「もしトラ」から「ほぼトラ」を経て「確トラ」へ?

ドナルド・トランプ前大統領 国際

「もしトラ」から「ほぼトラ」を経て「確トラ」へ?(Wedge ONLINE 2024年2月24日)

海野素央( 明治大学教授 心理学博士)

野党共和党の予備選挙では、ドナルド・トランプ前大統領が初戦の中西部アイオワ州から勝利を重ねて、快進撃を続けている。多くの州で党員集会および予備選挙が開催される3月5日の「スーパーチューズデー」では、中でも注目される大票田の西部カリフォルニア州が「比例配分」ではなく、「勝者総取り」を採用したため、トランプ前大統領が169の代議員を全て獲得して、共和党大統領候補指名を確実にすると見られる。

その後、共和党予備選挙は3月12日に南部ジョージア州、同月19日に南部フロリダ州や中西部イリノイ州、オハイオ州など重要州で選挙が実施される。3月にトランプ前大統領は、共和党大統領候補に必要な1215の代議員数に達する可能性が高い。

本選に入っても、トランプ前大統領のこの勢いは止まらないのだろうか。「もしトラ(もしもトランプが大統領になったら)」から「ほぼトラ(ほぼトランプが大統領)」を経て、「確トラ(確実にトランプが大統領)」になるのだろうか。本稿では、ロシアはどのようにしてトランプ前大統領を「確トラ」にするのかについて述べる。また、「確トラ」になった場合の中国と日本との関係についても考えてみる。

世界における米国の役割

バイデン支持者とトランプ支持者の間で、世界における米国の役割について、意見が二分している。米公共ラジオ、公共放送およびマリスト大学(東部ニューヨーク州)の共同世論調査(23年11月6~9日実施)によれば、2020年米大統領選挙でバイデン大統領に投票した有権者の67%が「米国は世界の出来事に対してリーダーシップを発揮することが重要である」と回答した。一方、トランプ前大統領に投票した有権者の57%が「米国は国内の問題に焦点を当て、世界の出来事に関してリーダーシップの役割を減らすべきである」と答えた。

注目すべきは、無党派層の56%が「米国のリーダーシップの役割削減」を支持したことである。ウクライナ、イスラエルおよび台湾に対する支援を含んだ緊急予算の成立を強く訴えるバイデン大統領が、無党派層の支持率を落としている理由のは、ここにあるのかもしれない。

また、英誌エコノミストと調査会社ユーガブの共同世論調査(23年12月9~12日実施)では、20年米大統領選挙でトランプ前大統領に投票した有権者の56%が「ウクライナに対する軍事支援削減」を支持した。さらに、米公共ラジオ、公共放送およびマリスト大学の共同世論調査(23年12月4~7日実施)では、20年にトランプ前大統領を支持した有権者のわずか6%が「ウクライナのみに追加予算を認めるべき」と回答した。

プーチンの真意

これらの数字は、一体何を物語っているのだろうか。ロシア国営テレビのインタビューの中で、ロシアにとってどちらの候補が好ましいか問われたウラジーミル・プーチン大統領は、次期米大統領に「バイデン」と答えたが、以上の数字をみれば、プーチン大統領の発言を額面通りに信じることは極めて難しい。プーチン大統領のこの発言には、「クレムリンが望む候補はトランプ」という一般的な見方をオブラートで包み、米国民を混乱させて彼らの認識を変える意図があったのかもしれない。

また、プーチン大統領はバイデン大統領について「予測可能で古いタイプの政治家」と、大抵の人が考える評価を下した。裏返せば、トランプ大統領は「予測不可能で、新しいタイプの政治家」であり、バイデン大統領よりも才能があるとの解釈も可能なほど巧妙な発言といえる。

プーチンの真意

トランプ前大統領と非常に近い関係にある米FOXニュースの元看板キャスターのタッカー・カールソン氏がモスクワ滞在中の2月6日、プーチン大統領にインタビューを行った。カールソン氏は、ハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相に過去2回、21年と23年にインタビューを行った人物である。

