「科学的に妥当とは言えない」…南海トラフ発生「70〜80%」めぐり新論文 東京電機大の橋本学特任教授ら

南海トラフ地震_予測モデル 科学・技術

「科学的に妥当とは言えない」…南海トラフ発生「70〜80%」めぐり新論文 東京電機大の橋本学特任教授ら(東京新聞 2024年3月5日 19時37分)

「30年以内に70〜80%」とされる南海トラフ地震の発生確率について、東京電機大の橋本学特任教授らは、算出根拠となっている高知県・室津港に残る古文書のデータは信頼性に問題があり「科学的に妥当とは言えない」とする論文を発表した。研究者からは「確率評価のやり直しが必要」との声が上がる。

◆東京新聞と共に分析 根拠の「水深の変化」に人為的影響

論文は日本自然災害学会の学会誌「自然災害科学」に2月29日付で発表した。南海トラフでの計算式は「時間予測モデル」で、古文書に記載されている港の水深の変化を基に、次の地震発生時期を予測。一方、橋本氏は2022〜23年に東京新聞と共に分析した結果を踏まえ、古文書は詳しい記録時期や場所が不明なほか、人為的に掘り下げられた可能性を指摘し、確率を見直すべきだとした。

橋本氏は「古文書の記録はデータとして信頼が置けず、予測は根底から間違っている可能性が高まった。確率計算にモデルを使うのはやめるべきだ」と話している。

時間予測モデルを巡っては、13年の政府の委員会が確率を検討した際、地震学者たちが採用に反対。だが、当時は論文としてモデルを正式に否定したものがなかった。防災・行政側の委員が、確率を下げると防災予算の獲得に影響するなどと強く主張したことから、高確率が出るモデルを採用した経緯がある。

本紙は古文書が高知県内で保管されていることを見つけ、橋本氏らと共同調査したことを一昨年9月に報じた。論文には本紙記者も共著者として関わった。(小沢慧一)

地震調査委員長の平田直・東京大名誉教授の話 直近で南海トラフ地震の確率を見直す予定は把握していないが、見直すにしても、その判断は他の研究成果なども見ながら、委員会で総合的に検討することになる。

南海トラフ地震確率の政府検討委員だった入倉孝次郎・愛知工業大客員教授の話 時間予測モデルは査読論文として提唱されており、反論するには同じく査読論文を出す必要があった。橋本氏が今回発表した意義は大きく、今後の確率議論に大きな影響を与えるだろう。

時間予測モデル
南海トラフ地震に限り採用されている確率計算式で「大きな地震が起きればその分ひずみが多く解放され、次の地震は遅く発生する」との仮説。解放されたひずみの量は地盤の隆起量に比例し、複数回の隆起量が分かれば次の地震を予測できるとしている。
南海トラフの隆起量のデータは、高知県・室津港に残る江戸時代の古文書「久保野文書」にある地震発生前後の港の水深の記録を根拠としている。この記録から隆起量を推定し、次を2034年ごろと予測。政府は発生確率を70〜80%と導き出したが、文書は詳しい記録時期や場所が不明の上、人為的に港を掘り下げた可能性もある。
全国基準の計算式「単純平均モデル」だと、確率は20%になる。

【連載 南海トラフ 揺らぐ80%】

第1回 「巨大地震が起こる確率80%」の根拠がタンスの古文書って… あぜんとした記者は徹底検証のため高知へ向かった
第2回 高知で記者が見た古文書は…おおざっぱな記録だった それなのに国の防災対策に採用された背景は
第3回 南海トラフ地震「80%」に根拠はないと記者は確信した 「港の上」と古文書を読み解けば…
第4回 南海トラフ地震「80%予測」の危うい根拠…「原典」とされる古文書を解読すると次々と疑問が浮かんだ
第5回 データの誤解釈が判明…「影響もちろんある」と東大名誉教授は語った 南海トラフ確率の予測モデル提唱者
第6回 「恣意的な高確率」が生んだひずみ 高い場所に予算集中、低い場所で生じた油断