藤井裕久さんのお別れの会 党派超え慕われた人柄しのぶ 「公に尽くす 平和こそすべての礎」

藤井裕久さんのお別れの会で、手を合わせる出席者 社会

藤井裕久さんのお別れの会 党派超え慕われた人柄しのぶ

藤井裕久さんのお別れの会 党派超え慕われた人柄しのぶ(神奈川新聞 2022年8月10日(水) 22:10)

民主党政権で財務相などを務め、7月10日に90歳で死去した藤井裕久さんのお別れの会が8月10日、東京都内のホテルで開かれた。立憲民主党の野田佳彦元首相が実行委員長を務めた。与野党の議員ら約550人が参列、祭壇に花を供え、党派を超えて慕われた人柄をしのんだ。

野田元首相は「ご指導いただきありがとうございました、と感謝を伝えた」と述べた。社会保障と税の一体改革など困難なテーマに取り組む中、「『佐藤栄作は沖縄返還、田中角栄は日中国交正常化など一内閣一仕事だ。そういうつもりで頑張れ』と鼓舞してくれた」としのんだ。

「政権交代可能な二大政党制をつくることに強い思いを持っていた。われわれ後輩が実現へ全力を尽くさなければと思いを新たにした」と前を向いた。

藤井裕久氏死去 90歳、非自民の政権で蔵相や財務相

藤井裕久氏死去 90歳、非自民の政権で蔵相や財務相(神奈川新聞 2022年7月12日(火) 11:46)

蔵相や財務相、民主党幹事長を務めた元衆院議員の藤井裕久氏が7月10日午前11時ごろ、死去した。都内の自宅で倒れているのを家族が見つけた。90歳。葬儀は家族のみで執り行い、弔電や香典は辞退する。後日(8月10日)、お別れの会を開く。

東京生まれで、1955年に東大卒業後、旧大蔵省に入省。官房長官の竹下登、二階堂進両氏の秘書官を務めた。77年に自民党から参院選全国区に出馬して初当選、90年に衆院議員に転身した。大蔵省時代に藤沢税務署長を務めた縁で、中選挙区時代の衆院神奈川3区(藤沢市など)から出馬し、神奈川を政治活動の拠点にしていた。

1993年に小沢一郎氏らと自民党を離党して新生党に参画。細川・羽田両内閣で蔵相を務めた。政界再編に伴い、新進党、自由党、民主党と歩み、2009年の政権交代で発足した鳩山内閣で財務相に就任。野田政権時代には民主党税制調査会長として、消費税率引き上げなどを柱とした社会保障と税の一体改革の実現に尽力した。13年に旭日大綬章を受章した。

戦時中に空襲や学童疎開を体験。戦争を肌で知る世代の責任として、戦争の理不尽さ、平和の尊さを訴え続けた。

神奈川新聞で20年12月から3カ月間、「わが人生」を執筆。今年3月に「公に尽くす 平和こそすべての礎」という書名で出版されたばかりだった。印刷直前にあとがきを加筆してロシアによるウクライナ侵攻に触れ、「これまで以上に平和の大切さを訴えていく決意を新たにいたしました」とつづっていた。

公に尽くす 平和こそすべての礎