岸田政権が注力する「リスキリングで資格取得」の時代錯誤 本来学ぶべきスキルとは

注目すべきは「AIにはできない分野」のスキル 政治・経済

岸田政権が注力する「リスキリングで資格取得」の時代錯誤 本来学ぶべきスキルとは(マネーポスト 2022年10月29日 7:00)

大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

今年、ビジネス分野で注目されている言葉のひとつが「リスキリング」だ。社会人が、市場のニーズや成長分野のビジネスに対応できるよう新たなスキルを身につけることである。岸田政権も“人への投資”に大きな予算を振り分ける方針を打ち出し、「リスキリング支援」に1兆円を投じることを示した。だが、経営コンサルタントの大前研一氏は「岸田政権の唱えるリスキリングでは経済成長につながらない」と指摘する。

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岸田文雄首相は開会中の臨時国会の所信表明演説で、個人のリスキリング(成長分野に移動するための学び直し)に対する公的支援に「5年間で1兆円」を投じると表明した。もともと政府は6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の中で「人への投資」に3年間で4000億円規模の予算を投入するとしていたが、そのパッケージをさらに拡充することにしたのである。

主要な経済誌も、こぞって大特集を組み、官民挙げてリスキリングやリカレント(社会人になっても、それぞれのタイミングで学び直し、仕事で求められる能力を磨き続けていくこと)、資格取得のブームを盛んに煽っているが、その中身は噴飯物である。

なぜなら、そこで主に勧めているのは公認会計士、税理士、司法書士、行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引士、不動産鑑定士、中小企業診断士、建築士などのいわゆる「サムライビジネス(士業)」だからである。これらは国家資格であり、各分野の専門知識の記憶力を問う試験に合格すれば取得できる。

だが、知識の蓄積はコンピューターやAI(人工知能)が得意とする作業であり、ほとんどすべてのサムライビジネスはいずれ機械に取って代わられる。

たとえば、すでにカナダでは弁護士業務のかなりの部分をAIが代替している。その訴訟のケースをアプリに入力すると、過去の判例に基づいて「裁判に勝てる確率」「妥当な請求額」「争点と法廷で議論すべき順序」などをAIが教えてくれるのだ。書籍やネット上の判例集を紐解いて調べる必要はないのである。今後はAIを駆使できる弁護士しか生き残っていくことはできない。

さらに日本の場合、弁護士以外の法律事務の取り扱いを禁じた弁護士法第72条が修正されれば、大半の弁護士業務はネット相談に置き換わってしまうだろう。

また、IT先進国のエストニアでは納税申告が自動化され、会計士や税理士という職業が消滅した。政府のクラウドデータベースに全国民のネットバンクとのやり取りと預金残高が記録されているため、課税所得や納税額の計算が自動で行なわれる。国民はスマホやパソコンから自分の納税額を確認し、承認するだけで確定申告と納税が完了する仕組みになっているのだ。

そのような世の中になっているのに「リスキリングで資格取得」の大合唱をするのは時代錯誤も甚だしい。

いま学ぶべきスキルとは?

なぜ、そういうお粗末な状況になっているのか? 私が提唱している「第4の波」を、政府が理解していないからだ。友人だった故アルビン・トフラー氏は「農業革命」、「産業革命」に続く、「第3の波」の「情報革命」で脱工業化社会になると主張した。その次の「AI・スマホ革命」が「第4の波」である。ところが、今の日本は「第3の波」にすら乗れていない。

たとえば私は先日、久しぶりにオーストラリアへ行ったが、ビザの申請はパソコンではなくスマホベースになっていた。IT先進国のイスラエルやシンガポールの行政手続きは基本的にすべてスマホベースである。

かたや日本は入国者健康居所確認アプリ「MySOS」こそスマホベースだが、それ以外はほとんど“なんちゃってデジタル”だ。その象徴が、スマホベースなのに全く使い物にならなかった新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA(ココア)」である。

そして「第4の波」の一大特徴は、前述したエストニアの会計士や税理士のように、知識を記憶した者に与えられる「資格」は意味がなくなるということだ。この最新潮流を政府が理解しなければ、日本は「第4の波」に入ることができないのだ。

となると、個人が本来学ぶべきスキルは、たとえば営業支援や受注管理、在庫管理、請求管理といった定型的な間接業務をロボットで自動化する「RPA」だ。そのエキスパートになれば、労働生産性の向上=間接業務の合理化(人員削減)が至上命題となっている日本企業から引く手あまたになることは間違いない。

あるいは、AIベース・スマホベースの新しい事業を構想する力。これは相当なデジタルスキルが必要となるが、この力を身につければ「第4の波」を乗りこなすことができるだろう。

逆に、AIにはできない看護や介護、保育、カウンセリングといった“人間にしかやれない仕事”は今後も必要とされる数少ない資格であり、それらの業界の人材マッチングの精度を高めるスキルも要注目だ。

そうした認識が何もない岸田首相は、いずれAIやコンピューターに取って代わられる20世紀型の記憶に頼るリスキリング支援のために莫大な税金を費消しようとしているわけである。

生産性が上がらずに「稼ぐ力」がなくなっている理由を理解せず、自分たちが通した古い法律のおかげで首の皮一枚でつながっている資格などに多くの人を追い込むというのは暴挙でさえある。そんな政府の下では、国民の給料が上がらないのも必然と言うしかない。

大前研一(おおまえ・けんいち)
1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。

※週刊ポスト2022年11月4日号