残念ながらトランプ関税で製造業は復活しません…アメリカ人が意外と気づいていない「弱点」

残念ながらトランプ関税で製造業は復活しません 政治・経済

残念ながらトランプ関税で製造業は復活しません…アメリカ人が意外と気づいていない「弱点」(DIAMOND online 2025.4.15 6:00)

真壁昭夫:多摩大学特別招聘教授

トランプ米大統領は相互関税を90日間延期する一方で、中国には追加関税を145%に引き上げると発表。まさに“朝令暮改”であり、世界の主要株価は乱高下している。続いてスマホを除外したかと思えば、「新たな半導体関税に組み入れる」と表明。迷走するトランプ氏に、世界経済が連日振り回されている状況だ。そもそもトランプ氏の成功シナリオには矛盾があり、米国の弱点を補うため製造業を再興しようにも、ある決定的な要素が「足かせ」になるだろう。(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

トランプ関税に振り回される日々…

トランプ米大統領が「相互関税」を発表して以降、世界が大混乱に見舞われている。トランプ氏の頭の中にあるシナリオはこうだ。

まず、相互関税は米国の製造業を復活させる。関税率を引き上げることで、海外の有力企業が米国名への投資を増やすことを促し、その後は関税率を逆に引き下げ各種の景気刺激策を行うことで国内経済を活性化。そうして2026年秋の中間選挙での大勝利を狙う――。

しかし、トランプ氏のもくろみ通りに米国経済が展開するのだろうか? 米国内の製造業を復活させるには相当の時間がかかるし、そのタイミングが中間選挙の助走に間に合うのかは疑問だ。また、何より米国民がインフレ圧力に耐えられるかどうか。予断は許さないだろう。

為政者として、自国のブルーワーカー層の不満解消を目指すのは、ある意味で当然だ。しかし、トランプ氏の政策でそれができるかは不透明である。米国の賃金はかなり高く、熟練の労働者も不足している。トランプ関税が発動されればその影響で、鉄鋼やアルミなどの調達コストも上がるはずだ。それらの要素は、少なくとも短期的には、米国企業にとって逆風になるだろう。

想定される最悪のシナリオは、トランプ氏の各種政策によって景気が停滞しているのにもかかわらずインフレが続く「スタグフレーション」に陥ることだ。その場合、世界経済は「関税不況」の大渦に巻き込まれるだろう。株式や為替などの金融市場がさらに混乱することも想定される。

対中国で意識する米国の弱点は造船だった!

トランプ相互関税を簡単におさらいすると、新たに発動したのは10%の基礎関税と上乗せ税率の二つから成る。上乗せ税は、主に通商相手国の関税率、付加価値税(わが国の消費税に相当)や規制といった非関税障壁を評価し決定したという。

相互関税によって、トランプ政権は中国に対して54%(追加関税20%プラス相互関税34%)の関税を課すという。他方、イギリスのように、米国が貿易黒字国である通商相手国にも相互関税をかける。

相互関税の発表の中で、トランプ氏は4月2日を「米国産業が生まれ変わる日」だと宣言。過去50年間、世界の自由貿易体制が強化されたせいで米国の製造業が衰退したと断じた。労働者は、中国や欧州、わが国や韓国による搾取に苦しんだと一方的にまくし立てた。

米国の世論調査からも、「関税政策を使って製造業を復活させなければならない」との見方が国民にも根強いことが分かる。例えば米ハーバード大学などの最新調査(3月31日発表)によると、「トランプ氏の政権運営はバイデン前大統領より良い」と回答した人が54%だった。関税政策に関して、「米国が貿易相手国から良い条件を引き出し製造業の再興につながる」との回答が51%あり、「逆効果になる」(49%)を僅差で上回った。

そうした世論を背景に行ったのが先の4月2日の演説であり、トランプ氏は農産品、デジタル家電に加えて、船舶、医薬品、半導体の関税も引き上げる方針を示唆した。

また、トランプ大統領はかねて、税制優遇で米国の「造船」能力を高める方針だ。念頭にあるのは、南シナ海や台湾近海、さらにはグリーンランドが面する北極海といった海域で中国艦船の航行が活発化していることだろう。

現状、中国と米国の船舶建造能力は、200:1程度の大差があるとみられる。世界の造船シェアは、中国と日本と韓国と欧州で90%超を占めている。要するに、米国は造船産業において非常に弱い立場なのだ。トランプ氏が造船産業の育成に強い意志を示していることも、製造業を復活させる狙いと関係しているだろう。