エコノミストとユーガブの共同世論調査(24年2月11~13日実施)では、20年米大統領選挙でトランプ前大統領に投票した有権者の68%が、カールソン氏に「好感が持てる」と答えた。同氏は、トランプ支持者の間では人気が非常に高い。

トランプ支持を表明したカールソン氏は、トランプ前大統領に対して「援護射撃」を行った。1例を挙げてみよう。

トランプ前大統領は、共和党大統領候補による全てのテレビ討論会を欠席した。カールソン氏は、トランプ前大統領に事前にインタビューを行い、収録して、1回目の共和党大統領候補テレビ討論会と同じ時間に、自身のX(旧ツイッター)で公開した。ニッキー・ヘイリー元国連大使などの共和党大統領候補が、トランプ前大統領を批判するテレビ討論会から、トランプ支持者の目をそらせたのだ。トランプ前大統領とカールソン氏は大統領選挙で戦略的に協力している。

カールソン氏のロシア訪問についても、トランプ前大統領は同氏と連絡を取り合っていたとみるのが自然だ。となれば、カールソン氏はトランプ前大統領のメッセンジャー、即ち、「特使」とみることができる。

ロシアとディールの可能性

仮にそうであるならば、カールソン氏はプーチン大統領にトランプ前大統領のどのようなメッセージを運んだと考えられるのか。また、カールソン氏の「隠されたミッション」は何であったのか。

トランプ前大統領は、カールソン氏を通じてプーチン大統領とのディールの可能性を探ったのではないだろうか。ウクライナへの軍事支援の大幅削減や北大西洋条約機構(NATO)脱退と引き換えに、ロシアに選挙協力を求めるというディールの提案は、トランプ前大統領であれば排除できない。

こうしてみると、トランプ前大統領が本選で勝利した場合、側近たちの重要性が増す。1期目のトランプ政権で同前大統領を説得してNATO脱退を阻止したジェームズ・マティス元国防長官、レックス・ティラーソン元国務長官やジョン・ケリー元大統領首席補佐官のような人物が、NATO脱退のカードを切ろうとしたトランプ前大統領を押し止めてくれる。彼らのような人物が2期目のトランプ政権にいるのかが、ヨーロッパ諸国や日本に極めて重要になってくる。

すでにロシアの選挙介入は始まっているのか?

選挙協力に関して言えば、ロシアはイスラエル・ガザ戦争が民主党を分裂させたので、選挙介入して、その分裂を拡大し易い。パレスチナに同情を示す民主党支持の若者とアラブ系およびリベラル派は、「停戦」を重視しないバイデン大統領を「パレスチナ人の大量虐殺を支持した」として強く非難している。 

ここ数カ月、バイデン大統領の集会にイスラエル・ガザ戦争における停戦を求める複数の抗議者が現れ、演説が中断する場面がある。ただ、その背景にロシアの存在があるのではないかと疑問を呈するナンシー・ペロシ元下院議長のような人物がいる。

ロシアは生成AIの活用や、ネット上でのフェイクニュースの拡散により、反バイデンのデモを行う若者等を煽り、トランプ前大統領に選挙協力をすることが可能である。つまり、プーチン大統領とトランプ前大統領のディールは、十分あり得る。

「終身国家主席」への憧れ

次に、中国と「確トラ」の関係をみてみよう。トランプ前大統領は「中国からの輸入品に一律60%超の関税を課す」と述べ、労働者票の獲得に乗り出している。同時に、中西部アイオワ州の大豆などの農産物を中国に購入させると強調している。

高関税で圧力をかけて、中国を揺さぶる戦略をとるトランプ前大統領は、一見中国に対して強硬姿勢をとるように見える。しかし、本当にそうだろうか。

ボルトン元大統領補佐官は回顧録の中で、トランプ前大統領の習近平国家主席の発言に対する反応を記している。同元大統領補佐官によれば、2018年ブエノスアイレスでのG20サミットの際に行われた中国とのワーキングディナーで、習主席が「米国では選挙が多すぎる。あなたに退任されると困る」とトランプ前大統領に語った。民主主義国家であれば、多数の選挙が行われるのは当然だ。

この習主席の発言に、トランプ前大統領は頷いていたという。ボルトン元大統領補佐官は、トランプ前大統領が習氏の「終身国家主席」に憧れており、権威主義者に魅力を感じているとみているのだ。 

クアッド軽視か?

