日本に「カルト規制法」は必要か 旧統一教会問題で野党に動き フランスでは先進事例(東京新聞 2022年8月20日 12時00分)
合同結婚式や霊感商法、高額献金などであまたの社会問題を起こしてきた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)。欧米では反社会的な「カルト」だと認定されているというが、日本では何がカルトなのかという判断基準もなく、法的なカルト規制もない。安倍晋三元首相銃撃事件を契機に、日本にもフランスなど先進事例を参考にカルト規制法が必要だとの声も上がり始めたが、必要なのか、導入は可能なのか。
野党は規制検討の動き相次ぐが、政府は…
「政治の責任として被害者救済、被害防止に資する立法措置を次期国会に向けて準備したい」。立憲民主党が18日に国会内で開いた旧統一教会を巡る被害実態を調べる被害対策本部。事務局長の石橋通宏参院議員はこう強調した。
国民民主党も同日、何がカルトに当たるのかの定義や規制のあり方を検討する調査会の初会合を開いた。玉木雄一郎代表は「日本には反社会的なカルトが何かを明確に定める法体系、基準がない」と指摘。海外事例を研究し、国内法の整備の可否を判断するという。
共産党の宮本徹衆院議員は今月3日、「カルトの被害の防止のための法的規制について検討を進めるべきではないか」との質問主意書を提出した。しかし、政府の回答は「『カルトの被害』の具体的な範囲が明らかでないので、答えるのは困難」。宮本氏は「政府・与党は真剣にこの問題に取り組んでいない」と憤る。
自民、公明党は具体的な動きなく
確かに野党に比べ、政府や与党の動きは鈍い。政府は18日に、旧統一教会をめぐる悪質商法などの被害把握に向けた関係省庁連絡会議の初会合を開いた。ただ、そこで決まったのは9月初旬から約1カ月間を被害相談の「集中強化期間」としたくらいだ。
会合に参加したのは法務省、警察庁、消費者庁、内閣官房。「伝家の宝刀」である宗教法人法に基づく解散命令請求ができる文化庁は連絡会議には入っておらず、今のところ規制の議論はない。まずは既存の相談体制などを活用し、被害の実態把握や被害者の救済を進める方針だ。
旧統一教会との接点が次々と発覚した自民党や、宗教法人の創価学会を支持母体とする公明党からも規制に向けた具体的な動きはみられない。公明党の山口那津男代表は今月2日の記者会見で、「宗教団体の政治活動は憲法で認められている。健全な活動や選挙支援を通じて、人権や人類的な価値を政治に反映させていくことは、むしろ民主主義の望ましい姿だ」と述べ、規制には否定的にも映る姿勢を示した。
専門家「宗教法人法の改正検討すべき」
政府は1994年、霊感商法被害が社会問題化して多数の訴訟が起こされていた旧統一教会を、反社会的な団体と判断すべきだと問われ、「政府として、一般的に、特定の宗教団体が反社会的であるかどうかについて判断する立場にない」とする答弁書を閣議決定している。今もこの方針を継続中というわけだ。
日本は戦前戦中、当時の治安維持法などに基づき、反体制の団体や活動家らを取り締まり、宗教団体も弾圧を受けた。そのため、戦後は憲法で信教の自由が保障され、宗教を保護する宗教法人法が制定された。同法に基づく解散命令を受けたのは、オウム真理教や明覚寺といった悪質な刑事事件を起こした団体に限られ、その運用は抑制的だ。
宗教学者の島薗進氏は「ここまで多くの被害者を生んできた旧統一教会の問題に向き合う上でも、反社会的な問題を繰り返し起こす団体の宗教法人認証の取り消しができるような宗教法人法の改正を検討すべきではないか」と話し、こう続ける。「ただ、認証しない理由を明確な基準とするのは容易でない課題だ」
フランスは「法外な金銭的要求」など10の基準示す
