世界初。オックスフォード大が量子コンピューター間のテレポーテーションに成功

オックスフォード大が量子コンピューター間のテレポーテーションに成功 科学・技術

世界初。オックスフォード大が量子コンピューター間のテレポーテーションに成功(GIZMODO 2025.02.22 20:00)

author 宮城圭介

量子コンピューターは次のステージへ。

ちかごろ話題が増えてきた量子コンピューターですが、わけわからん…という声も多いはず。そんな量子コンピューターの新しい研究成果をご紹介する前に少し量子コンピューターのベースをおさらいです。

量子コンピューターは従来のコンピューターと何が違うの?

手前味噌になりますが、過去の記事わけわからん「量子コンピューター」のすごさがちょっとわかったでご紹介している内容がすっきりイメージしやすいです。

今あるコンピューター(古典コンピューターとも呼ばれます)は超スピードで計算を行なえる一方、考えることが多い問題を解くときは、総当たりで計算するしかありません。 たとえば、レストランでみんなにピッタリのメニューを選ぼうとしたとき、古典コンピューターは、参加者全員にあらゆるメニューの組み合わせを(超スピードで)聞いて回ります。

一方、量子コンピューターは参加者それぞれに好き嫌いやお腹の空き具合を聞いて、総合的にベストな組み合わせを一発で導き出そうとします。 量子コンピューターは複数の可能性がある問題をからみあわせて処理でき、問題の項目(いっしょに食事する人数だとかメニューの種類だとか)が増えるにつれ、古典コンピューターより速く答えにたどり着けるようになるのが特徴です。

※これはあくまでたとえ話です。古典コンピューターも「なんでも総当り」みたいな効率の悪い計算はしません。でもメニューが増えるといずれ限界がきます。

世の中にはこの手の「たくさんの可能性を片っぱしから試さないと答えが見つからない」問題が結構あって、そこで活躍が期待されているのが量子コンピューターなんです。

さらに量子コンピューターを構成する量子ビットは外の環境から影響を受けて計算結果を変えてしまうほどにデリケートという課題もあります。

量子ビットの世界は、計算を担う量子ビットを増やせば増やすほどエラーが発生するという量子ビット特有の課題がありました。それは量子ビットが、外の環境から影響を受けて計算結果を変えてしまうほどにデリケートだからです。例えば気温の変化(温度が熱振動として影響)、電磁的な(電場の微小な揺らぎが)影響、単純な振動、宇宙線など、さまざまな外部環境のノイズから量子ビットは影響を受けてしまいます。そんなノイズから量子ビットを守るために、量子コンピューターは巨大なシャンデリアのような設備を備えています。

Google(グーグル)はそんな量子コンピューターのことを「頭がいいけど仕事環境にうるさいヤツ」なんて例えたりしています。

そんな量子コンピューターの世界において、初の分散型量子アルゴリズムを実現したのが今回のテーマ、オックスフォード大学の研究なんです。

オックスフォード大学の研究成果の中身はどういうもの?

量子コンピューターを構成する量子ビットは、数を増やせば増やすほどエラーが発生するという特性が、そのスケールを大きくできない壁となってきました。その課題に対してGoogleは、量子チップWillow(ウィロー)によってその壁を打ち破ろうとしています。オックスフォード大学も同じ課題(スケーラビリティ問題)に対して、その構造を作り替えるアプローチをすることで壁の突破を試みています。

強力な量子コンピューターを構築しようと考えた時、1台の装置に数百万個の量子ビットの処理能力を搭載する必要があります。そんな量子ビットを1台の装置に詰め込もうとするとその量子チップを包み込むためのとてつもなく大きいサイズの機械が必要になってしまいます。