では、仮にトランプ前大統領が大統領に返り咲いたら、何が中国にとってメリットになるのか。そして、日本にとっていかなる意味を持つのか。国際情勢において中国との関連でクアッドを考えてみよう。

あるとき、バイデン大統領が献金者に対して、習国家主席がクアッドを気にしていたと明かしたことがある。習国家主席は、米国中心の多国籍の枠組みを中国にとって厄介な存在であるとみているのだ。

トランプ前大統領は、バイデン大統領に嫌悪感を抱いており、バイデン氏が主導して作った多国籍の枠組みであるクアッドと同氏を心理的に重ねている。それ故、クアッドの戦略的重要性をあえて軽視する可能性がある。

そうなれば、中国に対する牽制が弱まり、日本にとってそれは「懸念材料」となることは間違いない。さらに、トランプ前大統領は「ロシアとウクライナの次は中国と台湾だ」と述べるが、これまでの演説を聞く限り、台湾に対する具体的な言及は見当たらない。トランプ前大統領は台湾に対する関心が低いのではないだろうか。この点も、日本にとって懸念材料になり得る。

「ディール・脅し・圧力」

さらに、日本と「確トラ」の関係についてもみていこう。日本製鉄の米大手鉄鋼メーカーUSスチール買収に対して、トランプ前大統領は「とんでもない話だ」と述べ、強く反対した。演説の中で、支持者に対して、歴史のある米国を代表する鉄鋼メーカーが、日本に買収されるというメッセージを送り「愛国心」に訴えている。

USスチールの本社は、20年米大統領選挙の勝敗を決定づけた東部ペンシルベニア州ピッツバーグにある。同州の労働者票を狙うトランプ前大統領は、日米関係や同盟よりも「票」を重視していると見られても当然だ。

日本政府には1期目のトランプ政権から学んだ、いわゆる「トリセツ」があるという見方をする元外交官がいる。1期目のトランプ政権において、日本はトランプ前大統領から「米国製戦闘機の購入」「米国内への自動車工場の建設」および「在日米軍の駐留経費の大幅増額」などを要求された。

もしトランプ登場になった場合、日本はトランプ前大統領を怒らせないことに気を使い、彼の要求を呑むのか。仮に「トリセツ」に「トランプ大統領を怒らせないこと」という記述があれば、即座に削除すべきだ。日本製品に対する高関税のカードをちらつかせて脅し、追加関税をかけないことを条件に要求を呑ませる。実にアンフェアな取引であると言わざるを得ない。

日本にはトランプ前大統領の「ディール・脅し・圧力」に屈しない政治家が果たして存在するのか。トランプ前大統領に対して「ディール対ディール」ができる政治家はいるのか。

バイデン大統領はトランプ前大統領を怖がらない。同様に、バイデン大統領はプーチン大統領も怖がらない。

海野素央 (うんの・もとお)
明治大学教授 心理学博士
明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンD.C.)異文化マネジメント研究所客員研究員(08年~10年、12年~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年と12年米大統領選挙で研究の一環として日本人で初めてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。激戦州南部バージニア州などで4200軒の戸別訪問を実施。10年、14年及び18年中間選挙において米下院外交委員会に所属するコノリー議員の選挙運動に加わる。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。中西部オハイオ州、ミシガン州並びに東部ペンシルべニア州など11州で3300軒の戸別訪問を行う。20年民主党大統領候補指名争いではバイデン・サンダース両陣営で戸別訪問を実施。南部サウスカロライナ州などで黒人の多い地域を回る。著書に「オバマ再選の内幕」(同友館)など多数。