台まで一気に進む可能性は、今のところ低いだろう。最大の理由は、日米の金融政策に変化の兆しが見られないからである。

米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、12月のFOMC(連邦公開市場委員会)において、利上げ幅を縮小する可能性について示唆した。一見すると金融引き締めを緩和するように思えるが、一方で、最終的な金利の到達点は、以前よりも高い水準になるとの見方も示している。

シンプルに言ってしまうと、景気や市場に配慮して金利の上げ幅は縮小するが、最終的な金利水準は市場予想よりもさらに高くする方針である。少なくともFRBが、金利の引き上げを停止する可能性は低く、日米の金融政策に大きな違いは生じていない。日銀もゼロ金利政策の継続を主張しており、両者の金融政策に変更がない限り、円が売られやすい状況が続く。1ドル=110円台に戻すためには、一連の環境がすべて排除される必要があり、現時点では考えにくいシナリオだ。

一部の専門家は、購買力平価による理論的な為替レートを根拠に、円高に戻る可能性があると指摘している。ドル円相場については、戦後、一貫して購買力平価に沿って動いてきたという経緯があり、購買力平価はそれなりに説得力のある指標とってよい。

購買力平価は、両国の物価の違いを基準にした理論的な為替レートのことで、物価が上がる国ほど理論的なレートは安くなる。日本はアメリカほどには物価が上がっておらず、購買力平価を使って理論値を計算すると1ドル=100円程度が妥当との結論になる。購買力平価を基準にすれば、市場のレートが安すぎるという状態であり、近い将来、円高に戻すというのも、一つのロジックとしては成立するかもしれない。

だが、購買力平価による為替レートは、あくまで現状の物価水準を元に算出されたものであって、将来を担保するものではない。もし為替が円安になり、それによって日本の輸入価格が上昇すれば、やがて日本の物価も上昇してくる。物価が上がれば購買力平価のレートも結局は切り下がる。つまり、先に市場レートが決まり、購買力平価の理論値が後から付いてくるシナリオも十分に考えられるのだ。

現状では、日米の金融政策の違いを重視した方がよく、日銀やFRBが政策を大転換しない限り、1ドル=130~140円程度を軸に相場が動く可能性が高いと考えるべきだろう。

加谷珪一 KEIICHI KAYA 経済評論家

1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。著書に著書に『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)、『ポスト新産業革命』(CCCメディアハウス)、『教養として身につけたい戦争と経済の本質』(総合法令出版)などがある。