実は中国に深く依存している医薬・医療品業界

トランプ政権は、韓国や日本の船舶部品に追加関税をかけ、米国での生産を促す可能性が高い。造船のような重厚長大な産業分野もそうだが、半導体など先端分野でも品目別の関税政策を実行するとしている。

主なターゲットは、戦略物資の半導体と医薬品だろう。半導体に関してトランプ氏は、バイデン前政権の政策を批判し続けている。補助金支給で連邦財政の債務が膨れたにもかかわらず、米国内でAIチップなど半導体の生産が増えていないと指摘する。

トランプ氏は演説で、世界最大のファウンドリー(半導体の受託製造企業)である、台湾積体電路製造(TSMC)が2000億ドル(1ドル=147円で約23.4兆円)の投資を表明したことを取り上げた。「TSMCは関税を支払いたくないから米国に投資を表明して工場を建設するんだ」とトランプ氏は言い放った。

中国の半導体産業の成長を阻止するために、トランプ氏は半導体の製造装置の対中輸出を一段と厳格化するとみられる。半導体製造に欠かせない露光装置や検査装置、さらには日本企業のシェアが高い超高純度の半導体部材にも追加関税を検討していることだろう。

また、「米国が抗生物質を生産できないことは深刻だ。戦争があっても対応できない」と発言してもいる。医療・医薬品の分野でも米国がウイークポイントを抱えていると自覚しているのだ。そこで追加的な関税を発動し、米国内で必要な治療薬を生産するよう関係各所に求める可能性は高い。

医薬品分野の関税政策も、対中規制や制裁と密接に関連すると考えられる。現在、世界の医薬・医療品業界は中国に深く依存しているからだ。2020年時点で抗菌剤の原料の88%程度は中国由来だったとみられている。

中国政府の産業補助金政策によって、中国企業の生産コストはインドよりも低い。関税だけでなく、知的財産の流出を防ぐための対中制裁を発動する可能性も高いだろう。

トランプ再興シナリオがうまくいかないワケ

コロナ禍で明らかになったように、有事に備えて半導体や医薬品、ワクチンを国内で調達できる体制を確立することは、経済安全保障の安定に不可欠だ。そのために製造業を再興し成長させるシナリオは十分理解できる。

ただし、人件費の高い米国で、在来型の製造業を再興するのは容易ではないだろう。というのも米国はもう何十年も、モノづくりよりも高付加価値のソフトウエア分野にシフトしてきた。ハードの製造は、コストの低い中国・韓国・台湾の企業に委託し水平分業を加速してきたのは当の米国である。

そのためソフトウエア人材は相応に抱えるものの、半導体の素材や製造装置、チップの製造に関するノウハウを持つエンジニアや熟練工は不足している。医薬品にも同じことが当てはまるだろう。人材を確保し育成すればいい、と口で言うのは簡単だが、実際には相当の手間暇と時間がかかる。

半導体製造には膨大な設備投資を必要とする。高い関税を課せば今すぐ米国に工場を建設する企業が増え、生産活動が活発化して雇用と所得の機会が創出される――そう単純な話ではないだろう。

繰り返しになるが、米国の人件費は高く、製造業が再興する足かせになるだろう。TSMC創業者のモリス・チャン氏は、「主に人件費で、米国工場で生産する半導体は台湾製より50%高い」と話した(22年)。チャン氏は、米国に工場を建設するのは「政府の督促が理由」と暴露している。

トランプ相互関税が本格的に発動すれば、米国では鉄鋼やアルミなど基礎資材の輸入価格が上昇するだろう。また、世界各国の企業は米中対立の先鋭化に対応するためにも、自社の供給網を再編する可能性が高く、それにもコストがかかる。回り回って半導体や医薬品など米国でモノを製造する費用は、一段と高くなると予想される。

高級車のジャガー・ランドローバー(元はイギリスだが現在はインドのタタ財閥が親会社)など、すでに対米輸出の一時停止を発表している企業やブランドもある。トランプ関税をはじめとする通商政策の不透明感が理由とみられる。

そして中国政府は4月11日、米国への報復措置として追加関税を引き上げると発表した。貿易戦争は激化している。トランプ関税は自由貿易の崩壊につながり、世界経済を混乱させるリスクがある

真壁昭夫 多摩大学特別招聘教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学大学院教授などを経て、2022年4月から現職。著書は「下流にならない生き方」「行動ファイナンスの実践」「はじめての金融工学」など多数。