「岸田・分配政策」早くも腰砕け 社会保障は、給付を4分の1削減するか、負担を3割引き上げる必要

日本の社会保障 政治・経済

「岸田・分配政策」早くも腰砕け、社会保障“悲惨シナリオ”に現実味(野口悠紀雄:一橋大学名誉教授 DIAMOND online 2021.10.21 4:20)より抜粋

「分配重視」の重要な柱だった金融所得課税強化から早々と“撤退”したことから、岸田文雄新政権の「分配政策」は、本当に必要な政策には手をつけないことが分かった。

この調子では分配政策のもう1つの重要な柱である社会保障制度も放置されるだろう。

他方で人口高齢化が進むので、2040年までに社会保障の給付を4分の1削減するか、負担を3割引き上げることが必要となる「悲惨なシナリオ」が現実になる恐れが出てきた。

金融所得課税強化、1週間で撤退 株価の下落に配慮

日本では金融所得に対して一律20%の税率による分離課税が行なわれている。これは日本の格差問題の大きな原因の1つだ。

これを見直して金融所得課税を適正化することは、分配政策の最も重要な柱の1つだ。岸田首相は自民党総裁選の公約でこの見直しを盛り込んだ。

ところが、10月11日、所信表明演説に対する代表質問への答弁で、「当面は金融所得課税に触ることは考えていない」と、その姿勢を一転させた。株価の下落に配慮したのだろう。

株式市場が再分配政策を歓迎しないことは、もともと分かりきっていたはずだ。

中国でも「共同富裕」の方針が打ち出されたことで株価が下落した。それにもかかわらず、中国政府はこの方向づけを変えていない。分配政策を標榜するには相当の覚悟が必要なのだ。

ところが日本では新政権発足から1週間もたたないうちに撤退してしまった。

これによって、岸田政権の経済政策の性格づけがはっきりした。つまり、日本の所得格差を生んでいる最も重要な要因には手をつけないということだ。

社会保障 給付を4分の1削減するか、負担を3割引き上げる必要

これによって、分配政策のもう1つの重要な柱である社会保障制度がどうなるかも、かなり見通しがついてきた。

社会保障政策とは、基本的には労働年齢人口から退職後人口への所得再分配の仕組みだ。今後は上述のように労働年齢人口が減少して退職後人口が増加するので、負担を増加させるか、あるいは給付を切り下げるという調整が必要になる。

つぎの2つの極端なケースを考えてみよう。

第1は給付調整型だ。

具体的には、保険料率や税率を一定とし給付を切り下げる。この場合には、2040年の再分配の原資は20年の0.807倍になる。したがって、65歳以上の1人当たり受給額は、現在の0.807÷1.083=0.745倍になる。つまり、社会保障制度による給付やサービスが約4分の1だけカットされるわけだ。その分だけ、福祉が後退する。つまり再分配が縮小する。

第2は負担調整型だ。

具体的には、現在の給付水準を維持しそれに必要なだけ負担を引上げる。この場合には、社会保障の給付は現在の1.083倍になる。これを現在の0.807倍の就業者で負担するのだから、1人当たり負担額は1.083÷0.807=1.34倍になる。つまり、3割以上の負担引き上げになる

以上の2つは両極端であり、現実には給付調整と負担調整のいずれもが行なわれることになるだろう。

年金支給開始は70歳に引き上げ? 介護保険料負担は30歳からに?

給付削減に向かっての制度変更は徐々にだが、すでに進められている。

医療保険制度では、一定の所得がある75歳以上の後期高齢者の医療費窓口負担を1割から2割に引き上げることがすでに決まっている。ただし、これによる効果は限定的と考えられている。したがって、今後もさらに同様の制度改正が必要とされるだろう。

年金制度では支給開始年齢の引き上げが行なわれている。厚生年金は従来は60歳から支給されていたが、2013年度から25年度にかけて引き上げが行なわれ、25年度以降は65歳からの支給になる。

もう1つはマクロ経済スライドの適用条件緩和だ。これによって、給付額が徐々に切り下げられていく。19年の財政検証では、基礎年金の給付水準が長期にわたり大幅に低下する見通が示されている。

将来のいずれかの時点で、支給開始年齢を70歳に引き上げる改革が行なわれる可能性は否定できない。

介護保険では、介護保険料の負担年齢の30歳への引き下げ、居宅介護支援の自己負担1割の導入などが検討されている。