ペスト、天然痘、そして新型コロナ…災厄を超え、社会までも変える「パンデミック」の恐怖

パンデミックの歴史 文化・歴史

14世紀の黒死病(パンデミック)は中世ヨーロッパを崩壊させた

ペスト、天然痘、そして新型コロナ…災厄を超え、社会までも変える「パンデミック」の恐怖(幻冬舎 川口寧 感染症時代の新教養「ウイルス」入門【第1回】 2022.3.10)より抜粋

感染症が世界的に大流行することをパンデミック(世界的大流行)といいます。人類はさまざまなパンデミックを何度も経験してきました。近代以前に発生したパンデミックで有名なのは、ペストと天然痘です。ペストはペスト菌(細菌)、天然痘は天然痘ウイルスが病原体です。ここではペストの話をしましょう。

ペストは、ネズミなどの小型齧歯類(げっしるい)に寄生するノミによって媒介されます。ペスト菌を保有するノミに刺されることで体内に入り込んだペスト菌は、リンパ節内で増殖し、2~7日ほどの潜伏期間の後に突然、高熱や悪寒、頭痛、鼠径部(そけいぶ)などのリンパ節に痛みを伴う腫れが発生します。適切な治療を受けられないとペスト菌は全身へ広がり、肺炎を起こしたり、全身に出血傾向が現れたり、死に至ることもあります。

ペストのパンデミックは6世紀、14世紀、19世紀の3回の記録が残っています。特に有名なのは14世紀のパンデミックで、中央アジアで始まって中国に伝播し、元朝末期の中国の人口を半減させたそうです。それがシルクロードを通って中東のイスラム王朝、ヨーロッパで猛威を振るいました。ヨーロッパでの死者数は当時の人口の3分の1に当たる2500万人とも、3分の2の5000万人とも推測されています。全身の出血傾向によって皮膚が黒く変色し、死に至ることから、ペストは黒死病と呼ばれて恐れられたのです。

『死の勝利』(ルネサンス期のフランドル地方の画家ブリューゲル〈父〉作)
黒死病(ペスト)で死んだ人々の死体を死神が集めて回る様子を描いている。

パンデミックによって人口が急減したため、ヨーロッパの都市部では労働力が不足し、賃金が上昇しました。その結果、農村の農民が都市に流入し、農奴に依存してきた従来の荘園制が崩壊していきました。また、それまで社会を支配してきた教会の権威は、ペストの脅威を防げなかったことから急速に衰えました。

さらに、新しい人材の流入・活躍と、誰でも死ぬ黒死病の前では身分の貴賤など意味をなさないという思想から、それまでの封建的身分制度が解体して、人々は新しい価値観を創造するようになっていきます。それが、同じ14世紀にイタリアで始まり、ヨーロッパ中に広がったルネサンスという文化的復興につながったとされています。このように、パンデミックは単なる災厄を越え、社会を大きく変える力も持っているのです。

20世紀の主なパンデミック スペイン風邪~新型コロナウイルス感染症

パンデミックの恐怖…森林破壊が「新たなウイルス」の出現を引き起こすワケ(川口寧 感染症時代の新教養「ウイルス」入門【第2回】 2022.3.17)より抜粋

20世紀に発生したパンデミックは、1918年から1919年にかけて発生したインフルエンザ、通称「スペイン風邪」です。わずか2年間で全世界でおよそ5億人が感染し、4000万人から5000万人が亡くなったことから、人類史上最悪の疫病とも呼ばれます。日本でも、当時の人口約5500万人のうち、半数にのぼる約2300万人が感染し、約38万人の死者を出しました。

スペイン風邪をもたらしたインフルエンザウイルスは、第1次世界大戦(1914~1918年)に参戦した各国の兵士が戦場を転戦することで世界中に広がったとされています。参戦国はみな、自国での感染拡大を知られると戦況が不利に働くことから、この感染症に関する情報を隠蔽し、報道を規制していました。

しかし、第1次世界大戦に参戦していなかったスペインの国内で感染症が猛威を振るっている様子がニュースで伝えられ、あたかもスペインだけで流行しているようにとらえられて「スペイン風邪」という名前がついたということです。

スペイン風邪はまさに世界的に大流行したパンデミックですが、20世紀にはこの他にも、世界各地で致死率の高い感染症が突発的に発生することがたびたびありました。こうしたものを、専門的にはアウトブレイク(集団発生)といいます。ただし、流行範囲が必ずしも全世界ではなく、一部の国や地域に限られる場合でもパンデミックという言い方がされることもあります。

20世紀以降に発生したウイルス性の感染症による代表的なパンデミックやアウトブレイクには、下記の表のようなものがあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、真の「世界的」大流行という意味では、スペイン風邪以来ほぼ100年ぶりのパンデミックといえます。

20世紀以降のウイルス性感染症による死者数(2021年12月現在)

川口 寧

東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長
同研究所感染・免疫部門長/同研究所アジア感染症研究拠点長

東京大学大学院博士課程修了、博士(獣医学)取得。専門分野はウイルス学。「ウイルスがどのように増殖し、病気を引き起こすか?」といったウイルス学の根幹をなす命題に迫る戦略的基礎研究を推進する。また、ウイルスの制圧に直結する新しいワクチンや抗ウイルス剤の開発につなげる橋渡し研究も行う。

2016年テルモ財団賞受賞、2018年小島三郎記念文化賞受賞、2021年野口英世記念医学賞受賞。
一般向け著書・監修書に『ひと目でわかる! ウイルス大解剖(子供の科学サイエンスブックスNEXT)』(誠文堂新光社)、『ネオウイルス学』(共著/集英社)。