今回オックスフォード大学が行なったアプローチは、小型の量子デバイスをネットワークで接続することで、計算処理を分散させることでした。理論上、このネットワークには無制限に量子プロセッサを追加できると考えられています。この拡張可能な構造はごく少数の量子ビットを基盤としていて、これらの基盤は光ファイバーを通じて相互接続され、従来の電気信号ではなく光を介してデータを送信します。これによって異なる基盤に存在する量子ビット同士を量子もつれ状態にすることができ、量子テレポーテーションを用いた量子論理演算が可能になったということが今回の大きい研究成果でした。

量子もつれ:2つの粒子(例:光子のペア)が、たとえ巨大な距離で分離されていても相関を維持する現象。物理的な移動なしに情報を共有できる。

これまで、量子状態のテレポーテーションは実験的に成功していましたが、今回の研究では、ネットワークを介した量子テレポーテーションを初めて実証しました。研究者たちは、これが将来的に量子インターネットの基盤となり、遠隔プロセッサ間で超高セキュリティな通信・計算・ネットワークを構築する道が開かれると考えています。

量子テレポーテーション:量子力学の視点でのみ理解できる物理現象です。量子の世界では、物体は測定によって確定するまで、複数の可能性が重なり合った状態(量子もつれ)にあります。

この量子もつれを利用することで、離れた場所にあるもつれた別の量子系に対して、元の量子の状態を瞬時に伝送することが可能になります。この際、元の量子状態は消滅し、遠く離れた場所で新たに再現されるため、情報の瞬間的な転送(=テレポーテーション)が実現します。

研究の筆頭著者であるオックスフォード大学 物理学部ダグル・メイン(Dougal Main)氏は次のように述べています…

これまでの量子テレポーテーションの実験は、物理的に分離されたシステム間で量子状態を転送することに焦点を当てていました。しかし、私たちの研究では、量子テレポーテーションを利用して、遠く離れたシステム間で相互作用を生み出すことに成功しました。適切に相互作用を設計することで、別々の量子コンピューターに格納された量子ビット間で、論理ゲート演算(量子コンピューターの基本的な演算)を実行できます。この画期的な成果により、異なる量子プロセッサを仮想的に結び、単一の完全接続型量子コンピューターとして機能させることが可能になります。

分散型量子コンピューターの可能性

このコンセプトは、従来のスーパーコンピューターの仕組みと実は似ています。スーパーコンピューターは、小規模なコンピューターを連携させることで、個々のコンピューター単体よりも強力な計算能力を実現します。今回の分散型量子構造は、単一のデバイスに大量の量子ビットを収めるという工学的な課題を回避しつつ、高精度な量子計算を維持することができます。

研究チームは、この手法の有効性を実証するため、グローバーアルゴリズムを実行しました。

グローバーアルゴリズム:量子コンピュータが「特定の答えを素早く見つける」ためのアルゴリズムのことで、量子の「重ね合わせ」と「干渉」を利用しています。特に「リストの中から正解を探す」ような問題を、普通のコンピュータよりも速く解くことができます。

このグローバーアルゴリズムの成功によって、単一のデバイスの限界を超えた量子コンピューターの拡張が可能であることが証明されました。将来的には、今日のスーパーコンピューターが数年かけて解く計算を、数時間で処理できる量子コンピューターの実現が期待されています。

本研究の主任研究者であり、英国量子コンピューティング&シミュレーションハブのリーダーであるデイビッド・ルーカス(David Lucas)教授は次のように述べています…

今回の実験は、ネットワークを介した分散型量子情報処理が、現在の技術でも実現可能であることを示しました。量子コンピューターのスケールアップは、今後も極めて困難な技術的課題を伴いますが、新たな物理的知見と継続的なエンジニアリング努力によって、この分野の進展が加速するでしょう。

この技術がさらに進化すれば、量子コンピューターが「ネットワーク経由で連携」し、分散型スーパーコンピューターとして量子コンピューターが活躍して現代では解くのに時間がかかりすぎる問題も解決に導いてくれる日がやってくるかもしれません。

Source: Science alert, UNIVERSITY OF OXFORD