温泉旅館が日本の電力不足を救う? 地熱発電「山翠パワー地熱発電所」が運転開始

地熱発電所ができる旅館山翠 科学・技術

温泉旅館が日本の電力不足を救う? 地熱発電「山翠パワー地熱発電所」が運転開始(Livhub 2022.08.29)

ロシアがウクライナに侵攻して以降、天然ガスの供給難により世界中がエネルギー不足に喘いでいる。もちろんエネルギー自給率が低い日本も例に漏れず、猛暑の夏から年末以降の冬にかけて電力が逼迫するかもしれないという悩みを抱えている。

そこで注目したいのが、私たちが癒しや行楽の目的で訪れることの多い、日本各地に点在する温泉旅館だ。日本列島の豊富な温泉資源を利用した地熱発電が、日本の電力不足を救うようなことが、現実になるかもしれない。

山翠パワー地熱発電所の運転開始

今年4月、ベースロードパワージャパン株式会社(本社:東京都港区、代表取締役 平塚龍太、以下、ベースロードパワー)と、地熱を活用した地域創生事業会社 ふるさと熱電株式会社(本社:熊本県阿蘇郡、代表取締役 赤石和幸、以下、ふるさと熱電)および旅館山翠(所在地:熊本県阿蘇郡小国町わいた温泉郷、代表取締役社長 熊谷和昭、以下、山翠)は協働し、温泉バイナリー発電「山翠パワー地熱発電所」(総出力99キロワット)の運転を開始した。

山翠パワー地熱発電所は、旅館山翠の既存温泉井戸から噴出する蒸気を利用。2ヶ所に設置したバイナリー発電機(Climeon社製:スウェーデンに本拠を置くバイナリー発電機メーカー)まで蒸気の輸送を行い、蒸気と低沸点媒体を熱交換することで、タービンを回転させる「バイナリー発電方式」を採用している。年間の発電力量は約700MWhを予定しており、これは一般家庭の約200世帯分の年間使用電力量に相当する。

発電した電力は、再生可能エネルギー特別措置法の固定価格買取制度(FIT)を活用し、九州電力送配電株式会社に売電する。またエネルギーの地産地消を目的に、余剰の温泉水や発電に使った蒸気を凝縮した熱水を、浴用として旅館山翠に提供。

今回の協働事業は、豊富な地熱資源を活用して地域活性化を推進する「ふるさと熱電」と、既存の温泉井戸を活用して旅館事業の価値向上を目指す「山翠」、そして再生可能エネルギーである地熱を通して地域創生を支援する「ベースロードパワージャパン」の想いが一致したことにより実現した。

山翠パワー地熱発電所では、温泉旅館で利用している1本の温泉井から得られる蒸気を2本に分離し2ヶ所の発電機まで蒸気輸送をしているが、これを実現するためには、圧力平衡を保つ設計など高い技術的要件が求められる。今回、ふるさと熱電、ベースロードパワーが中心となり、配管設計など高いエンジニア技術を有する東京エネシスとバイナリー発電機メーカー「Climeon(クライモン)」が各々の技術力を結集することで、技術的課題を解決し2機の安定稼働を維持する。

日本の各地域の資源である地熱の活用

環太平洋火山帯に属する日本列島は地熱資源が豊富に存在している。日本には現在、約20,800軒の温泉施設があり(参照元:日本温泉総合研究所)、地熱の温泉利用は利用熱量全体の9割を占めていることから、地熱は生活資源であると同時に観光資源としても重要な役割を担っている。

「温泉バイナリー発電」で地域の地熱資源を有効活用

温泉バイナリー発電とは、温泉井から取り出した熱水や蒸気を熱交換して、沸点の低い媒体を蒸発させてタービンを回し発電する発電方式。発電に使った熱水や蒸気を凝縮して温水にし、浴用として温泉施設で2次利用する。