反社会的行為に及んだ団体をカルトとして規制する先進事例が、フランスだ。
1994年以降、カナダやフランスなどで新興宗教「太陽寺院教団」の信者らによる集団自殺が相次いだ。こうした事件に危機感を強めたフランスの国民議会は95年に報告書をまとめ、カルト(セクト)と判断するために「法外な金銭的要求」「反社会的な教義」「子どもの強制的入信」など10基準を示した。これに基づいて危険視する170以上の団体名も挙げ、旧統一教会も含まれた。
2001年には「セクト規制法」が成立。特徴は、マインドコントロールなどで支配された状態の人に重大な損害となる行為を規制した点だ。違法な医療、詐欺、家族を遺棄するといった「セクト的逸脱行為」について、手を染めた個人だけでなく所属する法人も処罰対象に。こうした両罰規定の拡大に加え、法人やその代表が処罰対象になれば、解散命令を出すことも可能にした。
情報提供や注意喚起、未成年者保護を
同国では、セクトの被害を受けた人らが通報できるオンラインシステムも整備。20年は3000件超の通報があった。規制が進んだ背景について、日仏両国で弁護士資格を持つ金塚彩乃氏は「フランスは厳格な政教分離を取っている一方、セクトなど特別な状況に置かれた未成年者ら弱い立場の人の保護に力を入れてきた」と指摘。未成年者が狂信的な宗教に取り込まれることや、親が信じる宗教の影響で子どもの治療をさせないといった問題への対策も強めてきたという。
セクト規制法に詳しい山形大の中島宏教授(憲法学)は「フランスはセクトの定義を基に危険とされる団体名をリスト化して規制しようとしたものの、団体を名指しすることには、信教の自由を考慮して国内外から批判もあった。そのため違法行為に着目して規制するようになった」とした上で、問題視された法人の解散命令が出たケースはまだないとする。「日本が学ぶべきは、法規制とあわせたセクトを巡る情報提供や注意喚起、未成年者保護、宗教が絡む問題に対処するための公務員研修などだ」と語る。
国会での早急な議論不可欠
安倍元首相の銃撃事件後、旧統一教会を巡る問題に改めて注目が集まっている。18日に省庁連絡会議が発足したものの、全国霊感商法対策弁護士連絡会の紀藤正樹弁護士は、体制の不十分さを指摘。
「霊感商法だけでなく家族問題もあるため、連絡会議に厚生労働省が入っていないのは本質的な解決につながらない。被害予防の観点から教育や宗教行政をつかさどる文部科学省や、(合同結婚式などに関して)邦人保護を担当する外務省が参加していないのも残念だ。連絡会議を第一歩とし、特命担当大臣を置くなど省庁横断的にカルト規制法を整備することが必要だ」と話す。
法規制を求める声が強まるのに対し、信教の自由を理由にした慎重論も根強いが、いずれにせよ、国会での早急な議論は不可欠なはず。だが、政府の腰は重い。3日召集の臨時国会はわずか3日間で閉会。岸田文雄首相は15日午後から夏休みに入った。
政治ジャーナリストの泉宏氏は「9月27日に向けて準備する国葬が終わるまで、外交日程などを踏まえれば与党は臨時国会を開かないだろう。このまま何もしないなら、岸田内閣は『統一教会隠蔽内閣』に終わる」と苦言を呈する。
泉氏は「カルトとして宗教をどう法規制するかは、信教の自由を含めた憲法論議にも発展しかねずハードルは高い」という見解だが、それでも国会での議論を促す。「どんな条件なら反社会的行為を規制できるのかという基準は示すべきだろう。岸田首相のリーダーシップが求められる」
デスクメモ
法や社会通念から激しく逸脱した教義を奉じ、家族との別離や、身を滅ぼすほどの帰依を求めても、宗教の名のもとに行われるのならば、外部は一切口出し無用ということでいいのだろうか。それが憲法の言う「信教の自由」か。オウム真理教事件の時点でもっと議論すべきだった。