15年前の「戦争」糧に サイバー防衛で世界リード―専門家育成へ英才教育・エストニア(JIJI.COM 2022年12月04日07時17分)
欧米各国はロシアの侵攻を受けるウクライナへの軍派遣を否定する一方、サイバー空間ではウクライナと肩を並べ、ロシアとしのぎを削っている。ウクライナ支援で重要な役割を担うのが、人口約130万人の小国エストニアだ。15年前、ロシアに世界初の「サイバー戦争」を仕掛けられた経験を糧に、サイバー防衛で世界をリードするに至った取り組みを探った。
◇「重大な転機」
2007年4月、バルト3国の一つエストニアの政府機関や銀行、報道機関のウェブサイトが機能停止に陥った。大量にデータを送り付けることで通信障害を起こす「DDoS攻撃」。ロシアによるとされる攻撃は22日間続いた。
国家に対する大規模サイバー攻撃は世界初だった。「あれが重大な転機となった」とエストニア政府のサイバー安全保障政策の元責任者ラウル・リック氏は振り返る。翌08年には、首都タリンに北大西洋条約機構(NATO)認証の研究機関「サイバー防衛協力センター」を設置した。
エストニアは05年に世界初の電子投票を実現するなど、国を挙げてデジタル化を推進。サイバー防衛拠点となる下地もあった。リック氏は「ソ連が残した経済的困窮から抜け出すには、あらゆる分野で効率化が必要だった」と解説する。今では、公共サービスの99%を24時間オンラインで受けられる。
◇中学生もハッキング
エストニアではスマートフォンやタブレット端末を触り始める就学前の年齢から、サイバー空間に潜む危険を教え始める。「子供に正しい使い方を教えずタブレットなどで遊ばせるのは、運転免許の非保持者に車を与えるくらい危険だ」とタリン工科大のビルギー・ロレンズ上級研究員。サイバー攻撃に強い社会をつくるには、全国民が安全なインターネット利用に注意を払う必要があると話す。
中学生からは教師の監督の下、ハッキングの技術も学ぶ。「防御を学ぶには、攻撃手段も知る必要がある」とロレンズ氏は語る。仮想敵国のサイバー攻撃を想定し、防御技術を競う大会にも参加。優秀な生徒に英才教育を施し、サイバー専門家を育成する。
エストニアが開発した「国家サイバーセキュリティー指数」によると、エストニアは世界160カ国中4位。米国は41位、日本は45位だった。
◇対策が奏功
サイバー情報会社チェックポイントによれば、今年2~8月、ウクライナの政府と軍へのサイバー攻撃は2倍以上に増えた。民間企業に対する攻撃は週平均1500件を超える。
エストニアも8月、ロシアのサイバー攻撃の標的になった。だが、ウクライナとエストニアのいずれにも、大きな被害は出ていない。リック氏は「15年前の教訓を生かした対策が功を奏した」と分析する。
新型コロナウイルス禍では、在宅勤務やネット利用の増加に伴い、サイバー攻撃や犯罪が急増した。ただ、サイバー専門家は世界的に不足している。リック氏は「教育を通じた人材育成はもちろん、育てた人材の流出を防ぐ対策も重要だ」と力説する。