バイナリー発電の原理 温泉の命である源泉と温泉井には手を加えず、発電ユニットを後付けすることが特長だ。低沸点の液体(緑の点線)にはほとんどの場合、直鎖状の炭化水素であるC5H12(ペンタン)を使う。地熱発電所の付属設備として導入することもできる。出典:JFEエンジニアリング

地熱資源を積極活用することで脱炭素化に貢献

日本では現在、政府が推進する2050年の脱炭素化に向けて、再生可能エネルギーによる発電を増強していくことが求められている。地産地消の特徴を持つ可能性のある地熱発電は、日本のエネルギー政策において今後ますます重要になると考えられている。

一方で、日本はアメリカ、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱資源大国でありながら、電源構成に占める地熱発電の割合はわずか0.2%(参照:石油天然ガス・金属鉱物資源機構)と、豊富な地熱資源量をいまだ十分に活用できていないのが現状。こうしたことから、地熱資源が豊富な地域社会と協働して活用することで、カーボンニュートラルに貢献していくことが重要になる。ベースロードパワーの平塚代表取締役は「地熱資源が豊富な日本で、地域の熱をフル活用して地熱発電所を建設・運営することで、日本の再生可能エネルギーの導入拡大と地域社会の活性化に貢献していきたい」と述べている。

地熱と地域社会の共生

日本の温泉地域の中には過疎化や高齢化によって温泉事業を維持していくことが難しくなっている施設が増え、長引くコロナ禍による影響がこれに拍車をかけている。こうした地域課題の解決策の1つとして、地域独自の資源である地熱を活用して、地域社会の活性化に役立てることができる。

「山翠パワー地熱発電所」は「ふるさと熱電」と「山翠」という、地元企業と温泉旅館が主体となり、地域創生・脱炭素化を理念とするグローバル企業の「ベースロードパワー」が手を取り合って、地域社会の活性化と再生可能エネルギーの推進をしていくことで、地熱と地域社会の共生に貢献する。ふるさと熱電の赤石代表取締役は「温泉旅館が参加して地熱発電をすることで地域が活性化し地域創生ができると同時に、旅館にとって新たな収入源にもなる。全国の温泉地で同じような取り組みをしていきたい」と意欲を見せている。

わいた温泉郷 ―至る所で蒸気が自噴する豊富な地熱エリア―

熊本県阿蘇郡小国町にあるわいた温泉郷は、九重連山の麓にある人口7,000人あまりの山間の温泉地だ。周辺には泉質が異なる6つの温泉地が点在し、蒸気が吹き出す源泉が至る所で見られるなど地熱資源が豊富な地域でもある。全人口に占める高齢者の割合が約5割と、他の温泉地と同様、過疎化や高齢化の課題に直面している。

わいた温泉郷では地熱開発における紆余曲折の歴史を経て、2015年に最初の地熱発電所が運転開始した。以来、温泉バイナリー発電を含めた地熱発電所が同地域内に数カ所あり、また発電に使われた熱水をパクチーやバジルなどの温室栽培に利用するなど、地域が一体となって地熱を活用している全国有数の温泉地となっている。

ドイツで高まる地熱発電への注目度

最近ではドイツ南部の都市ミュンヘンでも、急速にロシアへのエネルギー依存を脱却するために、地熱発電に注目し地熱発電プラントの建設が進んでいる。しかもドイツでは国家として地熱発電に必要な掘削費用を助成しているというニュースも耳にする。現状、残念ながら日本にはそのような国家ぐるみでの助成の仕組みはないようだ。ただ長らくエネルギーに関する課題を抱え続ける日本としては、24時間365日安定発電を行うことができる唯一の自然エネルギー発電である地熱発電に注目するタイミングとしては、これがいい機会ではないだろうか。エネルギー難に喘ぐ日本と、コロナ禍で苦境にある温泉街。もしかすると地熱発電には、その2つの課題を合わせて解決する糸口があるのかもしれない。

イシヅカ カズト
好奇心ドリブンでいろんなジャンルの人々の頭の中を覗いています。まずは目の前のことを大切にするために、身の回りの気になるローカルを推しながら過ごす日々。主に企画、編集、ライティングを担当。